岸辺露伴の逆襲 その3 結局本人もあまり乗り気ではなく、仗助と億泰の反対もあり、衣装を着ることは無くなった。だがせっかくだから百々子のスケッチだけさせて欲しいということで、かれこれ1時間ほどが経つ。
スケッチの間、仗助と億泰は露伴を見張る名目でその場に居座った。おかげで百々子は兄とクラスメイトからの視線に恥じらいを覚えつつ、それでも露伴からは「動かない」「表情変えないでくれ」「首の角度が少し変わったようだが」などとスパルタ指導を強いられていた。
「ありがとう。おかげで良い絵が描けたよ」
満足そうな表情の露伴を見てようやく緊張で強張ってしまった体の力を抜く百々子。珍しくだらけた体勢の百々子を見て億泰は「お疲れ」と声をかけていた。
仗助は露伴越しに彼が描いたイラストを凝視する。そこには繊細なラインの百々子が美しく笑っているイラストが描かれており、目を奪われてしまっていたのだ。
「きれいだな」
確かに仗助はそう言った。億泰はドキリと心臓が騒めくのが分かる。そして露伴は背後からかかったその声に、振り返る。正直仗助が自分の絵を褒めたことに驚いた彼だがすぐに「だろう?」と自慢げに言った。
「被写体が良いからな」
露伴がそう言うと仗助は黙った。黙って今度は百々子を見ていた。億泰もそんな仗助の視線の先が、百々子であることを察してしまった。
百々子がトイレに行くというので露伴が案内するために一旦席を外した。すると仗助はいつもの調子で「俺絵描くのにあんなに集中できねぇよ」と大きな欠伸をする。億泰はなんとなく自分のこの引っかかることを言葉にすることが難しく思えた。なんと言うべきなのか、いや言っても良いものなのだろうか、と。
そうこうしているうちに露伴が戻ってくる。露伴は仗助たちを一瞥して画材の片付けをし始めた。かと思いきやぐるんと体を180度回転させて仗助たちと向き合う形をとる。
「とはいえ不法侵入したことを許した覚えはない」
「急だな」
「いきなしこっち向くなよ、先生。一瞬心臓止まったぜ」
露伴はどうしても不法侵入が許せなかったらしく口元に手を当ててどうしてやろうかと考えていた。仗助と億泰が「なんか面倒なことになるぞ」「だな」なんて会話していると、露伴は閃いたと言わんばかりに口元を緩める。そして仗助に向かってツカツカと歩み寄り、ある言葉を口にする。
「ヘヴンズ・ドアー!」
「うおっ何すんだよ、テメー!」
「仗助が使われるの、何気に初めてじゃねェ?」
露伴は仗助に対して自身のスタンド、ヘヴンズ・ドアーを使用した。顔面がどういう理屈か分からないが一枚一枚の辞書のようにペラペラの紙になっている。そこに敷き詰められた仗助の仗助に露伴は目を通していった。
「露伴先生よォ、何企んでんだよ」
「せっかくだから君にイタズラでも書き込もうと思ってね」
「そもそも忍び込もうって言い出したのは億泰なんスけど?」
「じゃあ億泰には後でするさ」
どれどれ、とページをめくる露伴は少し仗助を覗くことを楽しんでいるようにも思える。そんな露伴に仗助は若干諦めモードに入っていた。
しかし、仗助は思い出した。
「おい、待て露伴!最近のことは絶対見んじゃ…」
「へえ!君、百々子くんのことが好きなのか」
露伴の言葉に仗助は言葉を失い固まってしまう。コイツ今なんて言った?それを最後に仗助の頭は思考が停止してしまう。それはとても長い時間のようで実は数秒程度であった。相反して露伴は仗助が何故百々子を好きになったのかをさらに読み進めようとしていたため、仗助は露伴の手首を強く握る。そのあまりの強さに露伴が「おい」と声を上げる。仗助はヘヴンズ・ドアーが発現したまま、部屋を飛び出してしまった。
「何なんだ、あいつ」
仗助は慌てて部屋を飛び出し、そのまま露伴の家からも出て行ってしまった。一番知られたくなかった露伴に知られたことはもちろん、何より億泰にこんな形で知られてしまうのは、仗助の想定を遥かに超えていた。いつかは億泰にも打ち明けなければと思ってはいたが、それは誰か他人によってからではなく、きちんと自分の口から伝えなければと、仗助なりのケジメとして考えていたのだ。
「露伴の野郎!マジで許さねえ!」
走りながら仗助は言葉にならない声をあげた。
「億泰にどの面下げりゃ良いんだよぉぉお」
「なあ仗助!」
突然しかしに入ってきた光景に驚いた仗助は立ち止まりかなり野太い声をあげる。しかし張本人はいつもと変わらない様子で、仗助の前に立っていた。
「お、億泰…」
「いきなり飛び出すからびっくりしたぜ」
いつの間にか飛び出た仗助に追いついていた億泰は、ぎこちない表情を浮かべる仗助にいつものように話しかける。
「お前、やっぱ百々子のこと好きだったんだな」
「…やっぱって、気付いてたのかよ」
仗助は驚くべき事実に口をぽかんと開けてしまう。「さっき気付いたんだよ」と続ける億泰は真剣は表情だった。
「先生が変な衣装を着せようとした時お前俺よりも先に反対したよなァ」
「ありゃ、なんっつーか百々子が露伴の良いようにされるのは嫌でよォ」
「それが、俺は嬉しかったんだぜ」
思いもしなかった億泰の言葉に仗助は何となく億泰に向けられず宙を彷徨っていた視線が定まる。
「今まで俺たちの保護者は兄貴だったよなァ。でも兄貴が死んで俺が百々子のこと護らねえとって思って気ばっか張ってたからよォ」
億泰はほんの少しだけ瞳を潤ませる。仗助は百々子が形兆が亡くなってから苦労していることを最近知った。だが苦労しているのは当然百々子だけではなかったのだと、改めて痛感した。
「兄貴みてえに頼もしかったんだよなァ」
目元をきらりと輝かせる億泰に仗助は思わずつられて泣きそうになってしまった。黙っていたことや百々子を好きになることを億泰には認めてもらえないんじゃないかと思っていたことはもちろんだが、形兆の最期を知る一人として億泰の辛さや苦しさを充分に理解してあげられていなかったことへの悔しさもあった。
「だからよ、百々子のこと頼むぜ仗助」
「頼むぜってお前、百々子とは別に付き合ってたりとかじゃねえんだよ。俺が一方的に好きっつうか」
「あ?そうなの?」
「そうだぜ。マジで眼中になんか入ってねえのよ。つか流石に付き合ったてたらお前にちゃんと報告するっての」
へえ仗助のこの見た目があってもねえ、といつもの調子に戻る億泰に仗助はもっと早くに億泰にも話しておくべきだったと後悔した。
「けどまあお前そんだけかっこいいんだからよ。ゴリ押しすればいけんじゃねえか?」
「お前相手は自分の妹ってこと分かっていってるよな?」
他人事のように話す億泰に若干心配になりながらも、「だって相手が仗助なんだぜ」とニカッと笑う億泰は更に続ける。
「兄貴が生きてたら兄貴もお前のことは認めると思うんだよ」
「そ、そうかよ…」
少し照れ臭くなった仗助は億泰から視線を逸らす。
「仗助、自信持てよ」
「おう」
「俺、今日は先に帰ってっから、百々子のこと送ってやってくれよ」
「は!?いや、そこは別に三人で…」
億泰らしからぬ提案に仗助は驚いてしまう。流石に急に二人きりなんて嬉しいのはもちろんだが、今は少し恥ずかしいのが本音だった。億泰はいつもの調子で帰ろうとするが、ぴたりと立ち止まり無言で仗助に近づく。そして億泰はかなりドスの効いた声でこう言った。
「けど百々子泣かしたら、お前のキンタマをザ・ハンドで抉り取るからな」
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