25.湖の煌めきは時にバルス
ノエルとケイトを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、予めサイドテーブルに置いてあった制服に着替える。引き出しから黒いリボンを2本取り出してそれぞれ髪を左右にまとめた後、杖を軽く顔に向かって円を書くように振って洗顔呪文を唱えたら準備完了だ。ちらりと時計を確認するとまだ5時とちょっと。音を立てないよう慎重にドアノブを捻り、身体を滑り込ませて廊下へ出た。さーて、今日も練習頑張るぞい。
*
早朝の湖には誰もいない。当たり前だ。朝日を受けてキラキラと輝く水面にボーッと意識を奪われるが、すぐ頭を振って意識をある一点に集中させる。ここで外したらお前は死ぬ、と自己暗示を忘れない。
左手に持っていた小枝をその一点に向かって投げ、ホルダーから素早く杖を引き抜いて呪文を唱えた。
「インセンディオ!!」
ボッと杖先から炎が噴射され、あっという間に小枝は炭となりぽちゃんと湖に落ちた。だけど遅いし火は弱い。こんなんじゃ闇の魔法使いに勝てない。プロテゴなんかぶち破れるくらい強力な炎じゃないとダメだ。
1年生だから、まだ子供だからというのは言い訳にしたくない。見た目は可憐な少女でも中身は三十路だからそもそも子どもじゃないし。あーあ、トリップ特典はチート魔力が良かったな。いや、幼馴染属性も捨て難いけど…やっぱなし今のなし。合法的にシリウスとレギュラスをなでなでできる権利は誰にも渡さんぞ。
でも、これじゃあ並の魔法使いと変わらないんだよなぁ。
守りたい者が守れない。私の大切な家族を、危険なオタ活に走る両親を私が守らなくて誰が守るんだ。それに、ホグワーツでの最終決戦でも上手く立ち回らなくてはいけないのに。歯が擦れてギリッと音を立てた。いけない、力を抜いて集中しなければ。すー、はー、と深呼吸をしてもう一度前を見据え、足元の小枝を拾う。
一番最初に覚えると誓った技だ、一番使いこなせなくてどうする。
左手に持っていた小枝を目の前に向かって投げ、もう一度ホルダーから杖を引き抜いて呪文を唱えた。
「インセンディオ!!」
*
「ダメだ〜今日も上手くいかねえ〜」
あの後何度も練習したけど炎の強さは変わらなかった。お腹が空いて力が出なくなってしまった私は、そのまま草が付くのも構わず地面に大の字になって寝っ転がった。ああちくしょうなんで上手くいかないんだ。手足をじたばた動かしてやり切れない思いを発散させる。映画のハリーの方が強い炎出してるぞ!……多分。ジェームズに似て若干大雑把な性格してるからそれが火力に影響してるのか?対する私はチキン・ハート。愛する家族の為なら例え火の中水の中闇陣営の中突っ込めると口では豪語しても心の中はヒーヒー大騒ぎだ。杖に私の本質がバレてるのだろうか。多分バレてる。ちょっとの気後れが火力に影響してるのかもしれない。メンタル強化の方が大事なのかも。でもどうやったら心臓に毛が生えるんだろう?
はぁ、とため息を吐き、大の字になったままぼーっと空を見上げる。明け方の空は青が薄くて美しい。じっと見ていると空に吸い込まれてしまいそうだ。さわさわと風が頬を撫で、鳥の鳴き声や木のさざめく音が耳を通り抜けていく。朝は静かで好きだ。自然の音しかしないから。
だけどたまに、今みたいにへこんだ時はまるでただひとりこの世界に取り残されたみたいで、妙に人恋しくなってしまう。おセンチな気分ってやつだ。実に私らしくない。めげない、しょげない、泣いちゃダメのピンクの恐竜精神をモットーに生きると決めたはずなのに。
「リーザ、こんな朝早くにどうしたの?」
「えっ、嘘、誰!?」
シリアスモードを邪魔するのはちょっと卑怯じゃないかな!?油断してたせいで素っ頓狂な声を出してしまったじゃないか。腹筋の力を使って起き上がり、髪や制服に付いた草を軽く払い落としてから声の方向を向くと、制服に身を包んだリーマスが立っていた。
「なーんだ、リーマスかびっくりした…」
「もしかしてお邪魔だったかな?」
眉を下げ苦笑するリーマスに、全力で首と手を振り「違う違う違う全然邪魔じゃない!!むしろ寂しいなって思ってたとこだったから!!」と否定する。あれ、今私なんて言った?とんでもない事を口走った気がするけど気のせいであってほしい。
「隣、座ったら?」
「いいの?」
「いいよいいよ!おいで!」
隣をポンポン叩くとリーマスはおずおずと隣に座った。うーん、心の距離は縮まったと勝手に思ってたけどまだだったかな。拳二個分近づき、じーっとリーマスの目を覗き込む。前世で6秒だったか7秒だったか見つめ合うと恋に落ちると聞いたけど本当だろうか?いや試す気は無いんだけど。リーマスには3秒立たないで逸らされた。
ちょっとガラスのハートが傷ついた。
「リーマスはこんな朝早くにどうしたの?散歩?」
「まあ、そんな所かな。リーザは?」
「魔法の練習!」
指でVサインを作りニコッと笑うと、リーマスもふふっと笑ってくれた。美少年は笑う姿も絵になるなぁ、と心の中でシャッターを切り、脳内フォルダに保存する。私の周りには美少年美少女ばっかだ。なんだろう、感性が日本人だから海外の人は皆美人に見える現象でも起きてるのかな、いや違う普通に顔が良い。胸を抑えてウッと呻く。リーマスはそんな私を見て、一瞬視線をさ迷わせた後湖に目を移した。あ、見なかった事にしたなコノヤロウ。
「前にも言ったと思うけどリーザは努力家で偉いね」
「そーかな?」
「そうだよ」
褒められる事は嬉しいから素直に「やったー!リーマスに褒められた!」と喜んでおく。リーマスはまたふふっと笑うと、湖の煌めきに目を細めた。眩しいのかな、と思い私も湖に目を向ける。あ、結構眩しい。ここで愉快な眼鏡の鉄板ネタを披露したらリーマスは笑ってくれるだろうか?いや、元ネタ知らないとただの不審者だこれ。目に当てようとした手をゆっくり降ろす。
「綺麗だね」
「だよね〜!私のお気に入りなんだ、ここ。素敵な場所でしょ?今度愉快な仲間たち連れてきても良いよ。私が特別に許可するッ!!」
「ありがとう。でもジェームズとシリウスは起きられるかな?」
「アー…無理そう。特にジェームズが無理そう」
「2人はいつも朝バタバタしてるからねぇ」
慌てて着替えて大広間へ急ぐ2人の姿が簡単に想像できる。うーん、可愛い。その後ろを慌てて追いかけるピーターもセットだろうな。きっと。悪戯仕掛け人の中で生活リズムがしっかりしているのってリーマスくらいじゃないのかな。11歳なのにめちゃくちゃ偉い。はちゃめちゃに褒めたい。
「リーマスはちゃんと起きて偉いね」
「そうかな?早起きを心がけてるつもりは無いんだ。中々寝付けないし朝は勝手に目が覚めてしまう。怖いんだ、夢を見るのが」
「それは…私が理由を聞いても大丈夫な話?」
「………うん」
急に不穏な空気を察した私はおちゃらけモードからシリアスモードに心を切り替える。リーマス問題はちゃんと聞かないとダメだ。この子の自己肯定感をちゃんと伸ばさないと、いくつになっても後ろ向きに生きる事になってしまう。
「時々、こんなにも毎日が楽しいのはこれが夢だからなんじゃないかって思う事があるんだ。本物の僕はホグワーツじゃなくて子供部屋のベッドでひとり眠ってるのかもしれない。今こうしてリーザと話してるのは夢の世界だから、こっちで夢を見ると現実に戻ってしまうんじゃないかと考えると怖くて堪らないんだ」
「えっ…」
「なーんてね!冗談だよ。夢を見るのが嫌なのはうっかり寝過ぎちゃうからなんだ」
嘘だ、絶対嘘だ。これは友達から聞いた話なんだけどね〜が大抵本人の話なように、冗談というのは実は大真面目な話のあれだ。リーマスは、恐らく元の生活に戻る事を恐れている。これから先、ずっと孤独に生きなければならないと悲観している。なんで?リーマスが人狼だから?何の罪もない少年の人生を壊したフェンリールへの殺意が増した。絶対許さねえからな!!
私はリーマスの青白い手を両手で包み、ぎゅうううとなるべく力を込めて握った。
「えっと、リーザ?ちょっと痛いかな…」
「痛いのは現実だからよ。良かったじゃない!」
「…へ?」
「リーマスは今ちゃぁぁぁんとこうして私の横で座っている。これは紛れもない現実よ。大丈夫、夢を見たって目が覚めたら男子寮のベッドの上。リーマスはホグワーツの生徒なんだから」
「リーザ…」
「私の体温伝わってる?私は伝わってるよ。リーマスの手はちょっと冷たいけど…手が冷たい人は心が温かい人なんだって。って、それは今関係ないか!手が温かくても冷たくても、リーマスは優しいもんね。お姉さんはそんなリーマスが大好きだよ。悪戯仕掛け人の皆だってリーマスの事が大好きに決まってる。私達、友達だもの!」
「とも、だち…?僕達、友達なのかい?」
「ウッソだろ一緒に過ごしてもうすぐ1年経つのに友達のラインにすら立てて無かったのか私は…」
「いや、僕なんかがリーザの友達なんておこがましいよ…」
「あのねえ!友達になるのにおこがましいとかおこがましくないとかないの!むしろ友達になってくれてありがとう!私友達少ないから…これからも末永くよろしくね…」
リーマスの手を上下にブンブン振る。手を振る事で仲良くなるパワー的な何かが出るんだよ。セブルスはそれで攻略した。
ニコッと笑うと、リーマスは左右に視線をさ迷わせた後、控えめに笑ってくれた。目の奥はまだ仄暗い。うーん、やっぱりリーマスが人狼だと知った上で絆イベント発生させないと完全な友情は生まれないのかもしれないな。実は人狼なんだ!?知らねえ!私達ズッ友だよ!となるきっかけを探さなくちゃいけない。これは長期戦になりそうだ。
……まあ、でも、今日だけでも随分心の距離が縮められたんじゃないかな。よいしょっと立ち上がり、足についた草を払い落とす。
「あーあ、お腹空いちゃった!ね、朝ご飯食べに行こう!」
「うん、そうしようか」
立ち上がったリーマスのお膝についた草をポンポンと払ってやると、「ありがとう」と微笑んでくれた。前よりも少しだけ明るくなった顔を見て、ホッと息を吐いたのはリーマスには内緒だ。これからはもっとリーマスもよしよししよう。未来に希望を持って欲しい、そんな願いを込めながら。
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