25...
例の小包届いたわよ、という連絡を灰原から受け、仕事終わりに博士の家に立ち寄る。玄関で待ち構えていた小さな彼女に呆れ顔で出迎えられると、なまえは中に通され、さっそく受け取ったその荷物の開封の儀を始めた。家に持ち帰ってから開けてもよかったのだが、それは灰原の功績があって初めて手に入れられたものなので一応彼女にも確認して欲しかったのである。
小さな箱の中から出てきたのは、鮮やかなほど真っ赤な衣装。いつかの銀行強盗事件に巻き込まれてしまったがために、支払いし損ねた緋色のワンピース。多忙を極めるなまえに代わって支払い期限を灰原になんとか伸ばしてもらった経緯で、結果的には博士宅に送られてくることになってしまったが、ついに手元に到着した一点ものである。
「いい感じに目立つわね、そのワンピース」
「どうしても一目惚れで……」
なまえは照れ笑いを浮かべながらそう言うと、新しく手に入れたお気に入りをお披露目するようにふたりに広げて見せた。袖丈は五分。ウエスト部分には女性らしいくびれがあり、スカート丈は膝までのシンプルなAライン。セクシーというよりはフェミニンな様相をしていて、普段使いはもちろんだが、ちょっとしたパーティなどのフォーマルな場でもきっとその場に映えるだろう。
ワンピースの肩を、自分の肩に当てて丈などを確認しながら、博士が親切にも持ってきてくれたキャスターつきの姿見鏡の前でなまえはくるくると回ってみせる。その姿はまるで浮かれた少女のようで、灰原も博士も笑顔でその様子を見守っていた。
「どうかな?」
「おお、いい感じじゃ! なまえくん!」
「悪くないんじゃない? あなた、色も白いし。この世の男は全部イチコロにできそうね」
「イチコロ……?」
「で。それ、昴さんとのデートのときにでも着るわけ?」
「えっ」
突然、灰原からそんなことを言われて驚いたなまえは、思わず言葉に詰まった。というか、いつから彼女は「昴さん」なんて呼ぶようになったのだろう。この前まで彼の姿を見る度に怯えていて、後ろに隠れていたというのに。新一が誘拐されたときからだろうか。そういえば、あのときの沖矢はまるで灰原の正体を知っているような口ぶりだったし、灰原もまた、それを沖矢に知られることをよしとしていたようにも見えた。何か彼らの関係に進展があったのだろう。なまえはそう察する。
しかし、なまえはそれよりもまったく別のことで頭がいっぱいだった。デートという単語で真っ先に思い浮かんだのは、実は沖矢ではなく、安室の方。何を企んでいるのかいまいちわからない彼が、あの夜、堂々と自分にデートを申し込んできたことを思い返す。
正直に言って、沖矢にデートを申し込まれたときとは彼には悪いが心境的には全然違った。それが一体何を意味するかは自分でもよくわからないし詳しく説明もできないが、おそらく彼が旧友である降谷零と同じ顔をしているからだろうとなまえは結論づける。諸伏と降谷の三人で出かけたことは昔からたくさんあったが、降谷からふたりきりでデートを持ちかけられたことはない。先日の、東都タワーは別として。
もし、高校時代にそんなことを言われていたとしたら、自分はどうしていただろうか。そんなことを考えて、一瞬、胸が痛くなる。
「……ちょっと?」
「え、あ。ううん! っていうか、昴くんとは別にデートとかじゃないから。もっと別のときに着ることに、する……」
「そう。精々、赤い色に怖気づいてタンスの肥やしにはしないようにね」
灰原はそんな皮肉を言ってソファに座った。なまえはワンピースを元あったように折りたたんで丁寧に箱に戻し、帰る支度をする。
阿笠邸のリビングにてつけっぱなしになっていたテレビでは、偶然にも明日の天気予報が映し出されていた。明日の関東地方は午後から雨が降り出し、夕方から帰宅時間帯にはピークに達するでしょう。激しい雨に注意してください。そう言ったパステルカラーのよく似合う女性リポーターに、なまえはぽつりと呟く。
「激しい、雨……」
「おや? 明日、何か予定でもあったのか?」
鏡を片づけた博士が様子に気づいてそう声をかけてきた。なまえは力なく笑って、手元の緋色のワンピースに目を落とす。
「ううん。雨なら、着ようかなと思って」
「雨ならって……おお、そうか! 雨ならバイクは置いて『いかん』と『いかん』し!」
「博士、それ寒い」
早々にツッコミを入れる灰原と、手厳しいのう哀くん……とうなだれる博士に「おやすみ」を告げて家を出た。なまえは沖矢に言われたことを思い出している。
『あの金髪の、彼。まるで狼のようで危険です。あまり近づかないようにしてくださいね』
その言葉に、ふっと笑う。
「明日、これを着たら……赤ずきんちゃんみたいになっちゃうのかな」
いいつけを守らなくて狼に食べられる、悪い赤ずきんちゃんに。
case25. それぞれの雨
同日の昼間。喫茶ポアロの店員である榎本梓は客が少なくなった時間帯を見計らって、同じくポアロの店員である安室透を注意深く観察していた。ここのところの安室は何か気がかりなことがあるようで、先輩である梓は必死になってその「何か」について解こうとしているのである。しかし、全然わからない。安室が何かに悩んでいるとするなら、それが店の売り上げに直結してしまいかねないので心配なのだ。……特に、JKの売り上げに関しては。
ただ、実のところヒントは数個得ているのである。安室が店の前を掃除しているときに、しょっちゅう空を見上げていること。カウンターで新聞を読んでいる客がいれば、コーヒーを淹れながらその一面をじっと睨んで読んでいること。鶴山のおばあちゃまに、雨漏りのことを聞いたりすること。傘の忘れ物に敏感なこと。
以上の理由から、天気が関連しているのではないかと仮説を立て、梓は意を決してその確証を得るために安室に声をかけた。
「安室さんって、最近よくお天気のこと気にしてませんか?」
「え? よくわかりましたね」
ほら、ね。内心、梓はドヤ顔をして名探偵になったつもりであった。しかし、安室はすぐにその「トリック」を見抜く。
「まあ、気づいたのはコナンくんでしょうけど」
「わー、やっぱりバレてたー」
「新聞の一面をじっと読んでいたのが一番わかりやすかったですかね? 一週間の天気予報が載っていたのでつい見入ってしまって」
お客さんの新聞を立ち読みなんて、本当は失礼に当たりますけど。と、茶目っ気溢れる笑いを浮かべて、再び皿洗いという名の業務に戻る安室透。梓はその背に、先輩として声をかける。
「そんなに心配にするほどの何か大事な予定があるなら、その日が晴れるようにてるてる坊主でも作りましょうか?」
しかし、その提案は笑顔で安室に拒否される。
「いや。逆ですよ、梓さん」
「え?」
「雨が降って欲しいんですよ、僕は。それも一際、強い雨がね」
梓はやはりよくわからないと言った顔をして、タイミングよく注文に呼んだ客の元へと向かっていった。名探偵・梓は、やはり無理そうである。
一方の安室はその姿を少し笑みながら眺めていた。実は、今の彼はすこぶる機嫌がいい。
明日、ずっと待ち望んでいた雨が来る。それは正真正銘、工藤なまえとのふたりきりで初めてのデートを決行する合図の雨だった。