クレイジー・Dは砕かせない その2 呻き声を漏らす百々子を殴った百々子は見下ろしていた。普段の穏やかな彼女からは想像もつかない殺伐とした雰囲気に皆何も言えずただ彼女のことを見ることしかできなかった。
のそりと倒れた百々子が体を動かす。そしてゆっくりと上体を起こしながら、見下ろしてくる百々子を睨んだ。
「それは全部私の台詞よ」
「………。」
「あなたの能力はコピーすること。そして記憶や感情までもを共有することができる。だからあなたはそのコピー能力で得た情報をただ語っているだけの偽物よ」
「な、何!?僕はてっきり後から来た方の百々子さんが本物だと…」
鞄で殴られた腕を押さえながら立ち上がる百々子を見ながら、康一がそう声を上げる。百々子の言葉で再び真偽が分からなくなってしまった。―――かと思われた。
「あなたのコピー能力は優れていると思う」
そう言ったのは後から来た方の百々子である。
「だから、それはあなたの能力だって…」
「でも一つ指摘するなら、皆の前に姿を現すとき、私ではなく虹村形兆になるべきだった」
私を連れて行くとき変身していたようにね、そう付け足す百々子はかなり不愉快そうに眉を顰め、拳をぎゅっと力強く握りしめる。
「形兆さんに…?何故…?」
康一の問いに後から来た百々子は答える。それに対して仗助たちも言葉を出さずにはいられなかった。
「虹村形兆のスタンド、バッドカンパニーで迎撃すれば全員とまではいかなくとも、既に負傷している仗助くんや、死んだ兄に困惑する億兄には効果があったはず」
「……百々子、お前やっぱり…」
「あれはやっぱり百々子のスタンドだったってわけだな」
「でも形兆さんのスタンドのことまで知ってるなんて…」
仗助、億泰、康一はそれぞれが声を上げていた。百々子の口からは出てくるはずのない言葉に、驚きを隠せなかった。しかし後から来た百々子はそれを気にせず続ける。
「それが唯一の勝利条件だった。でもあなたはそれをしなかった。何故だか自分では分かってるんですよね?」
後から来た百々子の言葉に全員もう一人の百々子の言葉を待つ。もう一人の百々子は明らかに動揺しているといった表情だった。
「あなたは対象のスタンド能力まではコピーできない」
「ちょっと待って!だとしても、私が偽物だという証拠には」
「いいえ、それが証拠になるの」
そう言って後から来た百々子は深呼吸をする。そしてとどめを刺さんとするほどきつい視線で、もう一人の自分を睨みつけた。
そしてついに、ずっと隠してきた形兆とだけの秘密を、明らかにさせる。
「フレイヤ」
そう言った百々子の背後に、先程この家に入る前に現れた女神のようなスタンドが現れる。フレイヤと呼ばれた女神のスタンドは、百々子の背後にぴったりとひっついていた。まるで主を護らんと必死に見える。
もう一人の百々子はまるで理解できないといった表情でそのスタンドを見ていた。そしてついにボロが出始めたのだ。
「お前…っ!スタンドが使えたのか?!聞いてないぞ!」
百々子の姿はしているものの先程までとは別人のような口調に、全員が本物と偽物を理解する。皆百々子のスタンドについて聞きたいことは山ほどあったが、今はこの状況を切り抜けることが先だろう。
瞬間狼狽始めた百々子が異様な光とともに形を変える。現れた痩身痩躯の男が百々子を攫ったスタンド使いの本体だと分かった一同は、逃がさんと戦闘態勢に入る。
「嗚呼、もうダメだ…このままじゃ、俺は捕まっちまう」
「負けを認めた方がお前のためだぞ」
狼狽始めた男に対し追い討ちをかけるように言い放ったのは承太郎だった。しかし男はそんな様子を見せながらも、口元を歪ませた。
「俺の負けだなァ。けどせめて一人くらい、一人くらいは殺しておかないとなァ」
男はそう言って懐に隠し持っていたものを構える。拳銃だった。その銃口は卑怯にも仗助に向けられている。満身創痍で抵抗のできない人間に突きつけたその銃口に、男は勝利を確信した。まさかここでスタンド攻撃ではなく、シンプルな殺人道具が用いられるとは思わず、一同が虚を突かれてしまう。
仗助に向けられた銃口に、彼は自身の体に銃弾が貫通するのを覚悟したその時。
「残念だけど、あなたはここにいる誰一人殺せない」
「何!?」
男の一番近くにいた百々子がそう言って歩み寄る。銃口が仗助から百々子に向けられた。「百々子!近づくな!」と仗助の声が悲痛に響いた。しかし百々子は向けられた銃口をしっかりと右手で掴み「大丈夫だよ」とそう言った。
「お前何やってんだ、頭イカれちまったのか?」
「いいえ?私の頭は、雲ひとつない晴天のように、晴れ晴れとしていますが」
相手を挑発する百々子に皆が固唾を飲む。男は売られた挑発を容易く買い、さらに口元を歪ませた。しかし、銃弾は一向に発射されない。
「は…?どう、なって…銃は、!?」
男は理解できていなかった。何故ならさっきまで確実にあったはずの拳銃が消えていたからだ。慌てふためく男に対し百々子は更なる追い討ちをかける。
「だから言ったでしょう?誰一人殺せないって」
そう言った百々子の側に億泰と承太郎がやってくる。そして男の手元に本当に拳銃がないことを確認した承太郎は「これは触れたものを消すスタンドか?」と百々子に尋ねた。百々子は承太郎を見上げる。痛々しい傷や痣に承太郎は思わず眉を顰めた。自身にも娘がいる。だから尚更百々子の傷や受けた暴行を許せなかった。
「まあそんな感じです」
「なるほど。後で詳しく聞いてもいいか。今はまずお前と仗助を病院に…」
百々子と承太郎がそんな話をしていると、背後から「ふざけんな」と声が聞こえた。振り返ると百々子によって戦意喪失していた男が、まだ何かしようとしていた。億泰が「てめえ、まだやる気かァ?」と次は俺が痛めつけてやる、と意気込むが、男は行動ではなく心理戦に持ち込もうとする。
「いいか、よく聞けよお前ら。特に東方仗助と虹村億泰!さっき俺が虹村百々子に化けて言っていた言葉あったよなァ!?アレは俺がでまかせで言った言葉じゃあない!俺は対象の感情もコピーできるんだ!分かるか?!だから、あれは、虹村百々子の本心なんだよ、馬鹿どもめ」
騙されやがって可哀想に、と続ける男を百々子は白々しく見ていた。だが男は続ける。
「それから東方仗助ェ!お前の情報を虹村百々子から少し見たぜ。その変な頭、虹村百々子も呆れ返ってるんだぜ!ダッセェ頭してんなってよォ」
「………。」
「百々子は形兆のことが大好きだったんだよなァ。だから形兆に化けてやったら、馬鹿みたいに信じ切ってついてきやがったんだ。可哀想だなァ、億泰!百々子はテメーじゃなくて、形兆の方が良かったんじゃねェか?」
「…テメェ…ッ」
「だからよォ、形兆の姿になってコイツをヤリまくっても、嫌がらなかったもんなァ」
ニタリ、と下品な顔を引っ提げた男は、嘘ばかりを平然と語っていた。百々子は呆れ返ってしまう。億泰も所々で沸々とした苛立ちを見せていたが、それよりも尚地雷を踏みまくられた男がいる。
ここにいる誰もが知っている。承太郎や露伴はそれを実際に体験していた。
―――東方仗助の絶対に踏んではならない地雷。
「テメー…」
傷だらけの体ながらもその怒りは充分に声に滲んでいた。ユラユラと軋む体に鞭を打つように男の方に歩み寄る。東方仗助にとって自身の髪型を貶されることは、何よりの地雷なのだ。髪型を貶されると誰にも手がつけられないほど暴れ回る。自分がこれだけ傷付いていたとしても、仗助にとって怒りが込み上げてくることに違いはない。だが今の彼の状態から暴れさせるのは命の危険もあり、承太郎と億泰が落ち着かせようとした時であった。
「百々子がンなこと言うわけねえだろうが」
仗助の怒りの矛先に一同は思わず、彼を制止するということを忘れてしまう。
「百々子がンなこと言うわけねえんだよ…テメー、百々子を侮辱すんのもいい加減にしろよ!」
仗助はそう声を上げながら次に自身のスタンドの名を呼ぶ。痛々しい彼からは想像もつかないほど勇ましいスタンドが出てくる。それはまるで彼の怒りを体現しているようだった。
仗助のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの強烈なパンチを食らった男はそのまま数メートル先に吹っ飛ばされる。体をピクピクと痙攣させる男を見届けるかのようにそれまで気張っていた仗助が、その場に崩れ落ちる。
「仗助くん!」
百々子は仗助のもとに駆け寄り血だらけの制服も厭わず仗助を支える。そこに億泰、康一も加わり二人に支えられながら座り込む。「全く、無茶しすぎだ」と露伴から悪態を吐かれるも珍しく言い返す素振りを見せない仗助に、皆に緊張感が走った。
百々子はここであることを決断する。
「仗助くん、傷少し見せてね」
辛うじて息をしているような状態の仗助はもはや返事すらままならなかった。既に百々子が制服を脱がして傷を見ている状態で「バッチィから、やめとけ」とか細い声が返ってくる。その痛々しさに康一と億泰は涙ぐんでいた。
「私のスタンドは触れたものを消すことができる」
「…もしかして、その能力で仗助くんの傷も!?」
「…分からない。無機物に使ったことはあるけど、命のあるものというか、生きているものに使ったことがなくて」
「つまり、下手をすると仗助自体が消滅するという可能性もあるんだな?」
承太郎の的確な指摘に百々子はゆっくりと頷く。たしかに百々子がこれまでにスタンドを使ったのは、小林玉美のシャツと猫の人形やそれを入れていた袋、そして先程の敵スタンド使いが持っていた拳銃で、そのどれもが無機物であった。命のある、それも人体に使うことは初めてなのである。だからその手は震えていた。
「百々子…」
そんな百々子のことを呼んだのは、掠れ切った声を出す仗助だった。「無理しないで仗助くん」と康一が言うも、仗助は無視して言葉を続ける。
「俺は…お前を、信じるぜ」
そう言って百々子の顔を見る仗助は、穏やかに笑っていた。自慢のリーゼントは既にほとんど面影がなくなってきている。
百々子はそう言ってくれた仗助の顔に触れる。既に吉良戦で流れた血は乾き始めていた。
百々子のスタンド、フレイヤは触れた対象物を消すことができる。だが彼女はこれまでこのスタンドを無機物にしか使用したことがなく、有機物、つまり命を有する生き物に対しては同様の効果が得られるのかは分からない。ただもう一つ分かっていることがあった。
このスタンドには独自の密着度という尺度があり、フレイヤにおける通常度の密着が"手で触れる"ものとすると、体全体でハグをするように対象物を包むという行為は更に密着度を上げ強い効果を齎らす。これは無機物・有機物に共通する尺度であり、有機物においては更に強い効果を得られる方法があった。
「ごめんね、仗助くん」
そう言って百々子は最も効果が得られる方法で仗助の傷を消すことを試みる。
「あ…」
「えっ…、!?」
百々子の行動に声を出したのは兄の億泰と康一である。億泰は口をポカンと開けたまま、康一は見てはいけないものを見てしまった、と赤面していた。
「なるほど、手で触れるよりも密着度が高い方が効果が得られる。つまり対人においてはキスが最も有効だということか」
「露伴先生!わざわざ丁寧に説明しなくても分かってますよ!」
ご丁寧な説明をした露伴に対し康一が顔を真っ赤にしながらそう言った。仗助はほとんど意識がない状態なのでおそらく何をされたのかは覚えていないだろう。百々子がゆっくりと口付けから顔をあげる。その瞳は涙に塗れていた。そこにどんな感情があったのか、皆には計り知れない。どうか、どうか仗助のこの痛ましい傷だけが消えますように、と百々子は心の底から祈る。
「あぁ!百々子さん!見て!」
「仗助の傷が、無くなっていくぜ!」
顔を伏せていた百々子は康一と億泰の声に再び顔を上げる。
まずその端正な顔から赤い血が消えていった。そして至る所にある血と傷口が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。対象を仗助の傷としていたために、破れた制服などは元には戻らなかったが、それでも満点といっても過言ではなかった。
「よかった、仗助くん…!」
「これでもう大丈夫なんだね、良かった!仗助くん!」
「安心したぜ、仗助ェ」
だが仗助は皆が歓喜の声を上げているのを聞きながら、そのまま深い眠りについてしまった。
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