空条承太郎はお見通し


 仗助はその後百々子に対する疑惑を拭えないでいた。しかしながら百々子から敵意や脅威は感じられなかったため、それを誰にも言うことはなかった。百々子の兄である億泰にですら、このことは言わなかったのだ。
 そして何日か過ぎた日のことである。仗助は承太郎と会っていた。この町のスタンド使いでの被害について話をしていたところ、少し休憩することとなり、承太郎が目の前に見えたカフェを提案したので仗助も承諾する。奇しくもそこは百々子が働いているカフェであった。

「ここは確か百々子が働いていたところだったな」
「……承太郎さん、意外とそういうの覚えてるんスね」
「あぁ、まあな」
「それにもう名前も把握してるんスね」
「……そりゃ、億泰の妹だからな」

 この町の重要人物の一人として把握はしている、と答えた承太郎に対し仗助は「ふうん」と続けた。承太郎は明らかに仗助が何か不満に思っていることを分かっていた。小さく「やれやれだぜ」と呟くと仗助は「それはこっちの方ッスよ」とじとりと承太郎を睨む。

「なんだ、俺に何か不満でもあるのか」
「不満ンンン〜?!あるに決まってんだろ!」

 そう言って仗助はふいっと顔を背けてしまう。そして先日の出来事を思い出していた。
 仗助の父親、ジョセフ・ジョースターがこの杜王町にやってきたときのことである。一同は百々子の働くこのカフェにやってきていた。百々子は仗助や億泰、康一などの見知った顔とは別に承太郎とジョセフを初めて見たのである。簡単に説明して承太郎とジョセフと仗助の関係性を理解したところで百々子は目を輝かせてこう言った。

『承太郎さんってかっこいいですね』

 それを聞いたとき仗助は心がガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。そして店を去るまでの間の記憶を完全に失っていたのだ。
 しかし反対に承太郎はその日のことを全て覚えていた。

「お前、そのことだけしか覚えてないのか」
「やめてくださいッス。傷を抉らないでくださいッスよ〜」

 そう言ってテーブルに項垂れる仗助を見て、承太郎はため息を吐き、そして彼の名前を呼ぶ。相変わらずテーブルと仲良しな仗助なので、承太郎はそのまま彼の頭頂部を見ながら会話をすることにした。

「あの時、確かに百々子は俺に色々言っていたが、お前本当に何も聞いていないのか?」
「聞いてませんッスよ〜。そりゃ承太郎さんはカッコよくて、賢くて、冷静で、大人の色気もあるし?百々子が惚れるのも無理ないっつーかァ?」
「だからだな、仗助。あの時百々子が言ったこと本当に覚えてないのか」
「……何の話ッスか」

 俺マジで記憶消してるんで覚えてませんよ、とようやく承太郎をじとりと見上げる仗助。承太郎はそんな様子に少し笑いが込み上げてきてしまう。彼の名誉のために笑わないでいるが、今の仗助は耳と尻尾の下がった大型犬のようだ。

「この前の話の途中で俺が百々子に好きな男のタイプを尋ねたんだ」
「……承太郎さん、ガチで百々子狙う気ですか?まあ別に個人の自由ですけど、流石に良い大人が未成年の、今年高校生になったばかりの少女に手を出すっつーのは」

 仗助が何やらずっと勘違いしている言葉を連ねているので、承太郎はもう一度あの時のことを思い出す。だが、これを仗助に伝えてやるのはまだにしておこうとそっと記憶をしまった。

「勘違いするな。俺は妻もいるし子どももいる」
「え!?そうなんスか?」

 それは意外ッス、とようやくしっかりと頭を元通りに上げた仗助を確認した承太郎は更に続ける。

「お前は俺と同じタイプだと思ったんだがな」
「どういう意味ッスか」

 そこで承太郎は学生時代の頃を思い出す。彼は恵まれた顔立ちと体格のおかげでどの成長過程でも女性たちの視線を独り占めしていた。本人はそんなふうには思ってはいないが、なんとなく女性から声をよくかけられるとは当時から思っていた。しかし仗助と初めて会った時、彼が女子生徒から次々に声をかけられているのを見て、学生時代の自分と少なからず重ねていたのだ。

「俺はそういうことでの悩みなんてなかったからな」

 これは承太郎なりに直訳すると「他人に興味がなかった」である。しかし仗助はそうは受け取らず「結局自慢ッスか」と口のへの字に曲げた。

「まあ承太郎さん、カッコいいッスもんね」

 承太郎はそう言った仗助を見て、彼が何をこんなに不貞腐れているのかようやく理解した。

「お前、百々子のこと好きなんだな」
「なっ!?あ?…ッ!?」

 仗助はたったそれだけでも顔を真っ赤にしていた。なんと耳までも赤く染まっている。承太郎は思わず笑ってしまっていたらしい。仗助が「何笑ってんスか」と口をわなわなと震わせていた。
 彼はこの後頼んだ飲み物を運んでくる百々子に知られないよう冷静さを保つことに必死だったという。

♢♢♢

 これは数日前、承太郎が初めて百々子と対面した例のあの時のワンシーンである。
 承太郎の話していた通り、内容は何故か百々子の好きなタイプのことになっていた。この場には康一と億泰もいる。

『好きなタイプですか?ギャップがある人ですかね?あと自分を変に飾らない気さくな人は一緒にいて安心しますね』
『へえ〜。なんか思ったより具体的なんだね』
『え?そうかな…。あと真面目な人よりはちょっと悪い人の方が好きかも。コワモテなのに優しいとか』
『コワモテで優しい…?』
『悪い人って一件怖そうだったり、近寄り難い雰囲気あるけど、結構自分の感情をストレートに出してる人多いイメージだから』
『僕は怖いって気持ちが先行しちゃって、そんなふうに考えたことなかったかも』
『自分に嘘をつかないから、ちょっと嫌煙されがちな格好も堂々とできるんだろうし、自分に正直な物言いができるのかな、って』

 康一はその際チラリと億泰を見た。確かに兄の億泰は一見近寄りがたいが、自分に素直であるという百々子の言う通りの人間な気がする。
 ちなみに億泰は妹のことにも関わらず全く気にせずケーキを頬張っていた。

『それってまるで億泰くんのことみたいだね』
『え?そうかな…そんなつもりはなかったんだけど』

 億兄はもうちょっと教養を身に付けないとね、と全く話を聞いていなかった億泰のことを見てイタズラっぽく笑う百々子。康一は思う。てっきり兄の億泰のような人が良いのかと思えば、それは否定された。もう一度情報を整理しよう。億泰に似たような雰囲気で一見近寄りがたくだが優しい。そして気さくで自分に直でちゃんと教養もある人間。

 康一はそんな人物を確かに知っていた。しかしそれを百々子に確かめる前に百々子は業務に戻ってしまう。

『あの、承太郎さん』
『なんだ、康一くん』

 億泰は相変わらずケーキに夢中だった。

『百々子さんが言っていたのって、その…僕の勘違いかもしれないんですけど』

 口籠る康一だったが、もうこの人しかない、という確信は持っていた。

『まるで仗助のことを言っているみたいだったな』

 思わず康一は承太郎を見上げる。承太郎はいつもよりも少しだけ表情が柔らかくなっていた。そんな承太郎を見て康一は「そんな顔もできるんだ」と全く違うことを考えてしまう。
 康一は仗助を見る。しかし仗助は何故か魂が抜けたようになっていた。おそらく百々子が承太郎を褒めていたからそれが衝撃だったのだろう。なんでこのタイミングでこんな大事なことを聞き逃すのか、と康一は悔しい気持ちになる。だが、この二人に至ってはおそらく時間の問題だろう。だから自身が下手にあれこれ発言するのは無粋だと考え、コーラを飲んで気分を落ち着かせたのであった。

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