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Phase.14 私の好きな人


 私に歩幅を合わせながら心地よく歩いてくれる高明くんの隣で、私は今日の授業でわからなかったところを思い出しながら弾むように彼にいくつも質問を繰り広げていた。普段、勉強を教えてくれるのは決まって毎週水曜日。お互いの家からちょうど中間地点にある図書館の自習室で、放課後ほんの数時間だけと決めている。適度に空調が効いていて、静かで、無料。それゆえに受験を控えた高校生か大学生くらいの人たちばかりが利用しているので私たちははっきり言って浮いているが、そこでもやはり兄妹としか思われておらず、利用申請者欄に名前を書く際、苗字が違うことをいつもびっくりされる。

 お互いの家に行かない理由は、単純に高明くんの新しい家が残念ながら少し遠くなってしまったからだった。だからもうあの公園で彼を見かけることはないし、道ですれ違うこともない。私が何処かへ出かけて遅くなってしまったとしても、もうきっと彼の耳にはそんな連絡は届かないし、探しには来てくれないだろう。そうして会う回数が減ってしまった分、水曜日でもない今日に迎えに来てくれたことがものすごく嬉しくて。つい饒舌にベラベラと私ばかりが話し込んでしまっていた。


「でも珍しいね。高明くんが学校まで来てくれるの」


 私の言葉に、彼は意味深に微笑む。


「実は君に見せたいものがありましてね」
「え?」


 そう言って、彼は私に一通の封筒を寄越してくれた。宛先は当然、高明くんのものなのだが、そこに書かれた差出人はなんと諸伏景光。私はその文字を見るだけで興奮で胸が躍って、思わず人目も気にしないような大きな声が漏れてしまう。


「えーっ! ヒロからだ! 読んでもいい?」
「ええ。構いませんよ」
「やった!」


 さっそく私は封筒を開け、歩きながらその手紙に目を通した。久しぶりに見た景光の文字は、前よりもちょっと綺麗になっているような気がした。


『兄さんへ

 お元気ですか? ぼくは元気です。こっちに来てからあたらしい友だちができて、その子といっしょによくあそんでいるよ。声もすこし出るようになったんだ! もっとよくなったらまたでんわするね。

 なまえちゃんにも手がみを出したいから、じゅうしょおしえてって言ってほしい』


「声が出るようになったんだって!」
「そうみたいですね」
「わー、よかった! なんだか自分のことみたいに嬉しい!」


 私は景光のことを抱きしめられない代わりに、その手紙をぎゅっと抱きしめた。景光が手紙の追伸として書き記すほど、私のことを覚えてくれていたと知れたことが何よりも嬉しかった。彼の記憶が混同していると聞いたときは悲しくて、葬儀のときも見送りの長野駅でも、彼を苦しめないためにひとつひとつの言葉を吟味しながら一生懸命話しかけたけれど、そのときはやはり失声症がひどく、親友の口から言葉が返ってくることがなかったから本当に心配していたのだ。でも、この手紙の空気感から察するに、きっと私だけじゃなくて景光自身も返事ができないことを気にしていたように思う。その思いが通じ合っていると感じられただけでこれまでの心が一気に軽くなっていくようだった。

 それにしても一体、どんな子なのだろう、その彼の新しい友達というのは。私はその子に本当に感謝したいと思う。いつか会って、直接お礼を言える日が来るといいな。そんな夢を思い描いて、いつまでも親友の幸せを祈る。


「なまえも誰か仲のいい友達はできましたか」


 高明くんの質問は、いくら勉強が得意になった私でもちょっと難しかった。私は薄い苦笑いを顔に貼り付けたまま、手紙を彼に返す。


「うーん……。私はまだいいかな、勉強頑張らなきゃだし」


 もともと勉強が得意ではなかった私が人よりいい成績を取るには、やはり人の三倍は努力しないといけないだろう。高明くんのように東都大を目指している訳ではないけれど、警察官になるにはそれ相応の努力が必要だ。だから私は秀才である高明くんに習って勉強することを決めたのだ。警察官になって、彼らの両親を殺害した犯人を捕まえるまで。友達作りはその後でもいい。


「一度、聞いてみたかったんですが」


 高明くんは何やら改まって聞きたいことがあるらしく、言いにくそうにそう切り出した。私は頭に疑問符を浮かべながら、首を傾げて彼の方を見つめる。


「君は景光のことが異性として好きだったんじゃないんですか?」
「えっ! ち、違うよ!」


 どうやら彼は、私が景光に対して恋愛的な感情で好意を抱いていて、離れ離れになった寂しさから友人作りを疎かにしていると思ったらしい。半分当たっているが、半分間違っている。確かにひとりぼっちになってしまった寂しさから意地を張って、彼ら以上の友達をそこまで必死に作ろうとはしていないという面はちょっとだけあるかもしれないけれど、そこに愛やら恋は全く絡んでこない。

 私が慌てて否定するも、その様子が余計に隠しているように見えたらしく「別に僕が彼の兄だからといって取り繕わないでもいいですよ」と頓珍漢なことを言ってくれた。でも、本当に違うから。むしろ私が好きなのは高明くんの方だから。そして、それが毛程の可能性もないと気付かされるのも、ちょっと乙女心的には傷つくから。……と、当然そんなことは言えないので、私は乾いた笑いを浮かべつつ、本当に違うの、と努めて冷静に彼に伝えた。すると、すぐに彼は落ち着いて謝罪モードに突入する。


「申し訳ない。随分仲が良かったので……無粋なことを聞きましたね」
「ううん、別にいいよ……。私も、ヒロ以上に仲のいい男の子なんていないから」


 とっさに私はクラスにいる男子を想像してみた。あの問題児グループだってさすがに亡くなった有里ちゃんの机にプレゼントを置く風潮になってからは大人しく、折り鶴が折れないからと紙飛行機を折って引き出しに入れてくれていたこともあって、雰囲気自体はすごくよくなった、けれど……好きになるかと言われればそれはまた別問題な気がする。それに小学二年生という身分で恋を自覚するのは、きっとテストで百点を取るより難しいことだろう。私の高明くんへの気持ちだって、一応自覚はしているものの、たぶん大人から「でもそれってただの憧れでしょう?」と言われればそうかもと思ってしまうほど脆いものだし。

 きっと数年経ってからアルバムを眺めるみたいに、この気持ちが恋だったとハッキリわかるときがいつか来るのだと思う。私はそれを気長に待ちたい。


「私の好きな人は……」


 私は地面を見つめながら、彼に聞こえないほどの小さな声で呟いた。案の定、高明くんの耳には届かなかったようで、私は照れを隠すために遠慮なく話題を変える。


「い、いつかこの手紙の子に会ってみたいよね! ヒロの友達ならすぐ仲良くなれそう」
「ああ、ええ。そうですね」


 私は顔も見ていない彼の新しい友達に、ミッちゃんの顔を当てて思い浮かべていた。ミッちゃんはたぶん私にとって一生普通に生活していれば仲良くなれない感じの人だった。私とはタイプが違いすぎるし、やけに突っかかってくるし。それでも、景光がいたからこそ、あの日一日だけでものすごく仲良くなれたのだ。だからきっと、新しい友達がどんな人でも景光が選んだという時点で仲良くできる自信がある。

 それにしても、ミッちゃんに会って景光のことを教えてあげたいけれど、あの獣道をひとりで登って迷わない自信がないのでひょっとするともう二度と会えないのかもしれないな。せっかく秘密基地に来てもいいと許可をもらったのに、惜しいことしちゃった。そう思うとすごく残念な気持ちになった。


「それで」
「ん?」
「君の好きな人はどんな人なのですか?」
「は、聞こえてたの!?」
「ええ、まあ。それで?」


 同じクラスの誰かですか? 悪気なくそう尋ねてくる高明くんに私は答えるのが嫌でついベーッと舌を出して三歩先を行く。


「高明くんには一生教えないよーっだ!」


 我ながら可愛くない態度だが仕方ない。でも、きっとこの気持ちを彼自身に伝えることはこの先一生ないだろうから。私は高明くんに赤い顔を見せないようにくるりと正面を向いて、隠れてふふふと笑っておく。お日様がキラキラしていた。

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