試験まで2ヶ月を切り、図書館は5年生と7年生の姿で溢れかえっていた。必死の形相で教科書を睨みつけるピーターとすれ違う。ジェームズとシリウスの姿は無い。あの2人が机にかじりついている姿なんて想像出来ないし、きっとまた今日もスリザリン生に悪戯を仕掛けているのだろう。途中で何冊か参考書を引き抜き、いつもの席に向かった。
「こんにちは、アリス」
「やあリーマスくん。勉強は捗ってる?」
「君のおかげで」
「そうかいそうかい」
この私が教えてるから当然だね、と笑うアリスの隣の席に座る。よし、と気合を入れて問題に取り掛かった。
*
図書館の中は人でいっぱいなはずなのに、何故かこの一角だけ世界から切り取られてしまったかのように誰も居ない。紙を捲る音、ペンを走らせる音だけが響く。
「静かだね」
読み終わったのか、パタンと本を閉じたアリスが口を開いた。
「うん」
僕はアリスを横目で見た後、ペンを走らせたつつ返事をした。
「ずっとこの時が続けば良いのに」
ハッと顔を上げてアリスを見る。アリスは頬杖をついて窓の外を見ていて、こちらからは表情を見る事ができなかった。
「それって、どういう」
なんだかアリスが消えてしまうような気がして、彼女の肩にそっと触れた。アリスの体温が手を通して僕に伝わってきてなんだか気恥しい。
「…何でもないよ」
アリスは頬杖していた手を解くと、肩に触れていた僕の手を掴んだ。ふたつの双眸が交わる。
ドクン、ドクンと僕の鼓動が聞こえた。
金色の瞳に僕の顔が映り込む。顔を真っ赤にさせた情けない、病弱そうな僕の顔が。彼女の手から熱が伝わってきて、その熱が僕の身体を巡っていく。どのくらいの時間視線を合わせたまま手を繋いでいたのか。1分以上だったかもしれないし、10秒くらいだったかもしれない。ただ、時が止まってしまったかのように、僕達は手を繋いだままただ見つめ合っていた。
「ごめん」
アリスが先に目を伏せて謝ってきた。少し汗ばんだ僕の手からアリスの手がゆっくりと離れていく。少し名残惜しく感じつつも、僕も宙に残された手を降ろした。
「本当にごめん」
「待っ…」
ガタッと音を立てて立ち上がったアリスは、1度もこちらを見る事無く走り去ってしまった。顔が熱い。心臓がドクドクドクと普段より早いペースで脈を打っている。
今のは、何だったんだ。
呆然とアリスが走り去った方を見つめながら、僕は暫くその場から動く事ができなかった。
心臓をぬるく揺らして