04

夢子と約束を交わしたのはいいものの、やはり現実はそう甘くなかった。
トーナメントは何度も敗退してしまうし、勝ち上がれたとしてもマスターハンドに勝てる確率は低い。鍵もあれから1ヶ月経過したが、1本しか手に入っていないのだ。
その鍵も昨日、1発で開かないかと意を決して鍵穴に差したものの、呆気なく消えてしまった。

何度も深夜のトレーニング室に足を運んだりもしたが、バッタリ会うこともなく時間だけが過ぎていく。

そんなもどかしい中、ベレトが夢子の部屋に辿り着いたとの噂を聞きつけ、優雅にティータイムをしていたベレトに夢子との闘いの感想や彼女のことについて尋ねてみることにした。

「え、夢子のことについて知りたい…?」
「ああ、なんでもいいから教えて欲しいんだ」

勝つための情報もほしいところだが、彼女の救済方法の手がかりも掴みたい。
俺はベレトの正面の席に座るよう促され、アンティーク調の小洒落た椅子に座った。

「そうだな、やはり無敗なだけあって、無駄な動きが一切無かった。…というより、寧ろ無さすぎて怪しく思えるほどだったね…」
「怪しい?」
「皆が噂していた通り、やはり彼女は実戦経験が浅いのは剣を混じえて分かった。だからこそ攻撃の動きに一切迷いがないことが不思議なんだよ」

俺やリンクも感じたあの違和感。
やはり気のせいではないらしい。
ベレトが淹れた紅茶の湯気が静かに揺らめいては消えた。

「あれはもしかして……」
「なんだ、ベレト。何か心当たりがあるのか?」
「実は、この世界に来る前は天刻という少し前の過去に戻れる力が使えたんだ。その時の自身の動きに近いものを感じたから…でも、あれは訓練して習得できるものじゃないから、その可能性は低いかもしれない」

過去に戻れる力…。なるほど、そう言われてみれば、今までの違和感の正体にも説明がつきそうだ。しかし、まだ推測の域でしかないうえ、本人に過去に戻っているのかなんて聞けば、努力して強くなっているというのに侮辱されたような気分になってしまうだろう。
また妙な噂も広がらないよう、このことは他言無用にするようベレトに伝えた。

「ああ、あとは蛇足にはなるけど、茶菓子をご馳走してもらったな」

「!」

俺が飲みに行くと約束していたのに、ベレトに先を越されてしまったようで、少し胸がモヤモヤした。いや、仕方ない。それに、夢子も嬉しがっていただろう。

「俺が初めてお茶を飲んでくれたと喜んでいたな…」
「…そうか」

俺との約束は忘れてしまったのだろうか。
夢子の部屋に辿り着くのが遅かった俺も悪かったが、なんだかやりきれない気持ちになる。

「そうだ、夢子から君へお土産を預かってたんだ」
「なんだ?」

渡しに行くつもりだったけど、その前に君が来てくれたから今渡すよと、机の上に置いてあった紙袋を俺に差し出した。

「夢子は君との茶会の約束を楽しみにしていたみたいだ。それに、会話の中でも君の話題がよく上がっていたよ」
「…土産、渡してくれてありがとう。今度は俺が夢子の茶会に行かせてもらうからな」
「わかったよ、でもトーナメント戦では手加減はしない」

俺との約束が忘れられていなかったことに安堵したのと同時に、夢子とベレトとの間で俺の話題が出てきたことがなんだか少しこそばゆくて落ち着かなかった。
そんな気持ちを誤魔化すように、少しぬるくなった紅茶を飲み干して、ベレトに礼を言うと、俺はベレトの部屋を出た。




部屋に戻り早速紙袋の中を見てみると、そこには香ばしく焼かれたクッキーと手紙が1枚入っていた。
クッキーの油分で紙が汚れないように透明な薄い袋で覆われた手紙を取り出す。
すると、シンプルに1行だけ、少し小さいが、綺麗な字で

「お茶菓子を準備して、いつでも待ってます。」

と、書かれていた。

妹のミストにも時々花かんむりや編み物を貰ったりするが、それとは違う感情がぼんやり込み上げた。

「待ってくれてるなら、行かなきゃな」

俺はひと口クッキーを頬張ると、控えめな甘さが口に広がって、美味かった。

小腹を満たした俺は、トレーニング室へ向かう準備を始めた。