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 米花駅近くのとある喫茶店に呼び出されたなまえはバイクを飛ばし、相手から指定された目的地へと向かっていた。駅前の道路は仕事終わりの金曜日が最も混み合う。そんな経験則から裏道を駆使し、自慢のホワイトタイガーで夜の街を縦横無尽に駆け抜ける。愛車であるトライアンフ・タイガーはイギリスメーカーのオフロードバイク。つまり、どんな未舗装の道でもぐいぐい進める彼女の頼もしい相棒だった。

 母の影響でバイク党になったなまえだったが、就職祝いにと譲ってもらったハーレーでは小回りが効かず、かといって車を運転するよりはと、一年前、一目惚れしたこのオフロードバイクに乗り換えたばかりだった。基本は職場と家を往復するための交通手段だし、ツーリングに行く時間もないため安定的に長時間乗る性能は必要ない。その点、小回りがきいて自由に動けるのが最適解だと思えたのである。

 おかげで想定通り待ち合わせ時間の十分ほど前に到着し、相手より先に密談のテーブルに着くことができた。風で絡んだ髪をほどくため、しなやかにかきあげる姿は誰が見ても秀麗で思わず周囲が息を飲む。

 肝心の相手は待ち合わせの五分後に到着した。眼鏡をかけた、金髪のアメリカ系外国人女性である。


「Sorry, 待たせてしまったわね。あいにく道が混んでいて」
「いえ、想定内です。それより、きちんとお話するのはこれが初めてですよね。私は工藤なまえと申します」
「ジョディ・スターリングよ。よろしく」


 ふたりは軽く握手を交わすと、向かい合わせで席に着いた。注文を聞きにきた女性店員にコーヒーを頼み、改めて彼女と対峙する。余裕ぶってはいたが、実は少し緊張していた。

 場所や時間を指定されたのは確かになまえの方だったが、それはコナンを経由した約束だったため。本来であればこちらの方からジョディを呼び出し、直々に情報を仕入れるつもりだったが故に、なまえも今回ばかりは早く来て彼女を待つ立場でいたかったのだった。それも、話の内容が内容だけに、日常に溶け込めるような場所で。


「あなた、高校生探偵・工藤新一のお姉さんなんですってね。それで組織のことも知ってるって、クールキッドから聞いたわ」
「ええ、まあ」
「仕事は何を?」
「東都医務院で監察医をしています」
「監察医……なるほど。だからあのとき、自分が『医者』だと言っていたのね」


 あのとき、とは銀行強盗事件のことを指しているのだとすぐにわかった。なまえは少し身構え、ごくりと生唾を飲み込む。今回、聞きたいことの大半が、あの事件との関わりを持つ話だったからだ。

 コーヒーが運ばれて来て、ふたりはそれぞれ黙って口をつけた。カップを置いた瞬間が、開始の合図。なまえはおもむろに質問の口火を切る。


「その、銀行強盗事件のとき」
「……」
「あのとき、あなたと一緒にいた『火傷の男』について、詳しく私に教えていただけませんか?」


 ジョディはまさかそんな話が来るとは思っていなかったらしく、一瞬、ひどく驚いたような顔をした。が、そこはさすがのFBI捜査官。すぐに表情を戻し、冷静にその理由について尋ねる。

 しかし、その質問もなまえにも想定内だった。今一度、あの火傷の男のことを思い出し、そして確信をつくように言う。


「私の知り合いに似ている気がして」


 それは初めて火傷の男に会ったときから、なまえがずっと感じていた予感のようなものだった。自分だけにしかわからないと思うし、誰にも理由を上手く説明もできない。だが、あの男は不思議なほど高校時代の旧友である、降谷零によく似ていると思う。なぜあんな変装をしているのかはきっと、何か彼なりの説明できない事情があるに違いない。

 一方のジョディは「知り合いに似ている」という点に納得したように頷き、そしてひとりごとを呟くように言葉を続けた。


「じゃあ、あなたもシュウと知り合いなのね」
「……シュウ?」
「とぼけなくてもいいわ。赤井秀一。彼のことよ。元FBI捜査官で私の同僚。組織に仕掛けられた罠だと知りながらたったひとりで来葉峠に出向き、その後、焼けたシボレーの中から発見された……焼死体でね」


 その話にはあまりの驚きで声を失くした。ジョディは続けて、なまえがどこまで黒づくめの組織のことを知っているかを尋ね、そしてひとつずつ足りないピースを補うように説明を続ける。

 まずはCIA諜報員として組織に秘密裏に潜入していたテレビアナウンサー・水無怜奈の存在。最初は敵だと思われていた彼女をFBIがとある作戦で確保し、そして取引を持ちかけ、情報収集を目的として彼女に組織への再潜入を課した。しかし、再び彼らの仲間として活動するためには信頼を得るための対価が必要である。そこで彼らは、かつて組織にも潜入していたことのある最も脅威的な存在「銀の弾丸シルバーブレッド」であったFBI捜査官・赤井秀一の抹殺を踏み絵的に水無に命じた。

 決行は奇しくも今日と同じく13日の金曜日。来葉峠の七つ目のカーブを抜けた先にて。そこで水無と赤井の間にどんなやりとりがあったかはわからないが、結果的に赤井は頭を撃たれ、水無の手によって殺された。その後、付近で偶然あった事故処理に当たっていた日本の警察が、時限発火的に爆発するシボレーに遭遇。その中から発見されたのは、彼の癖でもあったポケットに手を入れたままの、右手だけが焼け残った死体。

 そして最後に。生前、赤井秀一が触ったコナンの携帯電話についていた指紋と、その死体に残った右手の指紋が完全に一致したということ。


「来葉峠に呼び出されたシュウは、彼女に頭を撃ち抜かれて死んだ……そう思っていたけれど、あの銀行強盗の事件から再び、私たちの前に現れ始めたのよ。百貨店爆破未遂事件のときだって、そう。右目に大きな火傷は負ってしまったようだけれど、どうにかあの燃え盛るシボレーの中から抜け出して、生き延びたんだわ」


 ジョディは誇らしげにそう言うと、財布に大事そうにしまってあった端の折れた一枚のコースターを見せてくれた。これは彼女が米花百貨店のカフェにいたとき、少し目を離した隙に置かれていたものだと言い、裏面には走り書きのような文字でこう書かれてある。「逃げろ このエリアは危険だ」と。

 一連の話を聞き終えるや否や、なまえは自分の持っている情報とあわせて頭の中で整理した。そして、嬉しそうに話す彼女の気持ちをないがしろにするようで申し訳ないが、恐る恐るジョディに向けて口を開く。


「じゃあ、あなたの言うその『赤井秀一』はやっぱり死んでいるということで間違いないですよ」
「え?」
「だって、日本警察の鑑識が最もポピュラーな鑑定方法である指紋照合をミスするとは考えられませんし、それに」
「……」
「私が彼の解剖を担当した監察医ですから」


 そう言うと、ジョディの瞳が大きく揺らいだ。非常に酷なことをしているとはわかっている。しかし、自分はこの目であの死体を見た。もちろん、身元不明遺体として検案書は提出させてもらったが、あの焼け残っていた右手の指紋が覆せないすべての事実を物語っているのである。科学は誰にも嘘をつかないし、自分も絶対的な信頼と確信を持って常に解剖に望んでいるプライドがある。すべては真実を解き明かすために。

 もっとも、その結末まで読んだ上で、先の先まで見通せる神がかり的な頭脳があれば。もちろん話は別だが。


「気を悪くさせてしまったならごめんなさい。話してくれてありがとう」
「いいえ……役に立てたのなら」


 ジョディはしばらくショックでろくに口が訊けなくなってしまったようだった。その様子を見て、そういえば銀行強盗事件のとき、火傷の男も口が訊けなかったことを思い出す。実際は、なまえを叱責するほどの声は残っていたようだが、話を聞いた今も、あの説明はいまいちつかない。それに、なまえが睨んでいる「降谷零=火傷の男」である可能性に関しても、疑惑のパーセンテージは少しも変わり映えしなかった。

 ただ今回わかったこととしては、赤井秀一という男性の死に新一が深く関わっているということ。そう断定できる理由は、あの日、工藤邸にわざわざ来て来葉峠で発見された死体の情報を聞きたがったことからも察せられる。それに、証拠として提出されたのがコナンの携帯電話だったということも、そのまま素直には受け止めきれない。

 詳しく話を聞く余地があったのは、実は身近にいた弟の方だったのかもしれない。なまえはそう思い、いつもながら彼を思って呆れた。

 いや、呆れたのは彼の好奇心にではなく、もしなまえの推理通りだった場合の、彼の頭脳に、ではあるが。



case13. コードネームはバーボン


「今日はありがとうございました。貴重な話を聞かせてくれて」
「いいえ、構わないわ。私の方こそ、少し取り乱してごめんなさい」

 店を出ると、小雨が降り出していた。なまえは雨よけも兼ねてヘルメットをかぶるために髪を振る。そんなとき、ジョディが思い出したように口走った。


「そういえば。その来葉峠の事件の後、水無怜奈から組織に関する新しい情報が入ったの。一応、あなたにも共有しておくわね」
「ええ」
「どうやら組織の新しいメンバーが動き出したみたい。情報収集能力、観察力、洞察力に恐ろしく長けた探り屋で、コードネームは……バーボン」
「……バーボン?」
「あなたも気をつけてね」


 そう言うと、ジョディは持って来ていた折り畳み傘を開いて去って行った。なまえは粉々に撃ち砕けそうな心を抱え、嫌な予感に震えている。

 バーボンと言われて真っ先に思い浮かんだのは、今も家にいるであろう考えたくもない「彼」の存在。バーボンウイスキーは彼が工藤邸に来たときからカウンターの上に常備されていて、これを飲むのが楽しみなのだとつい最近、話を聞いたばかりだった。しかも「彼」が来たのは来葉峠の事件のすぐ後。水無怜奈が情報提供をした時期とも、ぴったり重なる。

 沖矢昴。そして彼もまた、誰かの変装だった。

 先日、彼からキスを受けた頬が急に熱くなったような気がして。いち早く事実を確認するために、急いでホワイトタイガーは工藤邸へと引き返したのだった。

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