傷つかなくても愛は死ぬ

リドルへの恋心に気づいてしまったせいで昨日は一睡もできなかった。

睡眠不足でフラフラと覚束無い足取りのままベッドから制服が置かれているテーブルに移動する。のそのそと着替えていると、ソフィーが「うーん」と唸りながらベッドから起き上がった。「おはようソフィー」と挨拶すると、眠そうな声で「おはよう…エルザ…」と返ってくる。ゆっくり辺りを見回し、私の顔を捉えた瞬間ソフィーは「エルザ、貴女凄い顔になってるわよ!」と叫び、飛び上がった。すぐにベッドから抜け出し、私に手鏡を渡してきたのでそれを受け取り覗き込む。


「わお、酷いクマ」


寝不足のせいで私の目の下には大きなクマができていた。ソフィーは無言でファンデーションを取り出し「そのクマだとトムに幻滅されてしまうわよ」と、杖を振って私のクマを隠してくれた。

いつもは寝惚けたまま朝食に行くソフィーは私のクマが原因ですっかり目覚めてしまったようだ。2人で大広間に行きいつも通りの席に座る。その後リドルが合流し共に朝食を食べる。もうリドルが居ても違和感が無いくらい馴染んだはずの朝食会は、リドルが私に話しかけてくる度心臓がバクバクと鳴ってしまい、この鼓動がリドルに聞こえているんじゃないかと思うとまともにパンを齧ることすら出来なかった。


「エルザ、今の話聞いてた?」

「っ…ごめんなさい、聞いてなかったわ」

「貴女今日変よ、風邪でも引いたの?」


ソフィーの冷たい右手が私の額に触れる。「冷たいっ」と非難の声をあげる私を無視し、右手で何度もぺたぺたと額を触った後「熱は無いみたいね」と言って手を離してくれた。


「実は今日の魔法史の小テストが上手くできるか心配で眠れなくて」

「ふーん、珍しい事もあるのね。貴女魔法史得意じゃない」

「へえ、エルザって魔法史得意なんだ」

「え、ええ」


リドルに話しかけられても上手く会話ができない。何となく心惹かれていた時とは違う、「私はリドルの事が好き」だと気づいてしまった今、どんな顔をしてリドルを見れば良いのか分からなかった。

ゴブレットに並々と注がれたジュースをゴクリと飲み干す。甘ったるい味がやけに舌に残った。





「ああ、忘れ物しちゃった!エルザ、先に行って席を取っといてもらっても良いかしら?」

「分かったわ、遅刻しないようにね」


ソフィーが慌てて寮に向かって走るのを見送ってから、私は魔法史の教室に向かった。ビンズ先生はゴーストなのにどうやって小テストを作るのかしら、とぼんやり考えながら廊下を1人で歩く。すると、いきなり背後から飛び出してきた女子生徒達に囲まれてしまった。


「ねえ、アルフォード。私達にちょっと付き合ってくれない?」


私を囲んだ女子生徒の正体はリドルの取り巻き達だった。ケイトにキャロン、パメラとメアリー。4人とも由緒ある純血家系のご令嬢でスリザリン寮での地位も高い。逆らったら残りの学校生活は平和には過ごせないだろうと言われる彼女達にどうやら私は目を付けられてしまったようだ。思い当たる理由は1つしかない。リドルだ。ものすごく面倒臭い事に巻き込まれそうな予感がする。


「…私今から魔法史の授業なんだけど」


私の返答に目をキッと吊り上げた取り巻き達のボス的存在なメアリーは、素早く取り巻き達に指示を出した。抵抗する間も無く杖をパメラに奪われる。その後両腕をケイトとキャロンにがっしりと捕まれた私は、2人にずるずると引きずられて人の居ない空き教室に連行された。


「で、なんでここまで連れてこられたのか分かっているわよね?」


メアリーは私を壁に追い詰め、身動きを取れないよう首元に杖先を押し付けながら尋ねた。言われなくても分かってるわよ、と言い返しそうになるのをグッと堪え、私は首を上下にゆっくりと振った。


「分かっているなら話は早いわ。貴女、トムに何をしたの?」

「…何もしてないわ」

「嘘おっしゃい!何もしなきゃ貴女みたいな混血に純血主義のトムが近づく訳が無いわ!正直に言いなさいよ、愛の妙薬を盛ったって!」

「違う!私は愛の妙薬なんか盛って無い!」


ヒステリックに叫ぶメアリーの杖先から、まるでメアリーの感情を代弁するようにパチパチと音を立てて火花が散り、私の喉元を焼く。熱から逃れようと首をよじる私の喉にグリグリと杖先を押し付け、メアリーは狂ったように笑った。


「アハハハハ!私知ってるのよ!貴女が魔法薬学で愛の妙薬を習った時に熱心にメモを取っていた事を!」

「その授業はリドルと私達が出会った後に行われたものよ!」

「その前から盛っていたんでしょうこの女狐が!いつまで知らばっくれるつもり?ブラキアビンド!」


メアリーの放った腕縛りの呪文が私を襲う。透明な縄が私の手足に絡み付いたせいで上手くバランスを取れず転倒してしまい、地面に勢いよく倒れ込んだ。寝不足で頭はガンガンするし、身体はジンジン痛む。地面にみっともなく倒れた状態で取り巻き達を睨み付けるが、杖を持っていない私には抵抗する術が無かった。ああ、パメラから杖を取り返せればこの状況から脱出できるのに。

ニヤニヤとこちらを見下ろして笑うメアリーは、取り巻き達に向かって「こいつを痛めつけなさい!」と命令した。やめて!と私が叫ぶより早くキャロンの放った鋭い蹴りが私のお腹に命中する。何度も何度もお腹を蹴られ、ついに痛みに耐えられなくなった私の目からポロポロと涙が溢れた。


「助けて、リドル」


掠れた音が私の口から漏れる。リドルという言葉を聞いた瞬間目を大きく見開いたメアリーは、「混血の分際でその名を呼ぶな!」と叫ぶと私に向かって杖を振ろうとした。その時。


「エルザに触るな!」


扉がガラガラッと大きな音を立て勢いよく開き、部屋の中が眩しい光に包まれた。その後すぐ閃光が4つ走り、メアリーら取り巻き達に命中する。彼女達が反撃せず倒れたところを見ると、失神魔法を使ったのだろう。

蹴られた痛みで朦朧とする意識の中、誰かに優しく抱き締められる。「もう大丈夫だ」と私の好きな声が聞こえた気がして、安心した私は意識を手放した。

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