ミーンミンミンミンと蝉の合唱を聴きながら、私は畳の上に置かれた扇風機の前に正座していた。


「あー、あー、ワレワレ ハ マホウゾク ダ」

「まほーぞくって何?」

「うわぁぁぁ!!び、ビックリした…!」


いきなり背後から声がしたから何奴!?と振り向けば、そこにはキャンディアイスを舐めながら奇怪な生き物を見る目で私を見下ろすハリーが立っていた。しまった、見られてしまった。


「ねえ、まほーぞくって何?」

「魔法族ってのはね、魔法使いの一族の事だよ」

「マリーも使えるの?」

「使える使える。庭に水を撒けば涼しくなるでしょう?あれも魔法」

「嘘だあ」


扇風機からの風が気持ち良い。あー、あーと声がガラガラ声に変わるのを楽しんでいると、庭から「ハリーくん居るー?」と子供特有の可愛らしい声が聞こえてきた。


「マキちゃんだ!」


ガリガリとアイスキャンディを齧り、慌てて部屋から飛び出したハリーの背中を見ながら、よっこらせと立ち上がる。暑いからマキちゃんに麦茶を入れてあげようかな。

マキちゃんというのは近所に住むハリーと同い年の女の子で、野山を駆け回ったり小川で魚を捕まえたりとアクティブな遊びをハリーに教えてくれた子である。全校生徒20人ほどの小学校で、ハリーと同い年なのはマキちゃんともうひとり、ユウくんという男の子の3人だけ。どちらもイギリス人であるハリーと偏見無く付き合ってくれる優しい子だ。ハリーは良い友人に恵まれたなあと思う。意地悪な従兄弟とその金魚のフンに虐められる事も無いのだ。…日本へ来たのは正解だった。


「こんにちは、マキちゃん。麦茶どうぞ」

「こんにちはマリーさん!ありがとう!」


グラスに並々注がれた麦茶を手渡すと、マキちゃんはニカッと白い歯を見せて笑った。白いワンピースに麦わら帽子。健康的に焼けた肌が彼女が毎日暑い中外で遊んでいる事を物語っている。これがジャパニーズ夏休みの小学生スタイルなのだと彼女は笑って教えてくれた。

マキちゃんから空っぽになったグラスを受け取ると、ドタドタと廊下から足音が聞こえた。


「ごめんね、待った!?」

「そんなに慌てなくても大丈夫だよハリーくん。いつもの小川でユウくんも待ってるから早く行こう!」

「分かった!マリー、行ってくるね!」

「行ってらっしゃい。2人とも、暗くならないうちにちゃんと帰るんだよー!」

「はーい!」


玄関口に置いてあった黄色いバケツを掴み、ハリーはマキちゃんと共に走り出してあっという間に見えなくなった。子供は風の子元気な子なんて言うが、本当に元気だ。私が外で駆け回ったら30分も経たないうちに茹で上がってしまう事だろう。…ああ、野菜が茹で上がる前に水をあげないとな。サンダルを履いて玄関を出た私は、外の蛇口に繋いであった緑色のホースを引っ張り、裏庭の畑へ向かった。


サアアア、とホースから飛び出した水が虹を作りながらシャワーのように野菜に降りかかる姿は見ていて気持ちが良い。例え周辺からミンミン蝉の大合唱が聴こえても、灼熱の太陽がジリジリ肌を焼いていても、水を撒いている時間だけはその事を忘れられた。フンフンと鼻歌を歌いながら水を撒く。アグアメンティを使えば一発で畑全体へ水が撒けただろうが、私は日本に来てから1回も杖を振らなかった。いつどこで魔法省に見つかるか分からない。せめてハリーの名付け親がアズカバンから脱走するまでは、私がハリーの親代わりをしなければならないのだ。


「お、ピーマン。今日の夕飯はピーマンの肉詰めに決まりだ!」


水滴が付いた瑞々しいピーマンをいくつか収穫し、ポイと籠に放り込む。魔法を使わなくても野菜は育つし料理は作れる。純血を尊ぶ魔法族はどうしてマグルを滅ぼそうとしたのだろう。…今はアズカバンに入れられた私の両親も。
頭を振っ余計な考えを吹き飛ばす。やめやめ、辛気臭くなりそうだ。蛇口を捻って水を止め、ピーマンの入った籠を抱えながら玄関へ戻る。ああ、麦茶が飲みたい。
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