見渡す限り広がる山々。ピーヒョロロロ、と鳴き声をあげながら旋回するトンビ。ぽつりぽつりと点在する家々に、広大な畑。ギラギラと照りつける太陽が、夏が来た事を感じさせてくれる。


「ハリー!そっちはどう?」

「大きなトマトがたくさん取れたよ!」

「よし、じゃあウメさんの家に持っていこうか」

「うん!」


極東の島国、日本。某県某町の山に囲まれた自然豊かな環境で、私は7歳になったハリーと共に小さな平屋に住んでいた。


紫色の折りたたみ傘兼ポートキーに触れてしまった私は、幼いハリーとキャリーケースを抱えてこの町に飛ばされて来た。身寄りもお金も無い子連れで外国人の私に優しく接してくれたこの町の人々は、諸々の手続きや住まいを探すのを手伝ってくれて、あれよあれよという間に私がこの町に住む事が決定したのだ。

…上手く出来た話である。
何故か日本語が理解できるようになってるし。

これもまた東洋人の女に仕組まれた事なのだろうか、と疑った。まあ私の身近に日本に縁がある人なんて居ないし、きっとそうなのだろう。しかし、まさか魔法省の人間どもは私が日本に逃げているとは思わないだろうし、ここは魔法のマの字も知らなさそうなド田舎だ。生活するのにメリットの方が大きい為、この地でハリーを育てていく事を決めた。野菜を育てて売ったり、山に生えている薬草で簡単な風邪薬や傷薬を作って売ったりして生活の足しにしている。

誇り高き純血の娘が汗水垂らして野菜を育ててるなんて両親が見たら卒倒しそうだ。そんな両親は揃って闇の魔法使いとして色々法を犯してアズカバン送りにされているから知る由もないんだけど。


「どうしたのマリー?」

「…あまりに暑いからぼーっとしてたの」


変なマリー、とクスクス笑うハリーの頭をクシャクシャと雑に撫でてやる。ハリーは階段下の小さな部屋で栄養失調になる事無く、元気な男の子に育ってくれた。ハリーには本当の親子では無い事を伝えて無いが、何となく気づいているのだろう。今まで1度も「母さん」と呼ばれた事は無い。だけど私を本当の母のように慕ってくれているのが態度から伝わってきて、今はそれで充分だと思った。


2人で籠いっぱいのトマトを抱え、ご近所のウメさんの家まで歩く。ウメさんは今年で80歳を迎えるという高齢の女性で、旦那のトシさんと共に右も左も分からない私達の面倒を見てくれた恩人だ。


「ウメさーん!」

「まあまあハリーくん、マリーちゃん、いらっしゃい!」

「こんにちはウメさん。今日は家でハリーと育てたトマトを持ってきました」

「暑い中わざわざありがとうねぇ!今麦茶を入れるわ。そうだ、ハリーくんカレー好きでしょう?夏野菜たっぷりカレーを今作ってるんだけど、多く作り過ぎちゃったから貰ってくれないかしら?」

「やった!僕カレー大好き!ウメさんありがとう!」

「ありがとうございます!」


縁側でウメさんから麦茶を頂き、ゴクゴクと一気飲みする。ぷはぁ、暑い夏は麦茶に限るわ。イギリスに居た頃は魔法で空調が整えられた屋敷に住んでて快適だったけど、暑さを感じられる日本の夏も嫌いじゃない。

マグルの生活は不便な事も多いが、彼らは様々な知恵や工夫を凝らして生きている。冷房魔法は無いが、扇風機という羽の付いた家電を使って涼しい風を作り出したり、打ち水をしたり。魔法族もマグルも同じ人間だという事を、私はこの地に住み着いてからひしひしと感じていた。

もう、魔法界に戻りたくないなぁ。

今はファンデーションで隠れている左手の印をそっと指でなぞる。やれ純血が偉いだのマグルは排除すべきだのといった生活にはもう辟易していた。流れ込んできた記憶から考えるに、それはハリーがホグワーツに通う事になってからも変わらない。
カレー!カレー!と無邪気に笑うハリーの姿を見て胸が温かくなる。この笑顔を失いたく無い。その為にはどうすれば良いだろうか?


「はい、お野菜たーっぷり入れといたからね」

「わあ美味しそう!いつもありがとうございます!」

「こちらこそ美味しそうなトマトをたくさんありがとう!気をつけて帰るのよ」

「はーい!ウメさんまたね!」


カレーの入った鍋をウメさんから受け取り、ハリーと並んで我が家に帰る。いつの間にか太陽は山の後ろに隠れようとしていて、オレンジ色の光が辺りを照らしていた。


「ウメさん喜んでくれたね!」

「ハリーが毎日水やりしてくれたお陰ね。今度はきゅうりを持って行きましょ」

「うん!」


午後6時を知らせる夕焼けチャイムが鳴り響く。スピーカーから掠れ声の「七つの子」が聴こえ、ハリーと2人口ずさみながら歩いた。実に平和だ。
…こんな日がずっと続けば良いのにな。
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