今宵は中秋の名月。綺麗でまん丸なお月様が見える日で、月では満月を祝って月の兎が餅をついて喜んでいるらしい。
イギリスではクレーターの模様は蟹に見えたが、日本だと月には兎が住んでいる事になるとは。さすが日本。自然に対する考えが美しいと思う。


「という訳でお月見をします」

「やったあ!」


昼間のうちにハリーと協力して白玉粉をころころして作った団子を皿に並べる。
地域によって月見団子の形が違うそうだが、私がウメさんに教わったのは白くて丸い形の団子。餡子やみたらしを脇に添えて食べるのが美味しいらしい。
ウメさんに分けて頂いたススキ、庭で採れた野菜とお月様にお供えするように詰んだ団子を縁側に置く。


「準備出来たよー」

「はあい!」


お茶をくんできてくれたハリーからお茶を受け取り、並んで縁側に腰掛ける。


「こういう時ってなんて言うか学校で習った?」

「えぇ〜……分かんない。なんて言うの?」

「私も分からない」

「駄目じゃん!」


2人でケラケラ笑った後、「お月様に乾杯!」と湯呑みを合わせた。正しい挨拶は今度何でも知っていると私の中で評判のウメさんに聞こう。


「月が綺麗ですなあ」

「マリー知ってる?それって『貴方が好きです』って意味らしいよ」

「へえ、そうなんだ!ハリーは物知りだねぇ」

「図書室で借りた本に載ってたんだ」


暖かいそば茶をフーフー冷ましながら月を眺める。
近くの茂みではスズムシとコオロギが合唱しているらしく、静かな音色が響いていた。

暫くぼーっと月を眺めていると、ハリーがうーんと唸り、首をひねったり立ち上がってぴょんぴょん跳ねたりした。


「どうしたの?」

「兎、見えないかなあ、って」


思わずハハハ、と笑い声を上げてしまった。
可愛い。なんだこの可愛い生き物は。私の息子だった。

ポンポンと自分の膝を叩き、ハリーを間に座らせる。

「なーに?マリー」

「ほら、よぉーく見てご覧?あそこに一匹、その下に臼があるのが見えるでしょう?」

「あっ、本当だ!!」


兎!兎がいる!と目をキラキラ輝かせて喜ぶハリーの顔を見て私も自然と頬が緩んだ。





片付けをしてハリーを寝かし付け、普段ハリーに絶対入るなときつく言いつけてある自室に戻る。
部屋の一角、その壁には私がイギリスから持ってきた我が君の写真が壁を埋め尽くすほど貼り付けられていた。
そこに近づくと写真の中の我が君達は一斉にこちらへ顔を向け、顔を赤くして各々わあきゃあと怒鳴り散らし始める。
声が聞こえない為害は無い。激昂し暴れ回り物を破壊する我が君達をただじっと見つめる。
きっと私が死喰い人を裏切り、小さな英雄を息子として育てている事に対して怒っているのだろう。

だけど、私は写真を外さない。

私は自分を戒める為に彼の写真を外さない。


「ああ、愚かな小娘をお許しください我が君」


膝を折り手を組んで懺悔する。
貴方より彼を選んでしまってごめんなさい。


「全てが、全てが終わったらアズカバンに出頭します。せめて彼の名付け親があそこを逃げ出すまでは、私が母親代わりを務める事をお許しください」


一礼して布団に潜る。
楽しいお月見だった。
さあ、明日の朝ご飯は何にしようか。
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