向日葵が満開に咲く頃 その2 康一は足早に校内を走る。既に授業が始まっているため、自身の走る音とそれに伴う呼吸音が嫌に耳に響いた。自身のクラス1年B組の扉を開ける。授業中であったために教室中からの視線を浴びた康一は、担当の教師に「広瀬、お前遅刻にも程があるぞ。さっさと席につけ」と言われているのを他所に目当ての人物を探す。教室は康一、仗助の席が空席であることは分かっていた。だが、もう一つの空席を見つけてしまった康一は、落胆すると共に込み上げる激情のままにクラスメイトに空席の人物のことを尋ねる。
「百々子ちゃん今日休みみたいよ?先生がお兄さんから連絡あったって」
「お兄さん…?」
「億泰のことじゃねぇか?」
何も知らないクラスメイトたちはそう言ってくれたが、康一は納得できない。億泰はつい先程まで自分たちと共にいた。その億泰がそんな連絡を学校に入れるはずはない。何しろ億泰ですら、百々子を探している真っ只中なのだ。やはり既に何者かに攫われているのかもしれない。吉良吉影が仲間を作っていたとは考えにくい。だが彼の父親が矢でスタンド使いを増やしていたのだから、まだ彼らが遭遇していない吉良サイドのスタンド使いが残っているのかもしれない。
康一は露伴とそう推測を立て、承太郎たちとの合流を図る。その際、たまたま通ったコンビニ、オーソンの前で杉本鈴美が深刻な表情で立っているのを見つけた。彼らは鈴美にもこの事実を伝え、何か知らないか尋ねようとするも、彼女は矢継ぎ早に露伴たちにこう言った。
「億泰くんの妹、百々子ちゃんだっけ?あの子ももう無事なのよね?」
「どういう意味だ」
鈴美は今朝学校とは反対方向に向かう百々子を見かけたという。一人ではなくもう一人男を連れていたが、鈴美は見たことのない人物だった、と告げた。
「とても親しそうだったわ。でもアタシにはなんだか嫌な予感がしてならなかったの。でも百々子ちゃん、他のことなんて眼中にないってくらい、その男の人に夢中だったのよ」
「男…?」
「百々子くんがそこまでのめり込む人物、且つ君が知らないということは、この前の集まりには来ていないということだよな」
露伴が情報の整理をしたことにより、康一の頭にはある人物の可能性が浮上した。しかし、その人物は既に亡くなっている。この世にいるはずの人間ではない。鈴美と同じような存在か若しくはそういうスタンド使いかのどちらかとなる。それを一人で判断するには難しかったため、康一は鈴美に男の外見を尋ねた。
「金髪で長い髪を編み込んでいたわ。学生服で体格はかなり良かったわね。特徴的な耳飾りもつけていたのよ」
鈴美はジェスチャーで矢印を空に描いた。康一はこの全てに該当する人物を知っている。
「百々子さんと一緒にいたのは、彼女と億泰くんの死んだお兄さん―――虹村形兆だ」
♢♢♢
一方その頃、自宅にも百々子がいないということに絶望を味わっていた億泰たち。だが玄関を出たすぐのところで、億泰は見覚えのあるものを見つけ無言で拾いに向かう。仗助が傷の痛みに耐えながら、億泰にそれを尋ねると億泰は拾い上げたものを握りしめ「百々子のハンカチだ」と静かに言った。仗助はそれを見てピンと思いつく。昨日康一が宮本輝之輔に攫われた時、彼の私物から居場所を突き止めてくれた恩人がいたことを思い出したのだ。仗助はそのことを承太郎に告げ、すぐに彼に来てもらうよう頼んだ。
その間に康一と露伴が合流する。康一たちは百々子が形兆(と思しき人物)と一緒にいたことを仗助たちに伝える。すると既に苛立ちがマックスだった億泰は、近くの自動販売機を思い切り蹴った。ひどく鈍い音がして、販売機がチカチカと点滅する。
「クソッたれ、良い度胸してんじゃあねェか」
「億泰…」
億泰の怒りの声のあとには、仗助の悲痛な声が残った。
♢♢♢
目を覚ますとそこは全く見たことのない天井だった。ここはどこで、自分が何をしていたのか分からず、手足を動かそうとするも、身動きが取れないよう、手首は柱に結びつけられ足首も縛られていることに気づく。そしてじわじわと甦るように身体中に痛みが湧いてくると、百々子は自分が気を失っていたのだと気付く。
「目が覚めたか?」
その声は間違いなく形兆だった。
だが百々子は彼をひどく睨みつけた。この身体中の痛みが、目の前の形兆によってつけられたものだったからだ。
「結構暴れるから手こずっちまったじゃあねえか。さて、吉良に渡す前に俺がまず味見でもさせてもらおうか」
百々子が大好きなはずの兄・形兆が舌なめずりをしながら彼女を見下ろしていた。これが本物の形兆でないことくらい、もう百々子も分かっていた。
いや最初から気付いていたのかもしれない。だが億泰との今の関係性や仗助たちが何かを隠していること、そういった不満が募り現実逃避をしてしまったのだ。分かっていながら、怪しいと思うこの形兆の姿をした男についてきた百々子自身の自業自得だった。
だが百々子に今あるのは恐怖ではなく、大好きだった兄を侮辱するように下品な笑みを浮かべるこの男への静かな怒りだった。
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