東方仗助は確かめたい「じゃあ、いいか」
「…もう一思いにお願いします」
「別にそんな気ィ張ることじゃねえって」
仗助は何故か強張った表情の百々子に笑みを溢す。ただ自分のスタンドで百々子の傷を治すだけだというのに、目をきゅっと瞑り、何かに耐えるような姿に思わず仗助は笑みをこぼしてしまう。仗助のそんな無邪気な笑顔に思わず心臓を射抜かれた百々子は、小さなうめき声と共に心臓のあたりに手を当てる。
「どうした、痛むか?」
そんな百々子にすぐに真剣な表情になる仗助。百々子はそんな仗助に対して「いやそうじゃない」となんとか声を絞り出した。
仗助のクレイジー・ダイヤモンドのおかけで百々子の傷はあっという間に治った。きれいさっぱり治ってしまった傷に、百々子は自身のスタンドとの圧倒的な差を感じずにはいられなかった。だが、戦いは終わっている。もうそんなことは考えなくてもいいのだ。施された包帯が意味を成していないため、ゆっくりと解いていく。そこには本当は傷なんてなかったかのようなまっさらな自分の肌だけが残っていた。
「本当にすごいね、仗助くんのスタンド」
「そうか?百々子のだって似たようなもんだろ」
「全然違うよ!完全に元に戻してしまえるなんて、とってもやさしい力だよね」
仗助くんをそのまま体現してるようなスタンドだなあって、と傷のなくなった手を見つめながら言う百々子に、仗助は同じようなことを承太郎に言われたことを思い出す。確かに他人にとってはやさしい力なのかもしれない。だが、それは他人に限ってのことであって、自分にとってはそうでもないのだ。自分の傷は治せない。まるでこのやさしい能力の代償であるかのような枷だと思った。
「まあ自分には使えねえのが、ちと難儀だけどよ」
あんまりにも真っ正面から褒めてくれるので恥ずかしくなった仗助は照れ臭そうにそう言う。
「大丈夫だよ。仗助くんの傷は、私が消すから」
それが至極当然だと言わんばかりの百々子の言葉に、仗助は思わず言葉に詰まってしまう。自身が当たり前のように使っていたスタンド能力の行為は、こんな形で相手に伝わっていたのかと疑似体験した気分だった。
承太郎や百々子がやさしいと表現した理由が、よく分かった気がする。
「仗助くんみたいに、全部きれいには難しいかもしれないけど」
その少し自信無さげな顔が仗助の心を更に締め付けた。こんなにも誰かを愛しいと思えるのは、もはや自分だけの特権なのではないかとすら錯覚したのだ。
♢♢♢
その日の夕方頃、杉本鈴美が杜王町から離れるということで、例のコンビニの前には杜王町にいるスタンド使いが勢揃いした。鈴美はそこに百々子の姿があるのを確認すると、安堵した声を漏らす。百々子も鈴美と面と向かって話すことは初めてだったが、二人は互いに抱きしめあって別れを惜しんだ。
橙色に消えゆく鈴美を見送ると、もうすぐそこまで来ていた夜の闇が迫ってくる。百々子と仗助は傷の回復が異常に早かったこと(互いのスタンド能力による)と本人たちの強い希望もあり、その日のうちに退院となった。その手続きの際には、朋子が駆けつけ待合室には朋子の声が響いていたという。なんせ仗助が怪我をし入院したことも、退院の連絡の際に知ったのだ。朋子にしこたま怒られている仗助を見て、百々子と億泰は少しだけ羨ましい気持ちを滲ませた。自分たちにはもう居ない母親という存在が、ほんの少しだけ胸をちくりと刺激したのだ。
病院からの帰り道は仗助たちと共にタクシーで帰ることとなった。助手席に座る朋子は運転手に息子の破天荒なことを愚痴っていたり、百々子も入院していたことを心配したりとで、車内はずっと賑やかであった。
車がカーブに差し掛かると体重がどうしたって偏ってしまう。
「わっ、ごめん、仗助くん」
後部座席の真ん中に座っていた百々子は気を抜いていた。先ほどから億泰側にばかり体が傾いていたので、仗助側に重力がかかり体が密着するまでそのことに気付かなかった。
「おう」
結構な勢いで百々子がぶつかってきたが正直仗助にとってこれくらいは痛くも痒くもない。だが彼がこれだけ短く素っ気ない声を出したのは、百々子が自分のちょうど胸元にぶつかったからである。カーブが長く続き、中々体勢を整えられなかった百々子は、しばらく仗助の胸元に留まっていたのだ。だから仗助は自分のこのアラームのように五月蝿い心臓の音を聞かれやしないか、気が気でなかった。
しかし当の百々子はそんなことは気にしておらず、密着してしまったことによる緊張と自分とは明らかに違う逞しい胸元に衝撃を隠せないでいた。
虹村家の前に止まったタクシーから降りると、朋子は先に家に帰ってしまう。なんとなく息子からの無言の圧力を感じたのだ。残った仗助はどうしても確認したいことが一つだけあった。
「あのよ、百々子。その、霊屋下が言ってたことなんだが」
「うん?」
仗助は深呼吸をしていた。そしてもう一度続きを
「その、形兆の兄貴の姿になって、ヤ、ヤ…ヤリ…」
「槍?」
「いやその…」
なかなか言い出せないのは仗助がこんなに大人びた雰囲気を出していても、まだ高校生になったばかりの少年であることを浮き彫りにさせた。
「仗助はだな、兄貴の姿した霊屋下とヤッたってのは、本当なのかってことを確認してェんだよ」
「億泰!そんなどストレートに聞く奴があるか!」
「だってお前なんかすっげぇ焦ったい態度で、なんかムズムズしちまってよォ」
「そういうのをありがた迷惑って言うんだぜ、億泰」
「ひでえ…」
目の前の二人の会話に百々子は億泰が言ったことを考える。そういえば霊屋下が最後の悪あがきで、そんなふざけたことを言っていた気がするのだ。当の本人の百々子はふざけたことと分かっているが、たしかに霊屋下とのやりとりを知らない仗助らからすると、その真偽は謎のままなのだろう。
「あれ全部嘘だよ。あの人が最後に何かしらのダメージでも与えたかったんじゃないかな」
そう笑って話す百々子に仗助は緊張して強張っていた何かが解れる気がした。その証拠に億泰の肩を豪快に引き寄せ「そりゃ良かった」と実に上機嫌な様子を見せたのだ。億泰はこの仗助の変貌ぶりに若干遅れをとったが、お祭りには乗じるタイプのために仗助と一緒になって騒ぎ始める。
「あの人が言ってたこと全部嘘だから。仗助くんも億兄に対しても、あんなひどいこと思ってないからね」
そう百々子が念押ししたのには理由がある。彼女は自分だけが仲間はずれにされていたというコンプレックスから、確かに不満はあった。だからそこに漬け込むように負荷され捻じ曲げられた辛辣な意見を言われたことが、彼女自身も腹立たしくて仕方がなかったのだ。
「でもほんのちょっとだけ、みんなから仲間外れにされてるって思って、いじけてたんだよ」
だからあんな偽物の形兄について行っちゃったりして、と改めて自分の行いの幼稚さを悲観する百々子は、二人が上機嫌になっているのをすっかり忘れてしまっていたことに気づき、慌てて「ごめんごめん!もうでも本当になんとも思ってないから!」と取り繕う。そして夕飯何食べようか、と億泰に尋ね、彼がなんと言えばいいのか考えているうちに、百々子が「食材あったかな、買い物行かなきゃだっけ」とどんどんいつも通りに話を進めていくので、仗助も億泰も彼女への罪悪感を拭えないままでいたのであった。
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