東方仗助は物憂げになる


 仗助は珍しくコントローラーを持っているにも関わらず、心ここに在らずであった。テレビの画面はとっくにゲームオーバーの文字が表示されているにも関わらず、仗助はただぼうっと虚空を見つめている。

「ちょっと仗助、何回呼んでると思ってんのよ」

 その言葉とともに朋子からの蹴りを思い切り頭に喰らい、さすがに虚になっていた仗助も我に返る。

「いってえ、思いっきり蹴っただろ、今!」
「ずっと呼んでるのに返事しないからでしょ!お友達が来てるっていうのに」
「友達?」
「ホラ億泰くん、だっけ?来てるわよ」
「お、億泰が…?」

 心臓が強く弾んだのは名前に上がった彼が虚空を見つめていた原因であったからだ。しかし何のようだったか、と時計を見て考える。夜の8時を回ろうとしていた。なんか約束してたっけな、と思いながら仗助はゆっくりと玄関に向かう。
 玄関ドアを開けるとそこには確かに億泰がいた。「よ、よォ」と少しぎこちない声をかける億泰に「お前何の用だよ、こんな時間に」と欠伸交じりに尋ねると、やはりどこか変な様子の億泰が歯切れの悪い言葉ばかりを出していた。

「いや、あのよォ、その…」
「もう億兄なにオドオドしてるの!ちょっと私と変わって!」
「は?!」

 その声は明らかに億泰なものではなかった。しかし億泰以外に人は見当たらないと思っていたのだが、億泰を押し退けるように姿を見せた百々子を見て思わず仗助は素っ頓狂な声を出してしまう。

「ごめんね、東方くん。こんな時間に突然」
「い、いや、別に問題ねえけど、何事だ?」

 昼間に見たあの穏やかな表情とは一変して少しムスッとした顔つきに思わず億泰を見る仗助。しかし億泰は何かを必死に訴えるような目つきで仗助を見ていたのだ。

「冷静に考えたら昼間のこと少し疑問が残ってね」
「昼間のこと?」
「うん。広瀬くんが形兄のこと言ってたでしょう?」
「お、おう…」

 マジかその話か、と内心仗助も焦りを感じるが億泰がずっと後ろで首を振っているのがしっかりと視界に入っているので平常を装う。

「どうして学校に通っていなかった形兄のこと知ってたのかなって」

 仗助は正直百々子のことを侮っていた。彼女が億泰の妹であることを知る前、あのカフェでアルバイトをしている時の彼女は温和で物腰柔らかで、ほんの少し抜けているところがあるからこそ目を離せなくなるような放ってはおかないという気持ちにさせられたものなのだ。だからこそ、そんな百々子がこんなにしっかりと違和感を捉えていたことに驚きを隠せなかった。

「それは…」
「それにね、お父さんが写真をずっと大切そうに眺めてたの。その写真私見覚えなくてどうしたのかって聞いたら、億兄なんて言ったと思う?」
「……なんて言いやがったんだ?」

 これは確かに百々子の洞察力も長けている話ではあるが、それよりも億泰がやらかした方が問題である気がする。仗助はため息交じりにそう尋ねては、SOSを出し続けている億泰を少し睨んだ。

「東方くんが元に戻してくれたって」

 そうだよね億兄、と語気を強めた百々子を見て要因は確実に億泰だと思った仗助は先ほどよりもきつく億泰を睨みつける。仗助は今一度深いため息を吐く。更に百々子からどういうことか説明してもらえるかな、と真剣な眼差しで言われたため仗助は意を決してこう返した。

「本当ただの偶然だぜ。俺と康一が帰ってる時にボヤ騒ぎの真っ只中だった億泰が家から出てきてよ。助けてくれ、って必死だったもんで、放っとけなかったってわけよ」
「…そう、なの?」
「そう!そうそうそう!そうだぜ百々子!な、信じてくれたかよ?」
「じゃあ写真は?」
「そ、それは……」

 元気を取り戻した億泰はまたすぐにその勢いを失う。お前どんだけアドリブきかねえんだよ、と心の中でツッコミながらも仗助は更に続けた。

「ボヤが落ち着いたとき床に紙切れが散らばっててよ。それをかき集めて繋げただけだぜ」
「…でもあんな写真、どこに落ちてたんだろう?」
「あ、ああ、多分あれじゃねえか?兄貴は荷物の整理してたっぽいから、その荷物の中に紛れ込んでてよォ」
「……なるほど」
「納得してくれたか?」
「………うん、そうだね。東方くんが嘘をつくとは思えないし」

 今度は百々子が罰が悪そうに仗助を見上げていた。しかしその気持ちは仗助も同じだった。
 めちゃくちゃ嘘ついてごめん、と内心とても謝っている仗助だが、今は億泰の顔を立ててやることを優先した。彼の覚悟は先程しかと目の当たりにしていたからだ。

 まだ完全に納得しているとは言えない表情の百々子だったが、夜も遅いこともあり顔で「仗助、サンキューなマジで」と訴えている億泰を引き連れて家に帰ろうとする。

「ごめんね、こんなことで夜遅くに」
「いいや、全然」
「また明日な!仗助!」
「おう」
「東方くん、また明日ね」
「…おう」

 自宅からすぐ目の前に見える洋館に帰る二人の背中を見送る仗助は、再びため息をついて玄関に寄りかかる。いつも見ていたウェイトレス姿でもない、制服姿でもない、百々子の私服を見ることができたのは偶然の産物ではあったが、仗助は煮え切らない思いを抱いていた。

「東方、かぁ…」

 ぽそりと呟かれた言葉に彼の本心が込められていた。

prev booktop next
index