「僕もうそろそろ行かなくちゃ」

ホグワーツ特急のコンパーメント内で、荷物を置いたリーマスが言った。5年生になり監督生に選ばれたリーマスは、エバンズと共に監督生専用車両に行った後車内の見回りをする必要があるらしい。それを聞いたジェームズはエバンズと一緒に監督生になりたかったと騒ぎ始めた。慌ててピーターと2人でジェームズを止める。リーマスは申し訳無さそうにしながらコンパートメントを出て行ってしまった。


「おい、あまりリーマスを困らせるなよジェームズ」

「ええ〜!?これでも我慢してるんだよ。リーマスじゃなかったら2度と人前に出れないようボコボコにしてやるつもりだったんだから」


リーマスが出て行った後すぐにジェームズを窘めるが、プンプン怒るジェームズは聞く耳を持たない。エバンズ関連で暴走するジェームズには何を言っても無駄だと分かっている俺は、「程々にしろよ」とだけ言った。





「あのさ、シリウス。僕達でエバンズのいるコンパートメントに遊びに行かない?邪魔なスニベルスを追い出すのを手伝って欲しいんだ」


ホグワーツ特急に乗ってから2時間くらい経った後、ジェームズがこっそり俺の耳元で話しかけてきた。小さな声で話すのはリーマスにバレないようにする為だろう。そのリーマスはピーターと話すのに夢中なようだ。「今がチャンスなんだ」とジェームズが小声で言う。思えば特急内でスニベルスに悪戯を仕掛けた事はまだ無かった。面白そうじゃねえか。俺はジェームズの目を見て小さく頷いた。


コンパートメントの窓ガラスをひとつひとつ覗き込んではエバンズ御一行を探す俺とジェームズ。簡単に見つかると思っていたが、中々見つからない。


「もしかして厨二病ちゃんが人避けの呪文をかけてるんじゃない?」

「かもな。あいつ呪文のセンスだけはあるし」

「シリウスもそう思う?まあ僕のエバンズへの愛は厨二病ちゃんの呪文くらい簡単に破れるはずなんだけどね。…ほら、見つけた!」


ジェームズがとあるコンパートメントのドアを指差す。そこには驚いた表情をした厨二病女とエバンズ、俺達を睨みつけるスニベルスが居た。


「おお、さすがジェームズ!どうやって発見したんだよ!」

「愛だよ愛。それじゃお邪魔しまーす」


愛の力とやらで無事コンパートメントを見つけたジェームズは、扉を開けてズカズカと中に入っていった。俺も後に続き、扉を後ろ手で閉めそっと人避け呪文をかけた。リーマスにバレたら面倒だからな。





「ななな、何故だ!どうして毛玉如きが我の「真実にて偽りの魔(プレヴ・シールド)」を破れる!?ま、まさか貴様、「永久舞踏曲(エターナルロンド)」からの刺客か!?本物の毛玉は何処へ隠した!?」

「愛の魔法だよ愛。もちろんエバンズへのね!僕は何処からの刺客でも無いよ。別に厨二病ちゃんの命を狙った所で…って感じだし。ああ、でもエバンズのハートは狙ってるから刺客というのは合ってるのかな?」

「貴様、我が盟友リリーの命を狙っているだと!?カーッカッカッカ!遂に本性を現したな毛玉擬き!セブルス、今すぐリリーを連れて逃げるのだ!ここは我に任せろ!」

「うるさいわよポッター!イヴの事厨二病ちゃんって呼ぶの止めなさいって何回言ったら分かるの?というか勝手に私達のコンパートメントに入らないでちょうだい!」

「イヴ、ポッターを相手にするな。話がややこしくなる」


厨二病女が騒ぎ出したと思ったらジェームズも乗っかり、コンパートメント内が地獄の空間と化した。何が起こってるんだよ、おい。特に厨二病女。こいつの厨二節は学年が上がるごとに進化し、今は「永久舞踏曲(エターナルロンド)」という組織から命を狙われている事になっている。アホか。

ギャーギャーと騒ぐ厨二病女を観察する。そんな厨二病女は既に制服に着替えていた。ローブは纏っておらず、半袖のワイシャツから包帯まみれの腕が伸びている。手先だけは見えていて、右手の薬指にはシルバーのリングが光っていた。4年生のクリスマスに俺が匿名で送ったやつだ。


「ちょっとブラック!私のイヴをじろじろ見るの止めなさいよ!」

「見てねえよ!誰がこんな厨二病女!」


突然エバンズに叫ばれ、見てねえよと反論してしまう。いや見てたけどさ。自分の名前を呼ばれた厨二病女はジェームズから視線を外し俺を見た。赤い瞳が俺を射抜く。


「なんだ、居たのか黒犬。大人しいから気づかなかったぞ」


本気で言ってんのかこの女。怒りを通り越して悲しくなる。わざとだったら呪文のひとつやふたつ使ってやる所だったが、きょとん、とこちらを見つめる厨二病女の様子を見るにどうやら本気で気づいて無かったらしい。ジェームズがナントカシールドを破った事で頭がいっぱいだったのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。
はぁ、とため息をつくと「貴方、えっと…その…可哀想ね」とエバンズから憐れみの目を向けられた。うるせえ、ほっとけ。


ジェームズが無理矢理エバンズの隣に座ったので、俺は厨二病女の隣に座る事になった。ドア側から俺、厨二病女、スニベルス、俺の向かいにジェームズ、スニベルスの向かいにエバンズ(1人分隙間を空けられている)の順に並んでいる。スニベルスに悪戯を仕掛ける為に来たはずなのに、エバンズを見た瞬間全て吹っ飛んだジェームズは必死にエバンズに話しかけていて杖を取り出す様子は無い。厨二病女はせっかく俺が来てやったのに、スニベルスとばかり話しやがる。クソ、面白くない。

…俺は厨二病女と話したいのか?

ふと思った。そもそもまともな会話を交わした記憶は毎年2人で過ごすクリスマス休暇くらいで、未だに名前で呼ばれた事は無いし(俺も呼んだ事は無いが)、我が盟友と言われた事も無い。
共に過ごして4年が過ぎたが、俺とこいつの関係に何と名前を付ければ良いのか分からない。

「喧嘩するほど仲が良い」とはよく言うが、俺と厨二病女は仲が良いと言えるのか?

窓の景色を眺めているふりをして厨二病女を横目で見る。笑う度に揺れる髪を見て、こいつ髪伸ばさないのかな、とか綺麗になったよな、とかどうでも良い事を考えた。ああクソ、俺は厨二病女は興味ねえって散々自分で言ってるだろうが!


結局、特急が止まるまで俺は厨二病女と会話を交わす事は無かった。荷物を取りにジェームズと2人で俺達のコンパートメントに戻ると、そこには仁王立ちをしたリーマスが鬼の形相で待っていて、「どうして僕達に何も言わずに居なくなったんだい!?新学期早々問題を起こす気じゃないかとヒヤヒヤしたよ!」とめちゃくちゃ怒られた。
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