「貴様ら!何をしているんだ!!」


呪文を阻んだのは厨二病女だった。2人を守るように両手を広げ、俺達を睨み付ける。厨二病女の冷ややかな視線が気に入らない。


「なんでそいつらを守るんだよ。そいつらはスリザリンで、お前はグリフィンドールだろうが!」

「寮と人間は関係無いだろう!当たり前の事すら分からないのか駄犬め!」

「はあ?スリザリンと言えば闇の魔法使いの巣窟だろ!現に今お前が守ろうとしている2人だってそうだ!」

「闇の魔法使いじゃない者だって居る!何故貴様は血を分けし者の事を信じられない!?」

「っ、そんな奴と兄弟じゃねえ!!俺をあんな家と、クソババアの操り人形な弟と一緒にするな!!」


いつの間にかジェームズもスニベルスも杖を下ろし、ただ黙って俺と厨二病女の言い争いを聞いていた。レギュラスは状況がよく分かっていないのか呆けた顔をしている。

今まで探し回ったのに居なかった事に対する怒りと、スリザリン生を守り俺に杖を向ける事に対する怒りがぐちゃぐちゃになり厨二病女への怒りが爆発した俺は、周りの状況を把握する余裕も、厨二病女の心境を考える余裕も無かった。


「この者が貴様を兄だと慕って居なかったら兄さん、なんて呼んでもらえないぞ阿呆!兄弟は大切にしろって家族に教えてもらえなかったのか!?」

「うるせえよ」


自分でも思っていたより低い声が出た。厨二病女がビクリと怯む。


「じゃあお前は家族にその言葉遣いと格好は変だって教えてもらえなかったのか!?何が「恒久なる氷結(エターナルフォースブリザード)」だ!左手に宿るダークサイドドラゴンだ!頭おかしいってお前のパパとママは教えてくれなかったのかよ!」

「シリウス!!」


ジェームズに名前を呼ばれ、慌てて口を噤む。やばい、言い過ぎたか?恐る恐る厨二病女の顔を見る。厨二病女は目を大きく見開いて、魚のように何度か口をぱくぱくと開閉した後くるりと踵を返して走りだしてしまった。


「イヴ!!!」

「…シリ、ウス」


ほとんど反射的に叫んだ名前に振り返った厨二病女は、目から大粒の涙を1粒零した。震え声で呼ばれた俺の名前に心臓がギュッと締め付けられる。再び走り出した厨二病女…イヴを呼び止める事はできなかった。

ああ、こんな形で名前を呼ばれたくは無かったのに。


「貴様ァ!!」


飛び出してきたスニベルスに胸倉を掴まれる。イヴを傷つけてしまった後悔で頭がいっぱいになってしまった俺は抵抗せずそれを受け入れた。


「イヴの家族の事を知っていてあんな事を言ったのかブラック!!答えろ!!」

「……弟が居る事しか、知らねえよ」

「イヴは孤児院育ちだ!!彼女は親の顔を見た事すら無いんだぞ!!」


サァァ、と全身から血の気が引くのを感じる。なんて酷い事を言ってしまったんだ、俺は。スニベルスに胸倉を掴まれたままジェームズに視線をやると、「僕も知らなかった」と驚愕の表情を浮かべていた。


「じゃあなんでアスターは今年から急に帰る事にしたんだい?」

「彼女は帰らなかったんじゃない。帰れなかったんだ。僅かなお小遣いを貯めて、やっとクリスマスを家族と過ごせるって喜んでいたのに!」


何故水を差すような真似を、とスニベルスに非難される。違う、俺だってそんなつもりは…いや、何が違うんだ?怒りで頭がいっぱいになって、少しイヴを傷つけてやろうという気持ちもあったじゃないか。

項垂れて反応を示さない俺に「チッ」と大きな舌打ちをしたスニベルスは、杖を一振りして自身とレギュラスの身体を乾かした後「行くぞレギュラス」と未だに呆然としているレギュラスの腕を引いて階段を上ってしまった。


「あー、っと、その…大丈夫かい?」

「ああ」

「…ごめん、シリウス。あそこで僕がスニベルスと君の弟に絡まなければ、こんな事にはならなかった」

「いや、いい」

「でも!」

「__まさか諦める訳じゃ無いでしょうね?」

「っエバンズ!!」


背後から突然聞き覚えのある声がして振り返る。そこには、鬼のような形相をしたエバンズが腕を組んで仁王立ちで立っていた。溢れ出るご立腹のオーラに、あのジェームズでさえ動揺している。


「さっきそこで怒り心頭のセブに出会ったの。話はぜーんぶ聞かせてもらったわよ」

「…そうかよ」

「でもね、私からは何も言わないわ。最初はぶん殴ってやろうかと思ったけど、思ってた以上に貴方も弱ってるみたいだし」


弱い者を虐めるような鬼じゃないのよ、貴方達と違ってね!と言われビクッと肩を揺らすジェームズ。


「…なんで何も言ってくれないんだよ。幼馴染泣かせたんだぞ、俺」

「もうイヴに二度と近づかないでって言って欲しいの?嫌よ。近づきたくないならこれから卒業するまで貴方が近づかなければ良いはずよ。でも、そうじゃないんでしょう?イヴに謝りたいんでしょう?」

「…っ、ああ」

「じゃあ、私が協力してあげるわ!」

「へ?」


鬼の形相から一転、満面の笑みを浮かべて俺達を見るエバンズ。おい待て、今なんて言った?


「何を協力するんだ?」

「今のまま貴方がイヴに謝りに行ったとしても、貴方はイヴをまた傷つけてしまうかもしれないわ。その理由は貴方がイヴの事をよく知らないからよ」

「確かに、アスターに弟が居るって知ったのもこの間だよね!」

「でしょう?あの子、人から聞かれない限り自分の話なんて全然しないから」

「アスターへの理解を深めて、地雷を踏む事無く仲直りしよう作戦か!さっすが僕のエバンズ!!やっぱり君は天使だ!!」


思わぬ提案に開いた口が塞がらない。「善は急げだ!」とジェームズに右腕をがっしりと掴まれ、エバンズを連れて作戦会議を開く為に談話室へと向かった。
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