24…


 由衣に誘われて連れて来られた流鏑馬の会場は既にかなりの賑わいを見せていて、その人の多さに、そもそも小柄な私たちが本当にこの神事を見ることができるのか、ふたりして早々に自信がなくなってしまっていた。テントを張られた見物客席は満員で座れず、仕方なく立ち見で角度が悪いところにふたりして並ぶ。まあここからでも見えなくはないので妥協しようかと話し合った矢先、私たちに影が差して振り返れば大和さんがいた。


「なんだ、お前ら。ここにいたのか」
「敢ちゃん! あれ? 誘わなかったのに……」
「あん? 悪かったな、誘われてねえのに来たりしてよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……!」


 大和さんの今にも噛みつきそうな言動に、焦ったように取り繕う由衣。その横で私がまるで小動物のようにビクビクと強面に怯えていれば、ぎろりとその恐ろしい視線がこちらを向いた。これでは捕まえられた犯人も、ひとたまりもなかっただろう。そんな失礼なことを考えて震えていれば、彼は親指を立てて背後にあるテント席の方を指差す。


「あっち側に席取ってあるから早く行くぞ」
「えっ、席取っといてくれたの?」
「俺じゃなくて甲斐さんが、だよ。関係者席でわざわざ三席。お前に伝えておいてくれって言われて忘れてたぜ」
「なんだ、よかったー! なまえ、行こっ!」


 そう言って私の手をとってくれる由衣についていく前に、私は大和さんに礼儀として一礼をする。


「大和さん。ありがとうございます」
「いや、だから。席は俺じゃなくて今日射手を務める甲斐さんが……」
「いや、そのことじゃなくて。本屋でのことです」
「ああ」


 大和さんは取るに足りないことを思い出すみたいに、そう言っただけだった。私は一応お礼が伝えられてよかった、と思う反面、人見知りなのでこれからこの気難しそうな人の近くで長時間一緒に過ごさなくてはならないことに少し気が重くなる。

 由衣には悪いが、私にとって大和さんはそもそもちょっと苦手なタイプなのかもしれない。強面で、口調が荒くて、大柄な人。威圧感があって、心の小さい私はすぐに押しつぶされそうになってしまうから。

 けれど、大和さんはまったく気にすることなく、コーメイが、と言いかけた。その名前を聞いて黙っている私ではない。


「高明くん?」
「ああ。あのコーメイが、何か嫌な予感がするから取り越し苦労になるかもしれねぇが行ってやってくれって。妹に何かあったら困るからって、慌てて俺のところに電話してきたんだよ」
「だから、あのとき。私のことをコーメイの妹って言ったんですね……」
「そうだ。でも、あいつとは長い付き合いだが、あんな頼みは初めてだったな」


 随分と大切にされてるんだな。そう言って、彼は私の頭を二回ほど軽く叩いた。一方、それを見ていた由衣は堪えきれないようにニコニコして、大和さんが振り返った隙に「よかったね」と耳打ちしてくれる。私はうんと頷き、頭のほとんどを占める高明くんのことをすごく愛しく思った。遠くにいようが近くにいようが、何年経っても私の心を掴んで離さない彼が本当にすごい。


「そういや、由衣。今日は"アレ"作ってきたぜ」
「えっ、敢ちゃんの"アレ"!?」
「ああ。お前、この前本屋で言ってたろ。久しぶりに食いたいって」
「嬉しい! 覚えててくれたんだ」


 そう言ってふたりで盛り上がる話題に私はついていけず、当然のように聞き返す。アレってなに? と。

 するとふたりしてにんまりと同じ顔をして笑って、キョトンとしている私にこう返すのだ。


「楽しみにしてるといいわよ、なまえ。敢ちゃんのは半殺しだから」
「……半殺し?」


 えっ、食べ物じゃなくて物騒な話なの? 私は途端に席に着くのが恐ろしく、流鏑馬を見ずしてこのまま帰りたい気持ちに襲われてしまっていた。




Phase.24 不敗神話の幕開け



 しかし、席についてさっそく手渡されたのはなんと大きなぼた餅で、さらにこれが大和さんの手作りだと聞いたことも踏まえるとそのギャップに目を白黒させてただただ戸惑うしかなかった。半殺しとは、ぼた餅に使われている餅米が半分くらい潰れている、という意味であるという。そういえば亡くなったおばあちゃんが私が幼稚園の頃にそんなことを言っていたような気がする。なまえちゃん、今日は皆殺しよ、と。

 そうして用意してもらった関係者席で、大和さんが用意してきたぼた餅と熱いお茶を啜りながら、由衣と彼が夫婦喧嘩のようなテンポの早い会話をしているのをラジオ代わりに聞いていた。そして、震えるほど美味しいぼた餅を噛み締めて、大和さんの顔を横目に見ながら思う。実はこの人、結構可愛いのでは? と。粗暴で、怖くて、他人に威圧感を与える風態。しかしその実、心が優しくて、頼り甲斐がある兄貴分で、なおかつお料理が上手い。それも和菓子。そういうギャップに由衣は惹かれたのだろう。今ならそれがわかる気がする。


「どうだ、妹。美味いだろ」
「美味いです。でも、その妹っていうのやめてください」
「いいじゃねえか。下の名前で呼び捨てした日にゃ、あいつに何て言われるかわかったもんじゃねえ」
「? 高明くんはそんなことで怒らないと思いますけど……」
「いーや、お前はわかってない。あいつの機嫌を損ねたら最後、地獄の底までネチネチネチネチ死ぬまで小言を言ってきやがる。もしあいつに今日のことを報告するとすれば『妹にぼた餅やっといたぞ』ぐらいでちょうどいいんだよ」
「何ですかそれ」


 私はもらったぼた餅にかぶりつきながら、高明くんのネチネチ攻撃を想像した。うーん、確かに想像できる分、すごく厄介だけれども。


「それより、なまえ。甲斐さん、十射中、何本当たると思う?」


 由衣が目を爛々とさせて、まるで小さな子どもみたいに揚々と私に尋ねてきた。まだ賭けの内容が有効なのかとか、その甲斐さんの普段の成績がどの程度なのかとか。いろいろとヒントとして聞きたいところだが、ここで私はあえて何も尋ねずに賭けに乗り、颯爽とこの勝負を勝ってやろうと思う。


「由衣。賭けの内容を変更しよう」
「え?」
「十射中何本じゃなくて、一本でも外したら私の勝ち、すべて当たったら由衣の勝ちってことにしない?」


 それは昨日の夜、眠る前に必死で考えた作戦だった。由衣の態度からして「十射中に何本」という聞き方は、すべて的中するだろうと言わせにくい聞き方であるということには早々に気が付いていた。よって、その甲斐さんという人物は相当な手練れで、全射必中が常なのだろう。そして、その戦歴をヒントに由衣は自分の告白という名のチップを全賭けオールインしているというわけだ。

 そして、今日。神様はまるで勝ちを与えるかのように、今日に限ってこの流鏑馬の結果の一部始終を予知夢で私に見せてくれたのだ。私が見たのは、甲斐さんが最後の十射目を惜しくも外してしまうという場面。悔しそうに頭を抱えた彼がここにいる観客全員に拍手で送られながら清々しく去る、という内容はすごく感動的なものだった。

 つまり、このわかりやすい二者択一の提案に由衣が乗った段階で私の勝ちなのだ。そう思いながらニヤニヤしてしまう表情を抑えて由衣にそれでいいかと堂々と問う。すると、彼女はあっけらかんとして「いいわよ」と頷いた。言質取ったよ、と言うと、二言はないわ、望むところよ、と勝ち気に言う。それなら私も潔く全賭けしよう。


「なんだ、お前ら。賭けてんのか」
「ちょっとね」
「じゃあ、俺も。甲斐さんが全必中する方に賭けるぜ」


 千円か、二千円か? と、冗談めかしてお金を持ち出し、愉快そうに笑ってくる大和さんを「賭博罪です」と由衣が目を光らせる。そして、そうと決まればちょっくら俺は甲斐さんに喝入れてくるわ、とぼた餅の入った容器を由衣に押し付けてどこかへふらふらと去っていてしまった。あれ。でも、今思えば、あの十射目を見たのは、先ほど私たちが大和さんに出会う前に立っていた見えにくい木の傍からのアングルだったような……。そう思い出して、私は冷や汗をかいてきた。

 まさか大和さんが甲斐さんに喝を入れたことで全射必中することなんてないよね、と半ばズルをしている私の頬に焦りの汗が伝う。すると、由衣が私に微笑んだ。


「今から諸伏さんに告白するセリフ、考えといた方がいいんじゃない?」
「は!?」
「あはは、冗談冗談!」


 もう、何てこと言うんだ。私はそう思い、そっくりそのままそのセリフ、由衣に返してやる、と天にも祈るような気持ちでスタート地点を見守る。

 けれども、その心配は悪い予感になって的中した。村の巡査である甲斐さんは十射すべてを見事に命中させて的を割り、それから数年続く不敗神話の火蓋を切って落とすことになったのだった。

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