シスターは優しそうな婆さんだった。イヴが「マザー」って呼んでいたし、この施設の母親役なんだろうな。そんなシスターは「イヴちゃんと積もる話でもあるでしょうから」と俺とイヴを小さな部屋に案内してくれた。


「イヴちゃん、お夕飯ができたら呼びに来るわね」

「手伝いは大丈夫なのか?マザー」

「良いのよ。せっかくお友達が来てくれたんですもの」


ごゆっくり、と扉が閉められ部屋には俺とイヴだけ。とりあえず座ろうか、と俺は木製の椅子に、イヴは部屋に備え付けられていたベッドに腰掛けた。


「で、黒犬男爵よ。貴様、どこから我の住処を探し当てた。多重結界が貼ってあったはずだが」

「黒犬男爵じゃねえよ!エバンズが教えてくれたんだ」

「…そうか」


シーン、と部屋が静まり返る。結局俺、今年のクリスマス・イブもこいつと過ごしてんじゃねえか。ってそうじゃないだろ。この間酷い事を言ってごめんって謝りに来たんだろ、俺は。


「あの、イヴ」

「ん?なんだ?」

「この前は俺、イヴに酷い事を言った。その…ごめん」


目を逸らしちゃ駄目よ、とエバンズに言われた事を思い出す。逸らしそうになる目をなんとか留め、イヴの赤い瞳をじっと見つめた。…何分見つめ合っていただろうか。フ、とイヴの目が伏せられた。


「別に気にする事じゃない。当たり前の事を言われただけなのに動揺してしまった我が悪いのだ」

「そんな事ねえよ!!」


勢いよく立ち上がったせいか、椅子がガタッと大きく音を立てて揺れた。伏せられていた赤い瞳が俺を映す。


「お前は悪くないだろ!!」


イヴの肩を掴もうとしてしまい、イヴの肩がビクッと震えるのを見てしまう。


「あ、ごめ」

「…すまない。ダークサイドドラゴンがいきなり騒ぎ出したからびっくりしただけだ」


膝の上に握り拳を作って顔を真っ青にしている奴を見て大丈夫だと思える訳無いだろ。…ああ、そうか。

イヴの前でしゃがみ、俺がイヴを見上げる体勢になる。


「上から手が伸びてきたら怖いよな。俺が下に見えるなら大丈夫か?」

「あ、ああ」

「…手、握っても良いか」


イヴは目をきょろきょろと左右に動かして、目をぎゅっと瞑った後小さな声で「構わん」と言った。
右手拳の上をそっと撫でる。何度も何度も優しく撫でると、次第に右手が開かれていった。


「この指輪って…」

「ああ、貴様も知ってるだろう。我の信者からの貢ぎ物よ」

「…そうか」


去年のクリスマスに送ったシンプルなデザインのシルバーリングは、コンパートメントで見た時と変わらず右手の薬指に付けてあった。傷一つ無いところをみると大分丁寧に扱われているらしい。嬉しさで自然と頬が緩む。指をマッサージするように撫でてやると、右手を完全に開く事ができた。優しく両手で包み込んでやる。


「俺と触れるの、怖くないか」


イヴの顔を下から覗き込むと、目をまん丸にして驚いていた。


「貴様、我に触っても何も無いのか?」

「へ?いや、別に」

「我が体内に封印されしダークサイドドラゴンの瘴気に当てられない人間がまだ残っていたとは!!」

「は?」


触れられなかったのはお前の方だろ、と思ったが、あまりにも目をキラキラと輝かせて「凄いぞシリウス!!貴様は我が盟友となれる存在だ!!」と言うもんだからどうでも良くなった。


『その我が盟友ってのはどうやったらなれるんだ?』

『貴様らみたいな平凡な人間は一生無理だな!』


1年の頃の会話を思い出す。あの頃は一生無理だと言われていたのに。


「なあイヴ、その我が盟友ってのはどうやったらなれるんだ?」


1年の時にした質問と全く同じ事を聞いてみる。イヴは一瞬キョトン、としたが、すぐベッドの上に飛び乗り、左手で右目を抑えながら「カーッカッカッカ!」と笑顔で高笑いをした。


「愚問だなシリウス!我らが友情を誓えば、今からでも貴様は我が盟友だ!!」

「そうかよ。じゃあ…これからもよろしくな、イヴ」


立ち上がってベッドの上で謎のポーズをとるイヴに右手を差し出す。まだ抵抗はあるようで長い時間をかけながらも、そっと添えられた右手を掴み、俺達は固い握手を結んだ。





「本当に帰ってしまうのか?」

「ああ、あんまり遅いとジェームズも心配するからな」

「…そうか」


時刻は18時過ぎ。もうそろそろ戻らないとジェームズ家のクリスマスパーティに間に合わない。だが、寂しそうに眉を下げてこちらを見つめるイヴを見るとどうしても帰りたくなくなってしまう。ああ、どうしよう。


「まあ、我も盟友の友に迷惑をかける訳にはいかんからな。また遊びに来てくれ」

「ああ、約束する。…メリークリスマス、イヴ」

「っ!!メリークリスマス、シリウス!!」


シリウス、と俺の名前を呼んで笑顔を向けてくるイヴの顔を見て心臓がバクバクと音を立てる。急に顔に熱が集まって、こんな顔を見られたくなくて。「じゃあな」と口早に伝えると、逃げ去るように教会を去った。

少し走った先の道路でしゃがみ込み、頭を抱える。


「はぁぁ、やっば…」


脳内で笑顔のイヴが「シリウス!」と名前を呼ぶ映像が何度も何度も繰り返し再生される。1度自覚してしまったら、後はせき止めていた壁を崩すように気持ちが溢れ出してきた。

毎年お返しを貰えるわけでも無いのにクリスマスプレゼントを送った理由。

スニベルスを庇うイヴにイライラした理由。

図書館でイヴと仲良く勉強するリーマスに嫉妬した理由。

そんな筈ないって否定してきたけど、遂に認める時が来てしまったようだ。


「俺…イヴの事が好きなんだ」


言葉に出すと余計に恥ずかしさが増した。うわ、恥っず!!5年間こじらせてやっと名前を呼んでもらえたのかよ、俺!!

左手を団扇のようにしてパタパタと顔を仰ぎながら、ポケットから薄汚れた鍵を取り出す。イヴの家に行く時にジェームズから渡された物だ。どうやらこの鍵はポートキーになっているらしい。

はぁ、と前髪をかき上げてため息をつく。帰ったらジェームズに根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。


憂鬱なクリスマス休暇はまだ始まったばかりだ。早くもイヴに会いたくなった俺だが、クリスマス休暇が一刻も早く終わるよう祈る事しかできなかった。

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