マダム・ピンスに見つからないよう注意しながらそっと書棚の奥へ身を滑り込ませる。入り組んだ本棚の森の中、リーマスと厨二病女は隣同士に座って本を読んでいた。

「…で__が…」
「つま___とい_…」

何を話してるのか全然聞こえねえ。チッと心の中で舌打ちをする。俺は話を聞く為に、音を立ててしまわないよう慎重に近づいた。2人との距離は書棚ひとつ分だけ。息を潜めて本に手を当て、隙間から覗き込んだ。


「ここの呪文は恒久の氷結を応用できないだろうか?」

「魔力の組み合わせ方は似てるね。イヴの出力なら問題無いんじゃ無いかな。似たような魔法にプロテゴがあるんだけど…」

「プロテゴなら理論は解っている。ただあれでは出力方法に癖があってだな…勿論我には造作も無い事だが、愚かな下民はもしもの時に困るだろう?今我が考えている「天界の加護(ヘブンズケージ)」の方が扱い易いはずだ」

「天に向かって呪文を唱えると、空から半透明な籠が落ちてきて対象を護る…だっけ。だったらなるべく速く籠が落ちるようスピードを追加する必要があるかも」

「そ、そうか!加速を組み込めば良いのだな!?早速試してみるぞ…と言いたいところだがダークサイドドラゴンが我の体力を消費してしまい動けんのだ」

「分かった。じゃあ体力が戻るまで本でも読む?前イヴに教えてもらった本凄く面白かったんだ。また教えてくれないかな?」

「ほ、本当か!?カーカッカッカ!実はリーマスの為にまた本を持ってきたのだ!マグルのミステリー小説でな」

「ありがとう!僕ミステリー好きなんだ」


オリジナル魔法の研究なのか、2人のいる机には所狭しと本が敷き詰められている。そうか、リーマスは厨二病女の新しい呪文を考える手伝いをしていたんだな。そうかそうか、って納得出来る訳ねえだろ!

呪文学ならリーマスよりも俺の方が上だし、俺の方が役に立つだろ!なんで俺に言いに来ないんだよ。というかリーマスよりも俺の方が話すだろ。悪態吐くような間柄だけどさ。

厨二病女に対する苛立ちが募る。厨二病女とやけに距離が近いリーマスにも。これ以上仲睦まじく談笑する2人の事を見ていたくなくて、俺は静かにその場を立ち去った。


「…黒犬?」

「どうしたの?」

「今黒犬のニオイをダークサイドドラゴンが感じたらしいのだ。まさかリーマスが連れて来たのか?」

「いや、僕は誰にも言ってないよ?」

「…そうか、気のせいだったか。すまない」





夜、自室のベッドの上で杖の手入れをしていた俺は、「ちょっと良いかい?」とリーマスに声をかけられ、強制的に談話室のソファまで連れ出された。
珍しく談話室には俺とリーマスしかいない。秘密の話をするのに向いてそうだな、と思った。
「シリウスは何が飲みたい?」と聞かれたので「なんでも良い」と答えたらホットチョコレートを出された。しまった、リーマスは甘党だという事を忘れていた。

2人で向かい合わせに座り合う。話を切り出したのはリーマスだった。


「今日僕達が別れた後さ、シリウス図書館に来たでしょ」

「ゴフッゲホッ…な、なんで…!」


驚いて飲んでいたホットチョコレートが気道に入りむせてしまう。まあ厨二病女関連の話だろうと思ってたけどさ、なんでバレてるんだよ。怒るフィルチから簡単に逃げられるくらいには気配を消す才能に長けていると自画自賛していたのに。


「僕は気づかなかったよ。イヴが気づいたんだ」

「厨二病女が?」

「うん。ニオイを感じたって」

「はぁぁぁ!?」


思わず身体の臭いを嗅いでしまう。え、俺臭く無いよな!?
リーマスに同意を求めるが「そっちのニオイじゃないでしょ」と一蹴されてしまう。俺の臭いについては触れてもらえなかった。


「多分気配を感じたって言いたかったんじゃないかな。まあそれは置いといてさ、なんでシリウスは図書館に来たの?イヴに悪戯する為?それとも僕がイヴを狙ってると思ったから?」


真剣な顔をしたリーマスが俺を見つめる。
俺はリーマスの視線に耐えられず、俯いてしまった。


「厨二病女なんか狙ってねえよ。図書館に居たのはたまたまだ」


「はぁ…」と正面からため息が聞こえる。


「シリウスが認めたく無いなら良いよ。僕は何も言わない。でも君の行動はまるで好きな子につい意地悪をしてしまう子供のようだ。そこは気をつけるべきだよ。あまりやり過ぎるとイヴに嫌われちゃうからね?」

「だから俺は別に好きじゃねえって!」


声を荒げて反論する。なんでジェームズといいリーマスといい俺が厨二病女の事好きみたいな認識になってんだよ!


「何度も言うけどな、俺はあんな厨二病っ…!」

「2人とも何やってるんだい?」

「うわぁぁ!…ジェームズ!?」


ヒョコッと傍から突然ジェームズが現れた。透明マントを持ってニヤニヤと笑っている。まさか今までの話、全部聞かれてたのか?
リーマスを見るが、特に気にしていないのか、始めから知っていたのか。はぁ、と額に手を当ててため息をついていた。


「あれ、僕お邪魔だった?」

「そんな事無いよジェームズ。部屋に戻ろうか」

ソファから立ち上がったリーマスは、飲み終わったカップを片付け始めた。


「俺も手伝うよ」

「大丈夫、話に付き合ってくれたお礼さ」


リーマスはサッと杖を振り、ソファとテーブルを綺麗にした。時計を見ると短針は11を指している。どうりで眠い訳だ。ふわぁ、と欠伸をしながら男子寮へと向かう。ジェームズは「おっ先〜!」と階段を駆け上ってしまった。

再び俺とリーマスで2人きりになる。「あ、そうそう」と背後から声が聞こえた。


「クリスマスプレゼントは早めに用意した方が良いんじゃ無いかな」


どうして急に、と聞く前に、リーマスはするりと俺の傍を通り抜け「僕もお先に失礼するね」と階段を登ってしまった。
前へ次へ