虹村百々子の正体 その2「「双子の妹〜〜〜!?」」
「何だよお前ら、息ぴったしじゃあねぇか」
想像の斜め上の事実は仗助と康一に鈍器で殴られた時のような衝撃を与えた。
「改めまして、虹村百々子です。億泰がお世話になってます」
「い、いえ、とんでもない…。でも驚いたな、同じクラスだっていうのに全く気付かなかったよ」
「え、百々子お前らと同じクラスなんか?」
「確かそうだったと思う。まだクラスのみんなのこと把握できてなくて…。女の子はなんとなく分かってきたんだけど、男の子はあんまり……あ、でも広瀬くんとはこの前話したから覚えてたよ」
そう言われ康一は思わずまた頰を染めてしまう。それを横で見ていた仗助は「へえ〜〜」と心底面白くなさそうな声を出していた。ちなみに億泰に至っては「何だよ、お前ら三人同じで俺だけ仲間外れかよ」と違う論点で不貞腐れている。
「でも正直入学早々に色々あったから、まだ学校生活馴染めてなくて。特に形兄のこととかでバタついてたし」
百々子の言った形兄というのはもちろん先日仗助と康一に攻撃をしてきた虹村形兆のことであった。そのことに三人はすぐに気付くが、ここにきて再び違和感を覚える。あの一件を事細かく知っているとすれば、こんな呑気に話しているだろうか。仗助と康一は考える。自身が形兆の身内だったとしたらあの一件のことを知っているならば、まず迷惑をかけてしまった人間に謝罪をする、と。しかし百々子が非常識な人間とは思えない。だとすると、考えられるのは―――。
「百々子さん、あの形兆さんのこと…」
康一がそう言った瞬間、彼の足に猛烈な痛みが走る。思わず「いって」と顔を歪めた康一に大袈裟に億泰が「どうしたんだ?大丈夫か?」と顔を近づけた。そして彼は康一に向かってこう耳打ちする。
「兄貴のことは何も言うんじゃねえ」
「…え?」
そのやりとりはもちろん仗助にも伝わっている。そして何も分からない百々子だけが「広瀬くん大丈夫?」と声をかけていた。億泰はすぐに百々子の方に向き直り、注文を頼んだ。
そして百々子が居なくなったのを確認すると、先に口を開いたのは仗助の方だった。
「どういうことだ?まさか妹には何も話してねえのか?」
仗助の問いに億泰は罰が悪そうに顔を顰めた。その表情を見た時、二人にはあの日の記憶が呼び起こされた。
形兆の亡骸を見て呆然と立ち尽くす億泰。彼はあの時確かに言っていた。
『アイツに、なんて説明すりゃいいんだ…』
億泰は必死に何かを飲み込むように、掠れた声を出す。
「アイツは何も知らねえ」
「知らねえって…お前」
「何も言ってねえし、スタンドも見えてねえ。俺たちが何をしていたのかも、何のためにこの街に来たのかも、アイツに本当のことは言ってねぇんだよ」
あの日、億泰がしきりに心配していた「アイツ」というのは妹の百々子のことだったことが分かった二人は、億泰の話に耳を傾けた。
形兆が調べ上げた結果を知っているのは億泰だけであり、父親のことは不治の病だと嘘をついていると言う。彼らがこの街に来たのは父親を殺せるスタンド使いを見つけることが目的だった。本来この街には兄弟二人だけで来る予定だったが、どこで情報を知ったのか百々子もこの街についてきてしまい先にこの街に溶け込んで暮らしていたらしい。百々子は兄弟がこの街に来た本当の理由を知らなかったため、普通の学生と同じようにただの学生としてこの街にやって来ただけということになる。
また形兆の死については億泰が必死に自身の脳みそを捻って、洋館の片付けの途中、灯りをつけようとマッチを使ったその火が衣服に燃え移りそのまま焼死した、という伝え方をしたらしい。幸いにも仗助がクレイジー・ダイヤモンドで家中を修理してくれていたため、あの激しいバトルの面影は消え去っていた。だからこそつけた嘘だった。億泰はある部屋の一角を燃やし、本当にボヤが起こった証拠だけを偽装したという。
「百々子はよォ、ちっせえ頃はとにかく泣き虫でよ。親父からの暴力や暴言が怖くて人知れず泣く奴だった。けど成長するにつれてあんまり泣かなくなってよ。まあ親父がああなっちまったってのもあるけど、もう何年も百々子が泣いたところなんて見たことがなかったんだ」
億泰はそう言って自分の目尻を拭う。その瞳にはやはりしっとりと膜が張っていた。
「兄貴を見て泣いてたんだ。あんなに声を上げて泣く百々子は初めて見た。親父に殴られたり、あんな姿になった親父を見た時でさえ泣き喚かなかった百々子がよぉ…。兄貴の遺体を見て、喉…潰れちまうんじゃあねぇかってくらい、泣いてたんだよなァ」
億泰の話はとても辛いものだった。康一は思わず涙を流してしまい、仗助は自分の時と重ねてしまった。大切な家族を失う気持ちは誰だって同じだ。たとえその人間がどれだけの悪さをしていたとしても、遺族にとっては家族の死とはとんでもない大事件で悲しいことである。
更に百々子は彼が何故亡くなったのか、本当のことを知らない。いや、知らない方が彼女のためであると言う兄弟の強い意志なのだろう。だからこそ億泰からこの言葉が出たのだ。
「俺頭悪いからよ、そんとき百々子に何も言ってやれなくてな。だからせめて、その分すっげえ幸せになってほしいんだよなァ」
億泰はそう言って店の奥で忙しそうにでもどこか楽しそうに働いている百々子を見る。その目はとても兄らしい眼差しだった。
「億泰くん…」
「お前、案外妹思いなんだな。ちとかっけえじゃねぇかよ」
「え?マジ?俺かっけぇ?」
「もう、すぐ調子に乗る」
少しいつもの空気が流れ出した頃。仗助はふと空を見上げた。すると康一は何かを思い出したかのように「そういえば仗助くんが言ってた」と話を切り出す。しかしそれを遮るように億泰が声を出した。
「妹思いっつーのかはよく分かんねぇけどよ。百々子に近付く野郎は片っ端からぶっ潰すだけよ」
その顔が割とキレた表情をしていたので思わず康一は息を呑んだ。
「そういや康一、お前さっき仗助がなんとかって言ってなかったか?」
「ひぇっ!?え?いや、僕はただ仗助くんがこの店におも…ンゴッ」
「いやいやそんなここで言うほど大したことじゃねえんだよ。アハハハ」
康一が最後まで言葉を言えなかったのは、仗助が彼の口元を押さえてしまっていたからだ。モゴモゴと何かを訴えているように見えた康一とやけに冷や汗をかいている仗助を見て一瞬「何だコイツら?」と首を傾げた億泰だが元来物事を深く考えるタチではないので、このことに関してはこれ以上彼から追及することはなかった。
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