山岸由花子と恋バナをする・2


 あの日曜日から三日ほど経った日の夕方。以前と同じくカフェで落ち合った由花子と百々子。由花子はケーキセットを注文したが、百々子はドリンクだけでいいとのことだった。

「どうかしたの?急に話があるだなんて」

 由花子はそう百々子に尋ねる。そしていつもの百々子ならケーキセットも頼むだろうに、何故か飲み物だけで済ませようとする百々子がいつもと違うことは分かっていた。
 由花子の問いに「うん…」と歯切れの悪い返事をしたまま、中々話し始めない百々子。どうやら何か言いにくいことでもあるようだ。由花子はこの前の休み明けの月曜日、同じクラスの億泰が「百々子の様子がおかしい」とクラスメイトに言っていたことを思い出す。そんな百々子だったが、ずっと俯いては指遊びをさせていた視線を、ようやく由花子に向ける。その顔は伝える覚悟ができた、と言わんばかりだった。

「その、…私の、友達の話なんだけど」
「…お友達?」

 深刻そうな顔をしているので、何か女子同士のトラブルだとかそう言ったことかもしれない。現に百々子は一度仗助関連のことで女子と揉めたことがあると聞いている。

「その友達にね、お兄ちゃんがいて」
「ええ」
「で、そのお兄ちゃんに、お友達がいてね」
「…ええ」

 これは少し複雑そうな話なのだろうか。初めから登場人物の多さに由花子は都度頭の中で整理していく。

「で、私の友達と、その子の…お兄ちゃんの友達は同じクラスなの」
「……ええ」

 どことなく百々子も探りながら話しているような感じに、そろそろ由花子が違和感を覚え始める。だが「それでね」と一生懸命な百々子に対し、これについて触れるのは失礼だろう、と由花子は目を瞑った。

「その友達は、お兄ちゃんのお友達のこと、本当にただの兄の友達っていうか、クラスメイトというか、そんな感じで思ってて」
「それで?」
「まあでもカッコイイし、女の子から人気はあるよなぁ、程度には思ってたんだけど」
「その、お兄さんのお友達は男の人なのね?」
「え、ああ、そう男の子なの」
「…なるほどね」

 これはどう考えても百々子自身の話で間違いなさそうだ、と由花子は確信した。そしてこの兄の友達というのが東方仗助のことなのだろうということも理解した。今度はそれらを踏まえて百々子の話を聞いていく。

「その男の子、本当にかっこいいの!でも外見だけじゃなくて、中身もしっかりしてるっていうか。コワモテなのにすっごくやさしいの!」
「………。」

 この前話した時、百々子は由花子に自分の好きなタイプを伝えていた。その時確かにをコワモテだけどやさしい人というギャップがある人、だと言っていたのだ。

「それで、本題はこれからでね」
「うん?」
「その男の子からある日突然『少しは男として見てほしい』って言われたの」
「へえ?」

 由花子は勝手に百々子と仗助とのことだと解釈しているので、仗助の行動に少しは感心してしまった。その思いはそのまま声に出てしまったのだ。

「で、その後から、もうその人のことしか考えられなくなっちゃって…」

 もはや百々子の友達の話という設定は百々子自身も忘れているのではないだろうか。完全に自分のこととして話している百々子に、由花子は述べる。

「それはあなたが東方仗助のことを、友達以上の存在だと思い始めているからじゃない?」
「……!? え、なんで、仗助くんって…?」
「だってあなた途中から自分のことのように話すんだもの」

 指摘された百々子は恥ずかしいと顔を赤くしていた。しかし大事なのはそこではないのだ。

「百々子さん、あなたは今きっと恋をしているのよ」
「こ、恋!?そんなの生まれてこの方したことがないよ。ドラマとか漫画ではよく見るけどさぁ」
「だってあなた、東方仗助のことが好きでしょう?」
「わ、私が…仗助くんのこと…?」

 好き、と口にするや否やポッポッと赤くなる顔に由花子は本当にこういう経験の無い子なのだ、と改めて知る。

「だってもしなんとも思ってない人から、そんなこと言われたら『へえそうなんだ』くらいにしか思わないじゃない?」
「そうなのかなあ…。由花子ちゃんもそう思う?」
「私だったら吐き気を催すと思うわ」

 康一くん以外からの好意なんて邪魔だもの、と少し威圧的な言葉が返ってきたので百々子は少したじろいてしまう。

「仗助くんからああ言ってもらえて嫌な気分にはならなかったなあ…。むしろ…」
「むしろ?」

 その時百々子は実際に仗助にそう言われた時のことを思い出してしまった。そのせいで顔がいちごのように真っ赤に熟れてしまったいたのだ。

「すっごく、うれしかった」

prev booktop next
index