ピーヒョロ、ピーヒョロと祭囃子の音が鳴り響く。


山の麓にある少し栄えた隣町で夏祭りが開かれると聞いた私とハリーは、せっかくだから行ってみようと山奥にある私達の小さな町から出ているバス(1時間に1回しか来ない)に揺られ、30分かけて隣町に来た。


「××神社前〜××神社前〜」


停車したバスから降りると、歩道は隣町の人々でごった返していた。ジャパンの伝統的衣装、浴衣を着ている人も何人かいる。空は太陽が沈みかけていて、うっすら月が姿を見せていた。
いつもとは違う雰囲気に圧倒され、珍しく借りてきた猫のように静かになってしまったハリーの手を引きながら、ぼうっと鈍い赤色に光る提灯に彩られた小道を進む。


「わぁぁ!!」


境内前の草地には色とりどりの屋台が並んでいて、あちこちから食べ物が焼ける良い匂いが漂っている。あまりに良い匂いなものだからぐぅぅ、とお腹が鳴ってしまい、クスクスと隣の可愛い我が子に笑われてしまった。


「マリー!!」

「いつも良い子なハリーには好きな物を買ってあげよう」

「やった!!ありがとう!」

「食べられる分だけだからね!」


焼きそば、たこ焼き、わたあめにかき氷。射的、金魚すくい、輪投げ、くじ引き。てっきり片っ端から制覇するとでも言うかと思ったが、ハリーはあちこち覗き見ては「うーん」と唸るだけで、何も買いに行こうとしなかった。


「どうしたのハリー?欲しいもの無かった?」

「うーん、色々あり過ぎて迷っちゃって。マリーは食べたいもの無いの?」

「そうだねえ…」


お、とひとつの露店に目を付け、ハリーの手を引いておじさんの前に立った。
「んっ!?は、ハロー?」と英語を話そうと頑張るおじさんに「大丈夫です、日本語分かります!」と元気に答えるハリー。良い子に育ったなあと感動してニヤつく口元を手で隠しながら、「いちごとレモンをひとつずつ」と注文した。

かき氷を買った私達は、他にもたこ焼き、焼きそば、それにお好み焼きを購入し、隅っこに腰を下ろして食べる事にした。


「いただきまーす」

「いただきます!」


きちんと手を合わせて食べ物に感謝し、焼きそばのパックを開いて中の麺をズズズッと啜る。少し焦げた麺とソースの味がマッチしていて美味しい。鉄板で焼くのは良いな、来年の夏は小さな鉄板を買ってハリーと焼きそばを作ろう、と心の中で決意した。
半分はハリーの為に残してやり、次はたこ焼きを食べようかな、と袋に手を伸ばす。が、中身はソースとしなしなになった鰹節だけだった。
一応分かっていたが、「ハリー、たこ焼きは?」と問うと、「美味しくて全部食べちゃった!」と返ってきた。ぺろっと舌を出し、肩を竦めてごめんねと可愛く謝られて許さない訳がない。私はハリーにゲロ甘なのだ。
無くなってしまったものは仕方がない、とかき氷を食べる事にした。黄色い方のかき氷を手に取り口に含む。途端にキーンと頭が痛み、「うっ」と呻いてしまった。これこそかき氷の醍醐味なんだよなあ、とうんうんひとりで納得し、頭痛と格闘しながら残りをぺろりと平らげた。





ピーヒョロ、ピーヒョロ。どんちゃんどんちゃん。スピーカーから流れる掠れた祭囃子を聴きながら行き交う人々を無言で眺めていると、ハリーが「ねぇ、マリー」と口を開いた。


「なーに?まだ食べ足りない?」

「ううん。たこ焼き美味しかった」

「そっか!良かったね」


わしわしと頭を撫でてやると、ハリーは擽ったそうに目を細めた。可愛い。「違う!そうじゃなくて!!」と私の身体をポカポカ殴ると、「あのね」と口を開いた。


「来年もまた来たいな。今度はマキちゃんとユウくんと一緒に」


ドーーーン、と地面を震わせるほど大きな音を響かせながら空に一輪の花が咲いた。数秒だけ咲いたそれはパラパラと音を立てて散っていく。


「もちろん。来年も再来年も、そのまたずぅっと先も一緒に花火を見よう」


しっかり目を見て微笑んでやると、ガバッと勢いよく抱きつかれた。ぎゅうぎゅうと抱きしめ、安心させるように背中をぽんぽん叩いてやる。
どうしたの?となるべく優しい声で問いかけるが、頭をグリグリと胸に押し付けられるだけだった。困った、一体どうしてしまったんだろう。


「僕を置いていかないでマリー…」


消え入りそうな声で呟かれ、ハッと目を見開く。何が彼を不安にさせてしまったのだろうか。祭りで親子連れを見てしまったから、両親の事を思い出してしまったのか?
トントンと背中を叩いたり、すりすりと擦ってあやす様にしてやる。大丈夫、大丈夫と何度も声に出した。


ハリー、あのね、私は死喰い人って悪い奴らの仲間で、いつまで一緒に入れるか分からないけれど。少なくとも君が、私があの日見た予知夢以上の良い日常が送れるように全力を尽くすつもりだよ。


言葉にはしないけど、まだまだ小さい男の子に私の愛情が伝わるよう思いを込めて、ハリーの頬に口付ける。

ドーーーン。パラパラパラ。花火がまた咲いて散っていった。もうすぐ秋が訪れる。
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