美しくも悍ましい兄妹愛※暴力表現(性的なものを含む)が出てきます。苦手な方はご注意ください。
形兆の皮を被った何者かに散々殴られ蹴られ。百々子の意識は朦朧としてきていた。大好きだった兄がこんなことをするわけがない。そう分かっているのに、形兆の顔で、形兆の声で、形兆の拳が自分に向かってくるこの絶望の切り抜け方を百々子は知らなかった。百々子が完全に抵抗することができなくなるまで暴行を繰り返すと、男はニタリと笑う。
「死んでもらったら困るからなァ」
吉良には生きたまま渡すことになってるんだ、男はそう言って百々子を仰向けにさせる。朧げな視界の中心にひどく下品な顔した形兆がいた。百々子はこの男が今から自分に何をしようとしているのか、その表情で分かった。百々子が着ていた制服を真ん中から邪魔だと言わんばかりにナイフで切り裂く。あっという間に曝け出された自身の胸元に外気が伝わった。思わず溢れた涙はこの行為自体に対するものじゃない。
「形兄は、こんなこと、しない」
途切れ途切れにそう言う百々子に形兆の皮を被った男は汚い笑い声を上げる。
「知らねえよ」
男は欲のままに百々子の体に手を這わせる。気持ち悪さと怒りとで鳥肌を立たせる百々子は、そろそろ意識の限界を感じていた。
♢♢♢
噴上の協力もあり百々子がいると思われる別荘地の空き家にやってきた仗助一向は車から降りて「ここだ。この空き家からにおいがしてるぜ」と言う噴上の言葉を信じ、空き家の捜索を開始する。
「いっ…てッ…」
「仗助くん!」
車から降りる際に汗をより滲ませた仗助に対し、康一が駆け寄る。仗助はへらりと笑いながら「わりーな、大丈夫だからよ」と言うが明らかに顔色は悪いし声に覇気はなかった。康一はやはり仗助はこれ以上は危険だと思う一方、もし今攫われているのが由花子だったら、と思うとその先を仗助に言うことはできなかった。
「おい仗助」
「あ?」
そんな仗助を見かねて声をかけたのは露伴だった。いつもに増して凄みのある声と表情に康一は怯んでしまうが、露伴には全くきいていない。
「お前はここで待っていろ」
「露伴先生…」
「………ッ」
「どう考えても足手纏いになるのは目に見えてるだろう?」
「露伴先生、そんな言い方しなくても…」
「僕は本当のことを言っているだけだ」
君の気持ちも分かるが、と続ける露伴に対し、仗助は支えてくれていた康一のもとから離れて、露伴の方に歩む。ほんの数歩だけなのに血が地面に滴る。仗助はフラつく体で露伴の胸ぐらを掴んだ。露伴の洋服が血に塗れてしまう。
「今何もしねえで、ただ待ってるだけだったら絶っ対ェ後悔する」
「それはお前自身の気持ちの問題だろ。僕はこの状況を客観的に見て―――」
露伴はそこで言葉を失ってしまう。露伴の目は仗助を捉えていた。彼のその表情を目に焼き付けていたのだ。
「頼むよ、露伴」
せっかくの端正な顔は血に塗れている。それでも尚整っていると思わざるを得ない顔のつくりには感服するしかなかった。受け継がれた誇りと造形美を存分に体現したこの目の前の少年に、露伴は何も言えなくなってしまったのだ。
「俺はジジイに代わってこの町もおふくろも守るって誓ったんだ。そんな大層なこと言ってんのに、好きな女一人守れねェでどうすんだよ」
「お前は…」
「百々子を助けさせてくれよ」
仗助くんだってカッコつけたいのよ、そう言ってほんの少しだけ戯けてみせた仗助に露伴はこれは自分が何を言ってももう引かないだろうと観念した。その様子を見ていた億泰は背後に何かの気配を感じ勢いよく振り返る。
「承太郎さん、アレなんだァ?」
すぐ隣にいた承太郎に尋ねる。承太郎も億泰が見ている方向を見ると、そこに確かに何かがいた。例えるなら宗教画に描かれる女神のような女性がふわふわと宙に浮いているのだ。
「スタンドか?」
「え?スタンド?敵のスタンドでしょうか?」
「その割には攻撃する素振りを見せないな」
承太郎の声に康一と露伴もその女神のスタンドらしきものを把握する。だが露伴の指摘通り、確かにこちらを攻撃する素振りは見せない。
この時、噴上は確かにある事実を突き止めた。
『ここにはいない、もっと向こうにいる』
「喋った!?」
「どういうことだ?敵のスタンドだとしたら、何故わざわざ場所を教える必要がある?」
康一と露伴がそう考察を巡らせている間、億泰は昔のことを思い出していた。
まだ自身が小学生の頃。百々子が億泰と形兆に恨みを持つ連中に暴力を振るわれたことがあった。その際、百々子が本来いる場所と違う場所に用事があると嘘をついていたため、億泰たちは百々子のもとに駆け付けるのが遅くなってしまったという。形兆が「何故余計な嘘をついた」と尋ねると百々子は傷だらけの顔で笑いながらこう言った。
『相手が上級生ばかりだったから形兄と億兄が揃ってても、負けちゃうと思って』
その時形兆と億泰は百々子の言っている意味が分からなかった。百々子の何も関係ないのに自分が傷付くことは棚に上げて、兄たちを庇おうとするその姿勢は確かに美しい兄妹愛であるが、ある意味異常だとも捉えられた。ちなみに後日百々子に暴力を振るった男たちは、形兆と億泰が100倍返しにしたという。
億泰は当時のエピソードを思い出した。これは百々子の異常なまでの兄妹愛を象徴するエピソードではない。他者が傷つかないために、自分の発見を遅れさせようとする百々子の不器用な気遣いが顕著に現れたものだった。
だから億泰には分かる。この女神のようなスタンド、これは百々子の化身なのだと。
「こいつァ、百々子のスタンドだ」
「何!?」
「俺には分かるぜェ。そんで間違いなく、百々子はこの空き家にいる」
「で、でも、億泰くん!このスタンドは"ここにはいない"って言ったんだよ?」
「そうだぜ、だからここにいんだぜ、康一」
「億泰、どういうことだ?」
困惑している康一に対し冷静に説明を求めたのは仗助だった。億泰は当時のあの出来事を簡潔に話す。百々子の驚愕するほどの兄妹愛と不器用な他者への気遣いのことを伝える。億泰が明かす百々子のエピソード、そして噴上が確かに感じたあのスタンドから発されるにおいが百々子と一致しているという事実。
「つまりこのスタンドは間違いなく百々子のもので、百々子は俺たちをここから遠ざけるために、スタンドで誘導しようとしてるってことだな?」
承太郎が状況を整理する。改めてそう聞くと億泰は何故百々子がスタンドを使えて、そのことを黙っていたのか、そこが腑に落ちなかったが、それは今はどうだっていいと気をしっかり持つ。
一向はこの空き家への突入を図った。
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