23…



Phase.23 告白の賭け


「えっと、じゃあ大和さんにはまだ好きだって言ったことないんだ」
「あ、当たり前でしょ! 恥ずかしくてそんなの言えないわよ」


 目の前でバタバタともがいて恥ずかしがる由衣が、今にも爆発しそうなくらい赤い顔を両手で覆う。いや、すごく乙女だ。私は彼女が可愛すぎてからかいたくなる気持ちをどうにか消化するためにぐっと堪えてみるが、結局、耐えきれずにくつくつと声を出して笑ってしまう。すると、ちょっとグーで小突かれた。すっかり呼び捨てで呼び合うほど仲良くなって、小突かれた肩の痛みすらものすごく愛おしい。

 今日は由衣が誘ってくれたので、近くのファーストフード店で雑談をしようということになった。好きな本の話、ドラマ、音楽、俳優……それから自然と好きな人の話へと話題は移行して、私はここぞとばかりに大和さんとの関係を根掘り葉掘り聞く。敢ちゃんのこと好きだって言ったけ!? とか、そんなに私ってわかりやすい? とか。とにかくものすごく驚かれたが、もはやわかりやすいなんていうレベルではなく、本人以外にはモロバレだろう。そう言うと彼女はまた顔を真っ赤にして、冷たい店の机にしばらく突っ伏していた。やっぱり可愛い。


「敢ちゃんとは小さい頃から一緒だから、今さら私なんて家族みたいなものでたぶん眼中にもないわよ」
「告白してみれば何か変わったりするかも」
「今さら無理よ……六つも下なんて、まだまだ子どもじゃない?」
「でも、年の差で結婚してる人だって」
「それはそれ。大学生と中学生じゃ、私たちってまだ全然子どもなんだから」


 由衣はそう言うと、もう諦めてますみたいな顔をしてポテトを食べていた。私も数本シェアしてもらった代わりに、結婚指輪のケースのように箱を開けてどうぞとナゲットを献上する。ナポリタンみたいな甘めな味付けが好みな私は、断然バーベキューソース派だ。まあ、今の彼女にはまったく興味ないだろうけれど。

 由衣の悩みは、もれなく私にもすべて当てはまった。自分で言っておきながら「告白してみれば」なんて、どの口が言ってるんだと思うくらい無責任な発言だということはこの身が引きちぎられそうになるほどよくわかっている。私だってできることなら高明くんに告白しているし、もし葵さんのように美人な同級生だったら、もうとっくの昔に付き合っているかもしれない。だから、由衣が二の足を踏むのは痛いくらい理解できて、それ以上は何も言わずに黙って彼女の肩を撫でておいた。


「ところで、なまえは?」
「えっ」
「好きな人、いないの?」


 私はその質問に、馬鹿正直にウッと言葉を詰まらせる。すると、由衣は途端に悪い笑いをした。


「ははーん、その顔はいるわね」
「え、ええと……」
「誰? 同じ学校の人?」
「い、いや……」
「わかった! 諸伏さんの弟さんじゃない?」
「ヒロ? ヒロは大事な親友だよ」
「えー、じゃあ私の知らない人か。……じゃあさ、もしなまえが諸伏さんのことが好きだと仮定して」
「えっ! な、何でよりにもよって高明くんをそんな例え話に出すの!?」


 あ、やばい。忘れていた。私って、結構赤面症なんだった。

 そう思ったときにはもう遅く、例え話で高明くんが私の好きな人だと仮定されただけでもう駄目だった。さっきの無責任発言から考えて、揚げ足を取られるのはわかっているから絶対にバレたくなかったのに。そう思えば思うほど顔は熱くなり、おまけに変な汗までかいてくる。すると、さすがに警察官を目指している鋭い由衣には案の定モロバレだった。


「おやおやぁ? さっき私にわかりやすいなんてレベルじゃないとか言ってたくせに?」
「や、ごめんっ」
「えー! っていうか、本当に!? 私たち、好きな人の境遇まで一緒じゃない!」


 これって運命共同体ってやつね! と嬉しそうに笑うので、今度は私が両手で顔を覆って適当にウンウンと頷いた。もう何でもいいから、さっきの仕返しが返ってきませんように。

 しかし、私の願いも虚しく、由衣が遠慮なしに提案してきたのはもっとエグい内容だった。


「じゃあさ、せっかくだから賭けない?」
「賭け?」
「そう。どっちが先に相手に告白するか勝負するの。負けたら勝った方のお願いを何でも聞くとか」
「無理だよ! 今さら高明くんに告白とか、恐れ多すぎる」
「うーん。あっ、じゃあ 流鏑馬やぶさめは? 流鏑馬見に行かない?」
「流鏑馬?」


 突然の聞き慣れない単語に思わず私は聞き返す。流鏑馬とは馬に乗って走りながら矢を射る競技で、由衣や大和さんが警察官を目指すきっかけになった甲斐玄人巡査が今年の祭りの際に矢を射ることになっているらしい。その的に甲斐さんの矢が十射中何本当たるか賭けてみないか、と言い出したのだ。


「で、賭けに負けた方が告白」


 いや、賭け内容がエグいって……。私はゲンナリしながら吐きそうな顔をして由衣を見つめた。でも、彼女の中ではもはや決定事項のようで、楽しみだねー流鏑馬。なんて言いながらニコニコしている。自分が告白するとは露ほども思っていないところが彼女らしい。


「……まあ、お祭りに行くのはいいよ。その流鏑馬も見てみたいし」
「やった!」
「でも、高明くんに告白するのは無理だよ。東京から帰省の予定もないし、東都大から警視庁ならエリートコースまっしぐらで、もうこっちには帰ってこないかもだし」
「帰るわよ。絶対」
「えっ……?」


 私ですら不確定なことを、由衣はいとも容易く言い切ってしまう。まるで当たり前のことだと疑っていないかのように。


「だって前に言ってたもの。ご両親の事件を解決したいって」
「でも、もしかしたら東京にいる間に解決しちゃったりする可能性だって」
「もしそうだったとしても帰ってくるわよ。なまえがいるんだから」
「私?」
「前に聞いちゃったの。敢ちゃんが同じことを諸伏さんに聞いたときに彼が言ったこと」


 それは東都大に入学する前、大和さんが今の私と同じように高明くんのことをエリートコースだ本庁だとなじったことがあったという。けれど高明くんはキッパリ否定し、長野に戻る理由についてこう言ったらしい。


『僕には弟だけではなく、長野に妹がいるので。危なっかしくて、傍についていてやらないと何をしでかすかわからない、世話の焼ける、たったひとりの可愛い妹が』


「それ聞いて、敢ちゃん。本当の妹がいるって勘違いしたんだから」


 それを聞いた私はまたも顔を両手で覆い、にやけ顔を見られないように必死で隠した。高明くん。そんなこと言ってるの? 妹だって言われても、それはすごく嬉しいよ。

 だって、長野に帰る理由のひとつに私がいるなんて。


「案外、両思いだと思うのよねぇ」
「は!? ないないないない! 妹って言ってたんでしょう!?」
「そうなんだけどね」


 由衣は考え込むように首を傾げて何かを思い返す。でも、これ以上高明くんの話をするのがキャパオーバーになってしまった私は、もう何も聞きたくないと、ポテトにバーベキューソースをつけてむしゃむしゃ食べ始めた。絶妙な塩加減が、ソースの甘さと相まってすこぶる美味しい。


「じゃあ、まあ、とりあえず。流鏑馬は見に行こうね! 甲斐さんにも伝えとく!」
「うん」
「で、本題なんだけど。……祭りに、敢ちゃんも誘ってもいい?」
「ふたりで行ってきな」


 ジト目で言い返すと、由衣は「ダメかあ」と声を出して笑っていた。私もまたくつくつ笑うしかなかった。

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