その日の夜、談話室の一角を陣取っていた俺達が最初に見たのは、憔悴し切った顔で現れた、水も滴る良い男と化したリーマスだった。


「リーマス、君…」

「…何も聞かないでくれ。僕はもう寝るよ」


おやすみ、と俺達に顔を向ける事無くフラフラと男子寮に向かって行ったリーマスを俺とジェームズは心配して様子を見に行こうとしたが、意外な事にピーターが「1人にしてあげよう」と引き止めた。「そうだな」と俺達はリーマスが眠りにつくまで談話室に居る事にした。

次に見たのは出入り口に向かうエバンズとイヴの姿だった。出ていったのはエバンズだけで、イヴは近くのソファに腰掛けると、妙に緊張した顔でチラチラと時計とエバンズの降りた穴に視線をやっていた。10分くらい経った後に、エバンズが戻ってきた。が、イヴと一言二言交わした後、大粒の涙を零しながら女子寮に戻ってしまった。ジェームズがギョッと目を見開き、血相を変えてその場に残ったイヴに事情を聞きに行った。俺は何となく、スニベルスと何かあったんだろうなと思った。以上、回想終了。





あの日からあいつら幼馴染の関係は崩れていった。エバンズは魔法薬学の時間にスニベルスと組まず、イヴとグリフィンドールの女を捕まえて調合するようになったし、イヴも廊下でスニベルスを見つけても、何か言いたげな視線を向けるだけで前みたいに駆け寄って話しかける事はしなかった。ジェームズは「良い事じゃないか!」と喜んだし、リーマスもピーターもそれに賛同していた。多分、違和感を抱いたのは俺だけ。





…最近イヴの様子がおかしい。

授業が終わるとエバンズを待たずに教室を飛び出し何処かに消えてしまう。忍びの地図で名前を探すといつも3階の女子トイレに名前が現れた。また全ての水道から出る水を黒く染める気か?と聞きたくても、俺達の顔を見ただけで逃げ出されてしまう。食事の時間になっても大広間に現れないし。ジェームズは「エバンズがアスターが居なくとも僕と食事を取ってくれるなんて!結婚式を挙げる日は近い!」と喜んでいたが、日が経つにつれて俺の心は暗く沈んで行った。


「はぁぁぁぁぁ」

「何だい大きいため息なんか吐いて。あっ今日も愛しのアスターに逃げられたから落ち込んでるんだな相棒!」

「…」

「沈黙は肯定と受け取るよシリウス。驚いたな、君が否定しなくなるなんて。愛の力は思っているより大きいらしい」

「うるせえ」

「そんなに落ち込むくらいなら女子トイレの前で出てくるのを待ってれば良いじゃないか!引きこもってる理由と避けられる理由、両方聞けて一石二鳥さ!」

「…」

「君、そんなヘタレキャラじゃないだろう?5年生が終わる前に関係修復しといた方が良いと思うんだけど」

「…るせえ」

「だぁぁ!焦れったいなもう!!次の授業誤魔化してやるから行ってこいよ馬鹿犬!!ほら、地図を見てみろよ!君の厨二病こじらせたお姫様はトイレの便器にご執着のようだぞ!!」


背中をバシンッと勢いよく叩かれ、思わず前のめりになってしまう。持っていた教科書はひったくられ、代わりに忍びの地図を渡された。「何するんだよ!」とジェームズを睨みつけるが、「シッシ、早く行けよ」と冷たくあしらわれてしまった。確かに、イヴのトイレへの執着具合は異常だ。避けられたまま夏休みを迎えるのも嫌だったし、ちょうど良い機会なのかもしれない。


「…ジェームズ、ありがとな」

「貸しひとつだからね!」

「おう」


ジェームズと反対方向へ走り出す。廊下は人が疎らに居るだけで静かだ。階段を一段飛ばしで駆け上り、3階の女子トイレ前を目指す。


「うおっ」

「ギャッ!」


女子トイレ前の曲がり角から急に飛び出してきた奴とごちんっとデカい音を立てて衝突した。相手の方が背が低いらしく、頭突きが華麗に俺の顎に決まり、顎を抑えて蹲る。クソ、痛えじゃねえかコノヤロウ!カエルの潰れたような悲鳴あげやがって!


「あ……シリ、ウス」

「は?イヴ?」


自分の名前を呼ばれて反射的に顔を上げると、そこには驚いた表情で地面に座り込むイヴの姿があった。
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