04...
「なまえ、この前は非番だったらしいのに急に呼び立てて悪かったわね。これ、目暮警部から差し入れ。甘味堂のどら焼き! 並んだわよ!」
警視庁刑事部捜査一課・佐藤美和子警部補は快活にそう言うと、なまえをはじめとした職員たちに重量感のある菓子折りを差し出してきた。呼び立てるも何もそれが自分たちの仕事だし、よくあることなので別段構うほどのことではない。むしろわざわざ捜査一課のアイドルに出向かれて、こちら側がたじたじになってしまう。
しかし、そんな彼女をよそに、この医務院の所長を務める中年男性が嬉しそうに現れ、どら焼きを大事に抱えて引っ込んでしまったので、上司のことながらなまえは苦笑いしか浮かべられなかった。青い猫型ロボットでも、もう少しちゃんと礼を言うと思うぞ。
なまえにとって佐藤美和子という存在は、仕事上、顔を見合わせることも多く、同年代の紅一点という共通点もあって仲のいい警察関係者のひとりだった。最近、同じ一課の同僚とつき合い始めたと聞いていたが、おそらく一緒に来ているあの素朴な彼のことなのだろう。オフに近い雰囲気のせいか、ふたりの話し方や接し方でなんとなくそれがわかる。
「私は栗どら焼きの方がいいって言ったんだけど、高木くんが普通のでいいって言うから」
「目暮警部のポケットマネーだったので……」
「『普段からなまえくんには世話になってるし、少々大盤振る舞いでもいいぞっ!』って、警部言ってたのになあ?」
「さ、佐藤さーん……」
一方でなまえは、目に見えて微笑ましく映る彼らに重ね合わせるように自らの過去を振り返っていた。
恋人を作ったことがないのは、高校時代に出会った大切な男友達ふたりのことを未だに忘れられなくて、なかなか彼ら以上の人に出会えないから。六年ほど前からふたりとも音信不通だし、もしかしたら自分は気づかぬうちに酷いことをして、嫌われてしまったのかもしれない。それでも彼らの無事をいつまでも願っている自分が、ひどいくらい滑稽な存在に思えて仕方がなかった。
この仕事を始めた理由も、続けている理由も。結局は彼らに帰結して離れられない。まるで、ずっと過去に縛りつけられているようで自分で自分が情けなくなってくる。
抜け出せない輪に、入り込んでしまったのは自分か。
「なまえさんは恋人、いらっしゃらないんですか?」
「へ?」
高木くんと呼ばれた美和子の彼に、なまえは不意打ちの質問を食らう。
「しっかりしていらっしゃいますし、意外と年下なんて似合いそうかなって。あはは……」
年下。そう言われて思いついたのはなんと高校時代の美しい思い出たちではなく、今も家にいるであろう謎めいた大学院生の方だった。確かに「沖矢昴」という人はなまえのふたつ年下という話であったが、失礼ながらあまりそんな風には見えない。妙なほどの落ち着きと、人を年上とも思わぬようなあの態度。よく考えれば、血縁関係もない学生と同居しているという状況はいろいろと大丈夫なのだろうか。
なまえは沖矢昴について闇雲に考えを広げて、収集できずに途中ですべてを否定した。いやいや、あれはない。断じて、ない。無茶ばかり言う弟のせいで仕方なく承諾した、ただの同居人である。
ひとり問答にどっと疲れてげんなりした気分をぶら下げたまま、なまえは仕事に戻るために踵を返した。
「年下が似合うのは美和子の方。おふたりともお似合いです。Happily Ever Afterってことで」
「あっ、なまえ! ちょっと!」
「結構なものを頂戴致しまして。目暮警部には何卒よろしくお伝えください」
背後で美和子がまだ何かを言っているような気がしたが、足は止めなかった。なまえはそのまま事務所に戻り、所長のデスクに置かれたどら焼きをひとつ。拝借するように頬張って、時計を見る。
休憩時間、もう少しあるな。
そう思い、携帯電話片手に誰もいない裏口から外に出た。
case04. どうぞお幸せに
裏口に出たのは電話の内容を聞かれないためであったが、本当は、万が一にもその心配は無用だった。なぜなら相手は出ないから。なまえはそれでも手慣れたように携帯電話を操作し、登録された連絡先からひとつを選んで発信ボタンを押す。
何度、機種変をしようとも消せなかった電話番号がふたつある。ひとつは高校時代の友人である、諸伏景光のものだ。
『おかけになった電話番号は、現在、使われておりません』
相手に着信を通知されるような素ぶりもなく、かけた瞬間に流れるこの抑揚のないアナウンス。正直、何度目かわからないくらいで聞き飽きた。「使われていない」という言葉に、それ以上の意味はない。そしてこれから先、未来永劫に使われることもないのだろう。
なまえは壁に力なくもたれながら、ふたつ目の電話番号を選び、同じく発信する。
対してこちらは、まだ番号が生きている音が聞こえた。
「零、出て……」
力なく彼の名を呼ぶ声は、まるで冷たい空気に溶け込むように相手に届かず空虚に消えた。たとえ番号が生きていても、この六年間で一度も繋がったことはない。大切な高校時代の友人の、もうひとり。降谷零。
こんなにも、君たちの幸せを願っているというのに。
「あら、バーボン。電話、鳴ってるわよ」
どこの素敵なレディからかしら? と試すように言うブロンドの女性。ベルモットは赤く塗った唇を愉快そうに歪めて笑う。いつも聞く着信音と違うことはお見通しで、そんなことをするのはよっぽど特別な女だろうと推察したからだ。
一方、バーボンと呼ばれた同じくブロンドの青年はまるで彼女をあしらうように鼻で笑うと、一気にアクセルを踏み込んだ。電話には出ない。それを態度で示されたようでベルモットには面白くなかった。
「……出ないの?」
「出ませんよ。ビジネスの途中ですからね」
「いいじゃない。私が許可してあげるわ」
「いえ、遠慮しますよ。それに、これは僕にとって幸せの音なんです。ずっと、鳴っているのを聞いていたいくらいにね」
青年はそう言って、にこやかに笑った。そうだ。この音を聞いている限り、相手は「自分たち」のことを忘れていないと感じ、自分の強さに変えられる。そして、同時に彼女の幸せを守りたいと心から願えるのだ。
彼女のいない場所で。
「Happily Ever After」