やさしい獣は花を独占したい


 杜王町から吉良吉影という殺人鬼の脅威が消えて、数日が経った。

 ほとんどの人間は変わらない日々を過ごしていたが、今回の件に関わった数名のスタンド使いたちにもようやくいつも通りの日常が戻ってきた頃である。

 百々子は大事をとって休んでいたアルバイト先に数日ぶりに出勤していた。
 その日は日曜日で、時間はお昼手前。カフェが一番賑わう時間帯だった。出勤した際、怪我をして休んでいたと聞かされていたスタッフたちからは怪我の具合を尋ねられ、怪我なんて仗助のスタンドで傷痕ひとつ残っていなかったので「もう全然大丈夫です。ご迷惑おかけしました」と笑顔で応対していた。

 店内がほぼ満席の状態の頃、一人の客の来店があった。

「いらっしゃいま…、あれ?仗助くん?」

 来店したのは仗助だった。彼は少し強張った顔で店内を見渡したあと、百々子から声をかけられると安心したのか頬を緩ませ片手を上げる。

「どうしたの?もうみんな始めてるんじゃないの?」

 この日、実はトニオの店を貸切にして、スタンド使いたちの集いがあったのだ。此度の労いと承太郎たちがもう少しでアメリカへ帰ってしまうのでその送別会も兼ねているものらしい。百々子はアルバイトが昼まであったので、それが終わり次第参加するということになっていた。そのため、宴はもうとっくに始まっているはずなのだ。

「あー、そうなんだけどよ。百々子、あとから一人で来んの、なんか寂しいかなーと思ってよ」

 仗助は用意していなかった質問の答えを適当に繕って答えた。しかし百々子は仗助の下心ありきの回答に納得してくれたらしく「うれしい。ありがとう」と笑って答える。仗助はそれだけで心臓がきゅっと締め付けられた。
 現在店内はほぼ満席状態で、仗助は珍しくカウンター席に案内された。いつもはテラス席に座ることが多いためあまり見えないが、カウンターだとスタッフ同士の様子だったりやりとりが見えてしまうので、仗助は新鮮だな、と思いつつもやはり少し居心地が悪かった。何やら数名のスタッフが百々子と話しながら、自身の方をチラチラと見ている気がするのだ。百々子が「違いますよ」と照れながら否定している様子が見えた。

 そんなこんなで百々子の勤務時間の終了の時間になってきた。他のスタッフたちに挨拶をしている百々子を見て、そろそろかと仗助も店を出る準備を始めていた。
 おそらく百々子が仗助に今からあがることを伝えにきたのだろう。仗助のいるカウンター席に近づいときていた。百々子が口を開こうとしたその時、仗助の隣にいた男が先に声を出した。

「ねえ、百々子ちゃん。今日はもう終わり?帰っちゃうの?」

 20代半ばくらいの男性だった。その口調からこの店の常連の一人なのだろう、と仗助はすぐに分かる。何よりこの馴れ馴れしい口調が彼の癇に障っていたが、ここは百々子が働く仕事場でもあるため気を落ち着かせる。

「はい。今日はもう終わりなんです」
「そうなんだ。せっかく百々子ちゃん目当てで来たのに」

 随分と積極的だな、と思いながら話を聞いていた仗助は他のスタッフたちの行動を見る。おそらく毎度のようにこんなやりとりがなされているのではないだろうか。他のスタッフたちが「もう時間だから上がっていいよ」とこの男との会話を強制的に辞めさせようとする雰囲気を感じ取れた。

「すみません、もう時間なので。ごゆっくりされていってください」
「百々子ちゃん、この後どっか行かない?せっかくの日曜日だしさ」

 百々子がやんわりと会話を終わらせようとしているにも関わらず、あろうことか強引に誘う素振りに仗助は余程自分に自信があるのだろうか、と勘繰ってしまう。百々子が「これから用事がありますので」とあくまでも客として接していると「えー、そんな大事な用事?いいじゃん、ちょっとだけお茶するくらいさ」と中々引かない男の言動に百々子がいよいよ困り始め、他のスタッフたちも迷惑そうな表情をしたときである。

「どう考えても迷惑そうにしてんの、分かんねーんスか?」

 今まで沈黙を貫いていた仗助が発した言葉に、男は「あ?」と仗助を睨みつける。しかし仗助は怯むことなく男を睨み返していた。

「ガキがなんか言ったか?」
「迷惑そうにしてんだから、やめろっつってんですよ」
「ちょ、ちょっと、仗助くん」

 じりじりと今にも爆発しそうな二人の睨み合いに思わず百々子が声を上げる。すると男は「何、こいつ百々子ちゃんの知り合い?」と不機嫌そうな声を出した。その頃には店内にいた他の客たちもこのやりとりに気づきはじめていた。

「百々子ちゃんつるむ奴は考えないと。自分の印象まで下げちゃうよ。やっぱりまだ子どもだねぇ」

 俺がそういう大人の人付き合いとかも教えてあげるからさ、と男は続け「だからこの後一緒に遊ぼうよ」と更に強引に誘う男に百々子は少しムッとしていた。仗助のことを悪く言ったこの男に苛立ちを覚え始めていたからだ。

「あの、私…」
「だからやめろっつってんスけど」
「ガキは黙ってろよ。なんだ騒ぎをこれ以上でかくすんのか?」
「……ハア、物分かりが悪い人ッスね」

 仗助が煽るように盛大なため息を吐くと、遂に男は仗助の胸ぐらを掴み出した。百々子やスタッフたちが声を上げるも、男は自分のプライドもあるのか引こうとはしない。

「お前調子乗んじゃねぇぞ?ナメてんのか?」
「別に調子にのってもねぇし、ナメてもねぇッスよ?」
「クソガキがぁ!」
「お客様、他のお客様のご迷惑にもなりますので!」

 スタッフがそう声を上げた時だった。男が振り上げた拳は、仗助の大きな掌にしっかりと収められる。男はこの時になってようやく仗助が自分より一回りも体が大きいことに気付いた。

「暴力はやめましょうよ、他の人の迷惑になるッスよ」
「……テメェ」
「それから、俺、自分の好きな子が、アンタみたいな奴に言い寄られるの、正直我慢できねぇッス」
「……あ?」
「え!?」

 一瞬、ここにいる全員が仗助の言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。特に時間がかかったのは、百々子であった。

「え、あの、仗助くん…?」

 百々子はこんな状況にも関わらず、頬を染めてしまう。仗助の言葉の意味を実感したのだ。仗助は顔を真っ赤にしている百々子を見て、もう全てぶちまけてしまおうと思った。

「俺、初めてお前とこの店で会った日から、百々子のことずっと好きだった」
「…!?」
「だから、こんなどこの誰かも分かんねぇような奴と遊びになんか行って欲しくねえ」

 胸ぐらを掴んでいた男の手を簡単に掴んで離し、仗助は百々子の顔を見てはっきりとそう言った。男には「お前の遊び半分の気持ちと俺の気持ちを一緒にすんじゃねぇ」という意思を込めた視線をしっかりとお見舞いしてやった。
 そしてようやく仗助の怒りも収まったようで、彼はここが店の中であったことを思い出す。「とりあえず、俺外で待ってっから」と言って会計を済ませて店外に出ようとした時だった。

「わ、私も!」
「!?」
「私も、仗助くんのこと、好きだよ!」

 耳まで真っ赤になった百々子がそう言うと、スタッフたちからは小さな歓声が上がる。そして他の客たちからも同様の声が聞こえた。

「だから、仗助くんについていくから!」

 待ってて、と言ってすぐにバックヤードに戻ってしまった百々子。隣から「百々子ちゃん……」と小さな声が聞こえたので仗助は「ご愁傷様デース」と余程怒りが収まっていなかったのか更に煽りをかけていた。

 その後、すぐに会計を済まそうとレジに向かうと一部始終を見ていたスタッフから「今日は結構です。まるでドラマのワンシーン観てるみたいだったわ」と嬉しそうに話され「いやそれとこれとは別ッスよ」と仗助も引けなかったが「店長からそう言えと言われてますので」と念押しされてしまい、申し訳ない気持ちのまま店から出て、ついてきてくれると言った百々子を待つことにした。店を出るまでの間、他の客からの視線を痛いほどに浴びていたので、外に出てようやく解放された気分だった。

 店の近くの樹にもたれかかりながら、仗助は自分の顔が驚くほど熱いことに気付く。それもそのはず。この頃になると仗助の頭には先程までのやりとりを冷静に思い出せるようになっていたからだ。

「何やってんだよ、俺〜〜!」

 自分の言動の恥ずかしさに思わず頭を抱え座り込む。いくらあの男に怒っていたとはいえ、よくあんな恥ずかしいことできたな、と我ながら数分前の自分に感服してしまっていた。
 唯一の救いがあるとすれば、確かにこの耳で聞いた「私も、仗助くんのこと、好きだよ!」という突然の百々子からの告白くらいだった。

「アレ、マジか?マジで言ってたのか?」

 やべー、と次は違う意味で熱くなってきた仗助は戻そうとしても戻らない緩みきった口元を手で覆い隠す。
 果たしてこの後やってくる百々子の前で、いつも通りの自分を演じられるのか、と考える仗助だった。


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