クレイジー・Dは砕かせない その1


 百々子のものと思われるスタンドを無視して空き家に突入した仗助たちは、廃れた家屋に気をつけながら足を進める。噴上は他に仲間がいるかもしれないため、外で隠れて待機をさせることとなった。仗助は億泰と康一に支えられながら歩き、その前後を承太郎と露伴が挟むかたちとなる。
 家のリビングあたりにやってくる。所々穴が空いているカーテンからは外の光が入ってくるが、電気も通っていないこの家は昼間だというのに薄暗かった。

「どこに敵が潜んでいるか分からない。気をつけろよ」

 承太郎がそう言った直後だった。リビングの奥の部屋から物音がした。

「いやあっ!やめてぇ…ッ」
「今のは!?」
「百々子の声だ」

 物音の後に聞こえた悲鳴は明らかに百々子の声だった。康一と仗助がいち早くそれに反応すると、億泰は強く歯を食いしばった。承太郎と億泰が声のする方に向かい、億泰の代わりに露伴が仗助を支える。

「百々子!どこだ、返事しろォ!」

 億泰が声を上げるとまた控えめな物音がする。承太郎と億泰が更にそちらに近付くと、そこにいたのは彼らが探し求めていた百々子であった。傷だらけの百々子は無惨にも制服を引き裂かれている。腕や顔に痣を纏う百々子に億泰は言葉を失い、承太郎はすぐに近寄り自分の着ていた白いコートを百々子に着せようとするも百々子が先に一歩前に出たためにそのタイミングは失われる。

「億兄…」
「百々子…」

 億泰は目にたくさんの涙を浮かべたままそれ以上何も言えなかった。大切な、一番護りたかった妹をこんなにも傷付けられたのだ。怒りの前に悔しさが込み上げてくる。そんな億泰に追い討ちをかけるように百々子は告げた。

「なんでもっと早く来てくれなかったの?」
「……百々子、俺…俺ァ…」
「億兄が来るのが遅いから、こんなにひどい目にあったんだよ」

 仗助たちの角度からは百々子の様子がよく見えなかった。囁くような声のために会話の内容も聞き取りにくい。

「形兄だったらもっと早く来てくれてたよ!私がこんな目に遭うこともなかった!」

 しかし百々子が大きな声を出したので、ようやく仗助たちにも状況が掴めてきた。百々子の言葉に狼狽えた億泰が後退りしたので、仗助たちにも百々子の姿が見える。仗助は傷だらけでボロボロになった制服姿の百々子を見て、思わず自身の体の痛みなど忘れて、足を前へ前へと向かわせる。

「なんで形兄は億兄のことなんて庇ったの?!形兄じゃなくて億兄が…」
「…百々子」

 その時反応したのは仗助の方だった。自身も少し話すだけでも、傷に響くというのに仗助は必死だった。まるで形兆ではなく億泰が犠牲になれば良かった、とでも言いたげな言い方だと感じたからだ。仗助の杞憂ならそれでいいのだが、百々子の言葉の先を億泰に聞かせたくなかったし、百々子の口からそんな言葉を言わせたくなかった。

「なあ百々子、そんな言い方すんじゃねえよ」

 仗助は康一と露伴のもとから離れるように前に進む。

「億泰だって、お前のこと、思って…」
「大体、仗助くんのせいでもあるんだよ」
「……そりゃそうかもしんねぇけど」
「仗助くんと関わったから、こんな目に遭ったんじゃない」

 百々子のきつい物言いに仗助はぐうの音も出なかった。確かに百々子が吉良吉影の標的にされたのは、自分のせいでもあるからだ。仗助だって百々子のことは一番護りたかった存在だった。そんな百々子をこんな目に遭わせてしまったのが自分のせいだと思うと、仗助もまた言葉に詰まってしまう。彼の中にも今いろんな感情でぐちゃぐちゃになっていた。

「なあ康一くん」

 その異変に気付いたのは露伴であった。しかし露伴が康一にそのことを告げる前に、百々子が口を開く。

「本当に悪いと思ってるならさ」

 岸辺露伴は漫画家である。人間観察には長けていた。だから、見逃さなかった。百々子の口元がほんの少しだけニタリと嫌な形をつくったことを。

「今ここで死ん…ッ」
「それ以上は、言わせない!」

 突如もう一つの声がしたかと思えば、その人物は百々子が来たのと同じ方向から現れ、手に持っていた鞄を思い切り百々子の頭にぶつけた。百々子が呻き声をあげて勢いよく倒れこむ。一同は何が起こったか分からないという目で倒れた百々子と、そうさせた人物を見た。

「百々子…?」

 困惑した億泰が声を出す。しかしそれは倒れている百々子に対して向けられたものではない。

「どういうことだ…?百々子さんが、二人!?」

 康一がそう言った通り、百々子が二人いる。倒れこむ百々子とその百々子を倒した方の百々子。どちらも同じように傷だらけで、制服も破れている。本当にそのままコピーしたかのような二人に、皆困惑する。
 だが、そんなものを払拭させるように発言したのは、後から来た百々子だった。

「痛かったでしょう?この鞄にはね、そこらへんの崩れたコンクリートとかガラスとかをいっぱいに詰め込んだの」
「…はあ?ちょっとあなた何言って…」

 後から来た百々子はそう言いながら億泰の前を通り、承太郎の横を通り過ぎて、倒れた百々子のもとまで歩み寄る。その行動を五つの目がしっかりと捉えていた。

「形兄も億兄も昔からとにかくやんちゃで、問題を起こすことなんて日常茶飯事だった」
「あなたさっきから…」
「そのとばっちりが私にくることもあったの。全く見に覚えのない人から逆恨みされて殴ったり蹴られたりなんてこともあった」
「だからそれがどうしたって言うのよ!」

 倒れていた百々子がきつく声を上げると、後から来た百々子はもう一度鞄を振り上げようとする。

「そんな私に護身術を教えてくれたのは形兄だった。だからこう見えてちょっとくらいは体が動くの」
「……!?」
「非力な私に鞄にいろんなものを詰め込んで振り回すだけでも充分効果があると教えてくれたのは、」

 その時倒れ込んでいた百々子が過敏な動きで立ち上がる。同時に後から来た百々子の言葉を聞いていた億泰がついに溜めていた涙を溢れさせた。

『いいか、百々子。お前は力弱ぇからよ。万が一の時は、鞄にそこら辺のモン適当に詰め込んで、相手に思っきりぶつけんだ』
『そんなの効果あるの?』
『振り回した時の遠心力と鞄に詰めた重量で、結構なパンチ力になるわけよ』
『億兄にしてはまともなこと言ってる』
『ま、そんなことになる前に、俺と兄貴で瞬殺だけどなァ』

 億泰の脳裏には或る日の妹との会話がよぎっていた。

「そう教えてくれたのは、億兄なんだよ!」

 逃げようとした百々子に対し、その行手を阻むように横から鞄を振り回してぶつけると、百々子は再び声を上げて倒れ込んだ。この一連の行動に、皆どちらが本物かなんて見当がついていた。

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