22…


「大体、君は危なっかしいというか。警戒心を持てと注意した矢先にこれですか」
「すみません……」


 高明くんからの説教は、もうかれこれ二十分ほど続いていた。私はもはや苦笑いで聞き流し、話の切れ間に謝罪を織り込むことで彼の小言をひとつひとつ受け流していく。しかし、謝罪のレパートリーが少な過ぎてすぐに語彙が尽きた。明らかに勉強不足である。


「妙な胸騒ぎがしたのでお願いしたのですが、今回ばかりは敢助くんに頼んで正解でした。話を聞いたときは頭が真っ白になりましたが、なまえに怪我がなくてひとまずよかったです」
「恐れ入ります……」
「これに懲りたら、警察官の夢は諦めてもいいのですよ」
「え、やだ、なんでそんなこと言うの」
「……」


 意地悪を言って黙りこくってしまった高明くんに、私はちょっぴり舌を出す。顔が見えない電話で本当によかった。じゃないと、もう口を聞いてもらえなさそうなくらいには態度が悪い。

 今回起こった事件では確かに危ない目には遭ったけれども、そのおかげで予知夢についてはかなりの収穫があったと私は自分なりに手応えを感じていた。つまり、予知夢をいつも運命的に受け入れる必要はなく、必要に応じて自分の選択を変更すれば未来を変えられる場合があるということだ。それは今後、警察官になったときに大きく役に立つ日が来るだろう。そんな風に、肯定的に捉えている。


「ところで、一点、気になっていることがあるのですが」
「うん?」


 高明くんは突然、話題を変えるようにそんなことを言い出した。私は彼の言葉の続きを忠犬のように静かに待つ。


「君は最近、催涙スプレーを持ち歩いているのですか?」
「えっ、ああ。もしかして大和さんに聞いた?」
「ええ。彼が言うには催涙スプレーを持っていたのだから、一応、身辺には気をつけていたのではないかと。だからそんなに怒ってやるな、と言われました」


 ナイス、大和さん。私は電話口で小さくガッツポーズをして、無自覚な彼のアシストに心の底から感謝した。

 催涙スプレーを持っていた本当の理由は、あの日、あの場所に強盗事件の犯人が来ることを知っていたからだけれど、それを言うことはつまり自分の予知夢体質を明かすことになってしまう。なので、私はそれを隠し通すために大和さんの言葉を利用し、喜んで高明くんの言葉を肯定した。


「そうそう。東京で高明くんが気をつけろって言ってくれたから」
「それはいい心掛けですが、闇雲に使わないように」
「わかってマス」


 私は露骨に軽い返事をする。高明くんはまた呆れているらしい。


「では、また連絡します。驚いたでしょうから、今日はゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう。じゃあまたね」
「ええ。おやすみ、なまえ」
「あ、うん……、おやすみ。高明くん」


 ツーツーと切れた電話の音で、私は自分の心臓が早くなっていることに気が付いた。高明くんからなまえという名前付きで「おやすみ」と言われたのは、これが初めてかもしれないと思ったからだ。彼の優しい声色が、まるで私のことを好いているように聞こえて。そんなわけないのに、都合のいい鼓膜にぺったりとこびりついてしばらく離れてくれそうにない。やっぱり私は、何年経っても高明くんのことが好きだ。



Phase.22 Best Friend Forever


 あんな事件があったので昨日は臨時休業をしていた書店だったが、二日後にはもう普通に開店していてその立ち直りの速さにはさすがにびっくりした。一度、店の前を何事もなかったかのように通り過ぎて観察してみたのだが、もうマスコミは逮捕されてしまった犯人のことなど一気に興味を失くしてしまったらしく、いつもの平穏を取り戻している。一応、人質になったという意味で今回の事件の被害者である私は、お店に近付くことすら最初は緊張したが、結局新刊が買えていない欲に負けて「ええい、ままよ!」と立ち寄ってしまう。自分が有名人になったような気で意味もなく息を止めてレジを一瞥してみたが、今日は別の人が暇そうに突っ立っており、あれだけバックカウンターに山積みになっていた在庫の本も見当たらない。

 何だか自分だけが意識しているような気がして恥ずかしくなり、目当ての本だけ購入してさっさと帰ろうと新刊コーナーに移動したとき、唐突に背後から声をかけられた。


「ねえ、ちょっと」


 その声は聞き覚えがない若い女性のものだった。私は思わず表情を固くして、くるりと後ろを振り向く。


「急にごめんね、驚かせちゃったかな?」
「あなたは……あのときの!」
「まさかあんなことがあった二日後にまた事件現場で会うなんて。ふふ、これも何かの偶然ね!」


 そう言って屈託なく笑ったのは、あの事件があった日に犯人が落とした刃物を拾いに走った女の子。私と同世代くらいの、違う学校の学生服を着ている女子生徒だった。


「私の名前は上原由衣。あなたと同じ学年だって敢ちゃんから聞いたんだけど、合ってるかな?」
「敢ちゃん?」
「ほら、犯人にラリアット決めてた彼よ。大和敢助。私の幼馴染なの」


 私はとっさにあの日のことを思い出す。催涙スプレーを所持していることがバレて犯人に強く喉元を絞めつけられて苦しんでいる私のところへ、すごい形相で走ってきた、彼。高明くんには彼が大和敢助という名前だということは既に聞いていて知っていたが、女の子の方の話は詳しく聞いていなかった。というか、あの粗暴な大男である大和さんがまさかこんな華奢で可愛い女の子と幼馴染だったなんて。何というか、失礼承知で言うなら死ぬほど意外である。


「なるほど……。あっ、私はみょうじなまえです。同じ学年ならあなたじゃなくてなまえって呼んでほしいな」
「もちろん。じゃあ、私のことも由衣でいいわよ」


 そう言うと、由衣ちゃんは一瞬気まずそうに目線を泳がせて話題を探す。きっと私を見かけた勢いで声をかけてしまった反面、何を話すかはまったく考えていなかったのだろう。わかる、たぶん私も逆の立場なら同じことをしてしまっていたと思う。


「えーっと。敢ちゃんと諸伏さんは同級生で……そのつながりで私とも面識があるの。敢ちゃんからなまえは彼の妹みたいな存在だって聞いてるけど。でも、今まで私たちって会ったことなかったわよね?」
「うん。由衣ちゃんの幼馴染の“敢ちゃん“なら、何年か前に、ひったくりを捕まえてるところを見かけたことがあるけど」
「ああ! そんなことあったあった! 実はそのとき、私もいたんだけどね? たぶん、ひったくりされたおばあさんの鞄を拾いに行ってたんじゃないかなあ」
「なるほど、だから会わなかったんだ」
「ニアミスだったのね」


 そういえば、あのとき大和さんが高明くんに鞄がどうのこうの言っていたような気がする。私は数年前の記憶の箱をひっくり返して思い出し、由衣ちゃんに話を合わせた。

 再び話に一区切りがついて、残念ながらまた話題がなくなってしまった。今度は私も気まずくて何か他に話のネタがないかと辺りをキョロキョロとしてみたけれど、生憎、何も思い浮かびそうにない。また由衣ちゃんに頼ろうかとその顔を見やれば、私と違って彼女の頬はなぜかちょっとだけ赤かった。そして、明らかに少し照れながらこんなことを私に耳打ちするように言う。


「ねえねえ。私たちってもっと早く出会っていたらいい友達になったと思わない?」
「え?」
「だって、敢ちゃんからの又聞きだけど、なまえも警察官目指してるんでしょう? 実は私もなの。仲良しの巡査さんがいてその人みたいになりたくて」


 ちなみに敢ちゃんもそうなんだけどね、と由衣ちゃんは恥ずかしそうに笑った。大和さんの話をしているとき、彼女の表情はとっても明るくてとっても可愛い。つまりそういうことだと察するまでそんなに時間は要せず、私はますます自分と由衣ちゃんの境遇が似ていることに気が付く。同じ年で、女の子で、夢は警察官。それから、六歳年上の人に片想い中。仲良くなれない要素がない。

 もっと早く出会っていたらと彼女は限定的に言ったけれど、私としては、ここで逃してしまうには惜しいから。だから思わず、らしくもない提案を彼女に向かってしてしまうのだ。


「ねえ、由衣ちゃん」
「うん?」
「友達ってまだ遅くないんじゃないかな……?」


 すると、彼女はとびきり嬉しそうな表情で微笑んだ。


「だよねっ!」


 それは景光と有里ちゃん以来、私にも初めてきちんとした友達ができた瞬間だった。そして、私にとって由衣ちゃんは今後、長い付き合いの大親友になることをこのときはまだ予想だにしていない。

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