東方仗助は理性が働く男である


 それはある日の下校中のことであった。仗助と康一がともに街中を歩いている時である。康一は自身らのすぐ隣を通過した学生同士のカップルを見てつい思っていたことを口に出してしまっていた。

「僕てっきりもう二人は付き合ってるものかと」
「だったら良いんだけどよォ〜」

 案外仗助の反応はいつも通りだった。康一の方もつい口走ってしまった言葉だったので、てっきり仗助が少しばかり顔を赤らめたり、焦ったりするような態度をするものかと思い身構えていたが、彼にとってそこはそんなに重要なことではないらしい。むしろもう当たり前のこととして認識されているようだ。
 仗助は同じく康一が見かけたカップルをその青い瞳に写した。そしていいなあ、と言わんばかりのため息を漏らして天を仰ぐ。

「正直、百々子は全ッ然俺のこと意識してねーもんなァ」
「…うーん」

 康一はここで思わず言葉を濁してしまう。それはつい先日、百々子の好きなタイプの話を聞いてしまっていたからだ。だがこれは自分の口から彼に伝えるべきではない、と考えた康一は話を如何に逸らそうかと街中をきょろきょろと見渡した。そして自分たちの反対側の歩道を歩くある人物を見かけたのだ。

「え!?あれって…?」

 康一が驚いて声を上げたので、仗助も流れるように康一が注目している反対側の歩道を見た。そして仗助もその光景を目の当たりにした。

「おい、オイオイオイ、おい!康一、ありゃなんだ…!?俺の目が腐っちまってんのか?」
「い、いや…仗助くん、これは何かの間違いだよ…そんな…だって、百々子さんが…ッ」

 仗助と康一の目に飛び込んできたのは、百々子だった。しかしただ百々子が歩いているわけではない。百々子は隣に人を連れていた。
 それも男だった。そしてそれはよりにもよって、

「間田ァ!?」
「どうして百々子さんが、間田さんと?!」

 間田敏和と一緒に歩いていたのだ。二人の頭の中は何故という言葉で埋め尽くされた。百々子と間田の共通点など皆無だからだ。二人はしばらく唖然と百々子たちの様子を見ていた。
 百々子はいつもと変わりない様子でにこにこして間田に話しかけている。そしてそんな百々子を鼻の下を伸ばしながら見上げる間田に、仗助は混乱よりも沸々と怒りが湧いて出てきた。康一が気付いた頃には仗助はさっさと反対側に渡ってしまっていたので、康一も慌てて仗助の後を追いかける。
 仗助は間田と百々子の前に立ちはだかり、間田を存分に見下ろしながら「チーッス」と含みを持たせた挨拶をする。ようやく康一が息を切らしながらやってくると間田は「げっ」と小さな悲鳴を出す。百々子の方は相変わらずにっこりと笑い「仗助くんに、康一くん」と声をかけた。思わず仗助は表情を和らげるが、すぐに間田を睨みこの状況の説明を目で訴えた。

「何勘違いしてるのか知らないけど、これ僕のスタンドなんだけど…」
「…ンだよ、そういうことかよ…」
「でも何で百々子さんを…?」

 どうやら間田が連れていたのは彼のスタンド能力・サーフィスによる偽の百々子であったようだ。しかし学年も違えば、おそらく話したこともないであろう百々子のことを何故間田が標的にしていたのかが問題なのだ。

「彼女の方は僕のことなんて知らないだろうけど、学校で何度か見かけたとき、笑ってくれたんだよ。僕、女子にあんな眼差し向けられたことなかったから、柄にもなく嬉しかったのさ」
「だもしてもだ、これはアウトだろ」
「本人にバレてないんだし良いだろ?」
「ダメだろ!絶対ダメだろ!」

 間田の動機はまだ理解してやれなくもないが、その結果の行動がどうしても許せない仗助は今すぐこのスタンドを解除するよう訴える。康一からもこれは流石に一線を超えてる、と言われ名残惜しそうに百々子を見上げる間田に、偽の百々子は「どうしたんですか?」と微笑みかけたのだ。間田はやはり彼女を戻すことなどできなかった。

「彼女だけなんだよ。僕のことちゃんと一人の人間として見てくれるのは!」
「いや僕だって一応間田さんのこと人間として見てますって!尊敬とかはしてませんけど」
「こ、康一くん…一応って…」
「そんなんどうでもいい。さっさと解除しろ」

 間田の気持ちは確かに理解したがそれを受け入れられるほど仗助の心は穏やかではなかった。自分が想いを寄せている女の子が、スタンド使いによって良いようにされているのは正直気分が悪い。
 しかし何も理解していない偽の百々子は「どうしたの仗助くん」と自身の顔を覗き込んでくるので、つい仗助も強く言えなくなってしまった。そしてそんな仗助の姿を見て、間田はあることを思いついてしまった。

「君さ、もしかして百々子ちゃんのこと好きなの?」
「ッ…あ"ァ!?」
「やっぱりそうだ!顔真っ赤じゃないか。分かりやすいなぁ」

 間田は自分と同じ気持ちの仗助に対し何故か仲間意識が出てきたらしく、仗助にある提案をした。

「よかったら少し君に貸してあげるよ。僕がスタンドを解かない限り、この百々子ちゃんにはなんでもし放題だ、なぁ〜んでも」
「なんでも…し放題…?」
「仗助くん!間田さんのペースに呑まれちゃあダメだ!」

 ゲスなことを言い出した間田の誘惑に揺れてしまう仗助は、何を想像したのか喉をゴクリと鳴らしてしまう。間田の言う通り彼がスタンドを解かなければ、この本物と全く同じ百々子に何したっていいのだ。そして意識は本物の百々子とは別物なので、本物の百々子に知られたり嫌われたりするようなこともない。ただ自分に得しかないこのご都合展開を仗助は頭の中で理解した。正直に言うと百々子に顔を近づけ彼女が恥じらう顔を想像したが、仗助の妄想はそこで強制終了される。

「テメー!こんなの良いわけねえだろうが!男として恥ずかしくねェのか?プライドってモンはねェのかよ!」

 どうやら仗助には理性が働いていたらしい。桃色の妄想をかき消して、こんな自分善がりなことをする間田の胸ぐらを掴む。間田は突然の暴力に作戦が失敗した、と慌てふためいていた。そしてそんな三人のもとに更なる人物がやってくる。

「よォ、お前ら何やってんだ?」

 その声に背筋がヒヤリとしたのは仗助と康一であった。間田のことをさっさと離し、その声の主の方を向くと、若干プッツン気味の億泰が立っている。

「お、おお、おおおおく、やすくん…こ、ここれは…」
「落ち着け、億泰。この百々子は間田の…」
「俺はさっきからテメーらのこと見てたんだよ。仗助と康一はともかくとして、間田ァ?お前、百々子とどういう関係だァ?」

 億泰曰く彼もまた仗助と合流する前の間田を見ていたらしい。間田と百々子が仲良く歩き、あろうことか間田はあからさまに百々子の手を触ろうとしていたのだ。仗助たちが合流したあとは移動で少し会話を聞きそびれたが、どうも「なんでもし放題」という間田のワードはしっかりと聞いていたらしい。

「しっかり説明しろよなァ、先輩?」

 億泰は路地裏に間田を連れ込んだ。物の数秒で悲鳴をあげていた間田の声は聞こえなくなり、偽の百々子は木製のポーズ人形に戻ってしまった。

「正直、百々子とどうこうの前に、アレが一番の難関だよな」

 路地裏からまだ納得がいかないという表情で戻ってくる億泰を見て、仗助がそう言った。康一は同情の笑いを浮かべ相槌を打った。



 その康一の姿を物陰に隠れながら捉えている女子生徒がいた。

「康一くん、今日もカッコイイ」

 彼女の言葉も想いも康一には今のところ届かない。それでも今日も山岸由花子は陰ながら康一を見つめていた。そしてそんな彼女の後ろ姿を見つけて声をかける少女がまた一人。

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