28.親友っていいな
検知不可能拡大呪文をかけたトランクに必要な物をどんどん放り込み、蓋を閉めてガチャンと鍵を回す。これで帰る準備は万端だ。私達はこれから1ヶ月と少々の素敵な夏休みに入る。魔法が使えないのはすっかり魔法界に染まってしまった私にとっては辛い事だが、それは皆同じだから仕方が無いだろう。
「でも魔法使えないの辛…生きるのが面倒くさくなる」
「そういう怠け者が生まれるから禁止になったんでしょうね」
「ヒー辛辣!だけど正論だから身に染みるぜ」
「うっかり使っちゃったらどうしよう…」
「杖を隠しておけば良いと思いますわ」
「さっすがノエル大先生!そこに痺れる憧れるゥ!」
「リーザは黙って着替えて下さいな。もうすぐ出発の時間ですわよ」
「はーいママ」
「産んだ覚えはありません!」
「あ、私も準備しないと…」
ノエルのキレっキレのツッコミにひとしきり笑った後、カーテンを引いて制服から黒のシンプルなワンピースに着替えた。緑のローブとは暫くお別れだ。結局スリザリンの友達はノエルとケイトとセブルスしかできなかったな、とローブを畳みながら考える。むしろグリフィンドールの方が数的に勝ってる。おかしい、何かおかしい。
気にしないようフンフン鼻歌を歌う。段々力が入ってきて握り拳をマイク代わりにネコ型ロボットのテーマソングを熱唱した。ノエルに「着替え終わったならさっさと出てくださいな!コンパートメント取れなくなりますわよ!!」と怒られた。立派なママだ。
「ごめんなさいママ」
「ほら、早くトランクを持って!ケイトは準備できてますの?」
「大丈夫!」
3人でトランクを抱え仲良く寮を出る。グッバイ、スリザリン寮!と叫んだらノエルに脇腹をド突かれた。ごめんちょっとテンション荒ぶってた。ケイトは困ったように笑った。
「リーザちゃんって大分…個性的だよね」
言葉を選んでくれてありがとう。お姉さんもう少し落ち着きを覚えられるよう頑張るね。
*
ホグワーツ特急に乗車してすぐ空き室のコンパートメントを見つけられたのは幸運だった。3人で仲良く座り夏休みはお手紙書くね!なんて談笑をしていると、ボーーッと汽笛が鳴りガタンゴトンと音を立てて特急が発車した。それから1時間くらい経った頃だろうか。急にガラッと扉が開かれくしゃくしゃの天パが視界に飛び込んで来たのは。
「リーザッ!!やっと見つけた!!」
「うぉ、びっくりした…どったのジェームズ」
「やあノエルにケイト。3人でいた所悪いけどリーザ借りて良いかい?」
「良いですわよ。ね、ケイト」
「うん」
2人の返事を聞くとすぐにジェームズは私の腕を引いて通路に連れ出した。なんだなんだ、と慌ててトランクを呼び寄せ片手で掴む。くるりと振り返ったジェームズは、視線を左右にさ迷わせた後小さく「シリウスが、」と言った。
「シリウスの元気がないんだ。僕達の前ではいつもみたいに振舞ってるんだけど、ホグワーツから離れれば離れるほど顔色が悪くなっていって。ねえ、リーザ、お願いだからシリウスの傍にいてやってよ。シリウスは家に帰るのが怖いんだ」
言葉を失った。
私は馬鹿か。ブラック家の恐ろしさをすっかり忘れていたなんて。働けなくなった屋敷しもべ妖精の展覧会開いているような家だぞ?家に帰ったらどうなる事か。
脳裏にヴァルブルガさんの吠えメールがよぎる。
『帰ってきたらしっかり話を聞かせてもらいますからね!』
しっかり話を聞く、本当に?
聞いて「貴方の意思を尊重するわ」と簡単にできる家じゃないだろうに…!!
私は見た目は子供、頭脳は大人だからブラック家の事情を理解しているつもりだ。嫡男がスリザリンに入り、いずれ家を継げる人間になるのを期待する気持ちもよく分かる。けれどシリウスの自由を望む気持ちも理解しているつもりだ。そしてシリウスが意思を曲げなかった未来を知っている。
どちらも大好きなのに何も変えられない。私はシリウスのお姉さんなのに。ふとドアのガラスに目を向けると、酷く情けない顔をした自分が映っていた。
ある扉の前で立ち止まり、「着いたよ。結構離れてたでしょ」と言いながら振り返ったジェームズは私の顔を見るなりギョッとした。
「どうしたの!?百味ビーンズの耳くそ味食らったような顔してるけど」
「どんな顔だよ!いやぁ、私はシリウスのお姉さんなのに何の助けにもならないなって思ったら、情けなくて…」
最後の方はほとんど声が掠れて自分でも聞き取れなかった。いやいや、本当に情けない。たはは〜と笑うとジェームズは何故か「なんで」と怒ったような顔になった。
「なんでって…何が?」
「なんで行動する前に諦めちゃうのさ!シリウスの為にできる事があるだろう!?説得するんだよ!!彼の両親に!!リーザが!!」
「ッ…!!そんなのできっこ」
「なくない!!リーザならできる。だって姉なんだろう!?夏休みにシリウスの味方でいられるのはリーザしかいないんだよ!?何もできないのは僕の方だ。部外者だから当たり前だけど。でもリーザは違うだろう!?家族の枠に入れるんだろう!?僕は親友を失いたくないんだ…」
縋るように私の肩を掴むジェームズの手が震えていた。1年生らしからぬ悪知恵を働かしてはいつも大胆不敵に笑っていたジェームズが、子供らしく不安で瞳をいっぱいにして私を見ていた。私以上にシリウスの心配をして、いつもの調子を崩してまで頼み込むジェームズの姿に心を動かされる。そうだ、説得できるのは。シリウスがグリフィンドールだって関係ない、なんてブラック家に正面から意見できるのは私しかいないんだ。
「分かった、やってみる」
ハシバミ色の瞳をじっと見つめ力強く頷くと、ジェームズは安心したのかホッと息を吐いた。まさかあのジェームズがシリウスの為とはいえ私の前でなりふり構わないで行動するなんて。シリウスは良い親友を持ったなぁ、と少し嬉しくなる。と、そこでジェームズの言葉に少し気になる箇所があったのを思い出した。
「あのさ、ジェームズ。親友を失うってどういう事?」
「へ?だって、シリウスは退学の危機なんだろう?」
「え?なんで!?」
「聞いてないのかい?1ヶ月くらい前に彼の家から理由によってはホグワーツを退学させるって手紙が届い」
たんだ、とジェームズが言葉を続ける前に私は勢いよくスパンッッとコンパートメントの扉を開けた。中にいたピーターがドアがぶつかる音にびっくりして飛び跳ねたが謝っている余裕は無い。リーマスが目を丸くして私を見た。私はドカドカと驚いた表情のまま固まったシリウスに近づき肩を揺する。
「シリウス!!退学なんて聞いてないんだけど!?なんで言ってくれなかったの、どうして」
退学の危機になるなんて知らないし読んでもいない。そう、『知識』にない。まさかこんな所に地雷が埋まってるなんて思わなかったが、知識とか関係なく姉としてシリウスの不調を見抜けなかった自分が情けなくて涙がボロボロ零れる。馬鹿、馬鹿リーザ。泣きたいのはお前じゃなくてシリウスだぞ。ブラック家のお隣さん(をいっこ飛ばしてお隣さん)として何年生きてきたんだよ。ブラック家の居間を泡だらけにしてヴァルブルガさんに怒られた時の怖さを忘れたのか。あの人怒るとすっごく怖いんだぞ。そりゃあもう手段も問わないくらいには。
ボロボロ、ボロボロ。溢れる涙が止まらない。なんで頼ってくれなかったの。お姉さん知らなかったよ。嗚咽が混じりながら何とか声を絞り出して尋ねる。シリウスはバツが悪そうな顔をしながら「リーザに心配かけたくなかったんだよ」と言った。
「ばか!直前に知る方が心臓に悪いわ!前から聞いてたら抗議の手紙いっぱい書いたのに、グスッ、うう……」
「悪かったって!泣かないでくれよ、な?」
私の肩を無理矢理押して椅子に座らせた後、ほら、お菓子食べるか?とカエルチョコを渡してきたシリウスに食べるううとしゃっくりを上げながら返事する。もうやだこの子優し過ぎる。ありがとう大好きとお礼を言ってからカエルチョコを齧ると、勢いよく背中をバシンと叩かれた。痛っ!!何するんだよ!!
犯人であるジェームズを睨むと呆れたように「君が泣いてどうするんだ」と口パクで伝えてきた。
……確かに私が泣いてどうするんだよ!
当初の目的はシリウスを励ます事だったのに私が励まされてどうする。目をゴシゴシと擦り涙を拭くと、シリウスの両手を取ってギュッと握った。
「シリウス、心配しなくて大丈夫だからね。私が何とかしてみせる。シリウスを退学になんかさせないんだから」
シリウスが何か言おうと口を開いた時、ガコンと大きく席が揺れた。ボーッと汽笛がなり、ホグワーツ特急が無事キングス・クロス駅に停車した事を告げる。
窓から外の様子を伺うと、大勢の人でごった返すホームの一角に子供が帰ってくるのを今か今かと待ちわびる大人達の姿が見えた。
「大丈夫?行けそう?」と聞くと、シリウスはニッと笑ってくれた。どうやら私が泣いた事で心に余裕ができたらしい。自分よりパニクっている他人を見ると気持ちが落ち着くアレ現象だ。良かった良かった。
「よし、行こう」
生憎前世から口だけはよく回ると言われてきたお姉さんだ。絶対シリウスをホグワーツに返してやるからな。
トランクを落とさないよう両手で抱えながら、私は力強くホームに足を下ろした。
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