岸辺露伴の逆襲 その1


 岸辺露伴は漫画家である。連載を続けていくためにはあらゆるキャラクターを創り出していかねばならない。そして今まさに新しいキャラクターを考案している最中である。

「うん。やはりイメージはあのカフェのウェイトレスだ」

 キャラクターの設定を考えていくにあたり、一番重要となる見た目。表情や雰囲気、体格などを細かに考えていくと、どうしてもこの新しいキャラクターのイメージがたった一度しか見たことのない百々子にピッタリだと思ったのだ。露伴と百々子は露伴が一方的に百々子のことを知っているだけで、百々子の方はあの時玉美のこともあり露伴が来ていたことに気付いていないだろう。だが、とりあえずは百々子のもとへ向かうことにした。

「えっ?今なんて…?」
「だから君をデッサンさせて欲しいんだ」
「わ、私をですか?」
「今君と僕とでしか会話をしていないだろう?」
「そうなんですが、その…事の経緯が全く掴めません」

 早速例のカフェに向かった露伴はタイミング良く百々子が最初に話した店員だったために百々子が席に案内する前に「君に頼みがあって来た」と伝えた。百々子はそもそも露伴のことを認識していなかったため、混乱しつつも出入り口では他の客に迷惑もかかると思い、ひとまず席に案内した。
 露伴は簡単に自己紹介をすると百々子は怪訝そうな表情を一変させ「この街に住んでいる漫画家さんってあなたのことだったんですか」と破顔したのである。その表情を見た露伴は「そう!その表情だ!」と顔を近づけた。百々子の方は急に男性が顔を近付けてきたもので、思わず頬を染めてしまう。

「ああ、そういう表情もとても参考になるな。ぜひ、お願いしたいんだが」
「わ、分かりました。だから、少し離れてください」

 百々子からの承諾が降りたところで露伴はスッと椅子の座り直す。そしてデッサンの予定を今日のバイトが終わった辺りにでもと提案すると、百々子は驚いた声を出した。

「今日ですか?」
「今日は日曜か。ボーイフレンドとの予定でもあるなら、また来週にでも」
「いえ、そういうのではなく!何というか、デッサンしてもらうのに適当な洋服しか着てきてなかったもので」
「そういうことなら気にしなくていい。表情や体のラインをスケッチさせてもらいたいだけなんだ」

 すると百々子は不安そうな顔色から再びパッと明るい顔をつくり「そういうことでしたら」と嬉しそうに笑った。彼女自身、自分をデッサンしてもらえる機会などそうあるわけではないので、少し舞い上がっているようにも見える。
 露伴はそのまま百々子の勤務が終了するのを待つことにした。その間、勤務中の百々子を観察する。先日ここを訪れた際に聞いた百々子の印象は、高校一年生の割にしっかり者だというものだった。今日それを踏まえて改めて見ると、確かにしっかり者だがそれ以上に百々子自身もよく周囲を観察していた。だから客が注文をしようとスタッフを呼ぼうとするタイミングで先に百々子の方から伺うし、お冷のグラスに空きがないかをこまめにチェックしていた。そういう小さな気配りがこの店全体の雰囲気になっているのだ。それに初めて会った人間でも心を許せてしまうような不思議な愛嬌と、人懐っこさも兼ね備えている。これは店側は絶対に百々子を手放したくはないだろう。

「本当に、いい笑顔だ」

 働いている百々子も描いておこうと一枚の画用紙に鉛筆を滑らせた。そして完成した画面いっぱいに笑う百々子を見て、自分で描いたものではあるが思わずそう溢してしまった。

 小一時間程度待つ頃にはいつの間にか私服姿になった百々子が、露伴のもとにやってくる。白いTシャツに淡い色のギャザースカートを纏った百々子は「すみません、お待たせしました」と露伴のもとにやってくる。この時確かに露伴は客の何人かからの鋭い視線を喰らった。おそらく彼女目当ての常連か何かだろう。長居しない方がいいと判断した露伴はすぐにカフェを後にした。
 カフェのすぐ近くに停めてあった自分の車に百々子を乗せ、自宅までの道のり走らせる。

「そういえば、まだ君の名前をフルネームで聞いていなかったな」
「失礼しました!私、虹村百々子って言います」
「……虹村?」

 ちょうど赤信号だったので車が止まる。その瞬間に露伴は助手席の百々子のことをじっくりと見た。

「虹村っていうと、僕の知ってる人間に一人いるんだが…いや、まさかとは思っていたが」
「もしかして億兄のこと知ってるんですか?」
「お、億…兄…」

 以前捨てた推測が当たっていただなんて誰が思う。全然似ていない。聞くと百々子は億泰の双子の妹だと言う。

「なんてことだ…」

 何故かショックを受けた感覚の露伴。その車は着実に彼の家に向かっていた。

♢♢♢

 そして露伴の家付近にたまたま居合わせていた男子高校生が二人。

「オイ、あの車露伴のじゃあねェか?」
「あ?ほんとだ。いいよなァ、ハタチで家も持ってて、車もあんだぜ」
「マジで勝ちぐ…!?あァ!?」
「どうした億泰、変な声出して」
「仗助、露伴の車見ろ。今家に着いて、多分もうすぐ降りてくるからよォ」

 露伴の家付近に居合わせた男子高校生の仗助は億泰の言われた通り露伴の車を見る。億泰は既にその意味を知っていたが、信じられなかったのだ。だからもう一度この目で、さっきのは見間違いだという確証を得たかったのだ。
 二人の目に映ったのは信じ難い光景だった。運転席から降りてきた露伴は、助手席に回りドアを開ける。するとそこから少し照れ臭そうに笑うよく知る顔の少女が降りて来たのだ。

「百々子…!?」
「クッソ、やっぱ見間違いじゃあねェのかよォ!チクショー!」

 二人が混乱している間に百々子は何を疑うこともなく当たり前のように露伴の後ろについていき、躊躇することなく家に入って行った。
 仗助と億泰は顔を見合わせる。そして無言のまま互いの意思を汲み取り、無言のまま露伴の家に向かった。どうにかして二人の会話を盗み聞いてやろうと必死の形相なのであった。

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