28…
私にとって一世一代の告白の日はとても待ち遠しくもあり、けれど意外と、楽しみに始まった高校生活を満喫するうちに思ったよりも月日は足早に過ぎ去っていった。携帯電話の登場で高明くんから電話がかかってくることも増え、メールなどでコミュニケーションを取ることも受験期とは比べものにならないほど多くなったと思う。ちなみにあれ以来、彼はお酒を控えているらしく飲み会後に酔っ払って電話がかかってきたことなど一度もない。ちょっとそれは残念だけれども。
高明くんは五月にはもう東京で採用試験を受けて、次の春から無事に長野で警察官になることが決まっていた。けれど、試験よりも難しいテーマを選んだという卒業論文の制作に忙しいらしく、彼が早期に帰省して私の告白の予定が早まるといったことはない。ちなみに大和さんも受かったらしいということは由衣から聞いた。まあ、彼の場合は高明くんと違って何だか暇そうで、由衣と一緒におはぎ作りの講習会を開いてくれたり、高明くんから返却されてきたという甲斐巡査のマル秘勉強ノートを見せてくれたりと、とても面倒見がよかった。相変わらず、私の呼び方は「妹」でそれだけがちょっと気に入らない。
そういえば、夏休みは景光が初めてゼロくんを長野に連れて遊びにきてくれた。本当は秘密基地に行きたかったけれど、せっかく長野に遊びにきた無関係のゼロくんに悪いし、また知らないやつを連れてきたとミッちゃんに怒られるのが嫌でやめておこうという話になった。代わりにいろいろと観光して、お蕎麦を食べて、景光のご両親のお墓参りをして、それからまた買い食い三昧をした。暑すぎて蕎麦味のソフトクリームを三人並んで食べているとき、私はつい、ゼロくんに有里ちゃんを重ねてしまう。彼女が生きていたら、ここにはゼロくんではなくて彼女が座っていたのかもしれない。いや、確か有里ちゃんのお父さんは事情で東京に越してしまったと聞いたから、もしかしたらその可能性もないのかな。そんなことをひとりで考えていると、予知夢を見る私にとっても運命とは本当によくわからないものだと思う。ほんの少しの誰かの選択、意思、行動で、何もかも、何万通りにでもなるのだから。
「わ。ゼロくんの指、アイス溶けたのついてるよ」
「あっ。本当だ」
「待って。私、ハンカチある。はい」
「ありがとう。洗って返すよ」
「えー? いいよ。だって、そんなことしたら東京から送ってくれるってこと?」
「……そう。だめ?」
「だめ。だってゼロくんの性格上、お礼とか入れて送ってきそうだもん。じゃあ、私はお礼のお礼で、キリがないのが始まっちゃう」
「……キリがなくなるのが狙いなんだけど」
「え? なんて?」
「……おい、ヒロ。笑うな」
「だってさぁ……くっ、ふふ」
「んんん?」
そんな意味不明な会話を楽しんだ後、そういえばと私から高明くんの話をすれば、また景光はゼロくんを見て慰めるように肩を抱いた。一体、何なんだ、もう。
そうして仲のいい彼らを長野駅まで送った後、私は例のイタリアンレストランを下見してみることにした。高明くんと行ったあの日からもう数年は経っているが、先日リニューアルオープンして外観がとても真新しくなっていた。私は以前座っていた辺りの座席を窓の外から眺めて、そこに座る今の自分と高明くんを想像する。そして、告白する想像も。
「高明くん、大好き……」
口にして思わず恥ずかしくなる。でも、お店のウインドウに映り込む自分は、前髪こそちょっとボサボサだけれど、芯の通った強い目をしていた。
そうして、とうとう来た、四月。私は高明くんとあらかじめ約束していた時間にそこへ出向いた。由衣に選んでもらった、お気に入りのワンピースを着て。
Phase.28 たくさんの伝えたい想いを抱えて
新幹線が遅延しているらしく、高明くんからは少し遅れると連絡が入っていた。先に店に入っていてくれと言われた私は、緊張してロボットみたいに歩きながら中央より奥のテーブルに案内される。メニューをもらっても、緊張しすぎていてあの頃のようにナポリタンは完食できそうにない。適当にアイスティーを頼んで、高明くんを待つことにした。心臓が激しく脈打っていた。
今日は久しぶりに夢を見た。せっかくなら告白が上手くいくかどうかを見せてくれたらいいのに、テストと同じで神様は公平らしいので残念ながらそういった夢ではない。ただ、水を持って来てくれた店員さんが、机に置く際に誤ってこぼしてしまうという些細な夢。その水は机を伝って私の膝を濡らし、お気に入りのワンピースに大きな染みを作ってしまった。私はそれを踏まえて、スカートが濡れないようにあらかじめハンカチを机に置いておく。準備万端、である。
私の話はともかく、高明くんの話とは一体、何なのだろう。もしかすると、由衣や景光が言うように告白される、のかもしれない。付き合えたら何をしよう。そういうことも高明くんは教えてくれるのだろうか。
すると、店員さんが私の傍に立った。そしてその脇には、四年ぶりに会う高明くんがいる。相変わらず格好よくて、息が止まりそうになった。
「久しぶりですね、なまえ」
「う、うん。久しぶり、高明くん」
「四年ぶりですよね。また一段と、大人になったような」
「そうかな?」
「はい、とても」
今日は「可愛い」とは言ってくれなかったけれど、変に緊張するからその方がよかった。えへへと笑いながらも割りかし冷静でいられたのは、由衣が大人っぽい雰囲気にしようと選んでくれたこのワンピースが自信をくれているからのような気がする。私はそう思いながら、机の下でスカートの裾を整えた。
「明日、入校式なんだよね。制服、格好いいだろうな」
「お見せできないのが残念ですね」
「本当だよ。本物の妹なら入校式も行けたかもしれないのにって由衣と言ってたの」
でも、口ではそう言いながら私は本物の妹にはなりたくないと思っている。妹より、あなたの恋人になりたい。烏滸がましい願いなのかもしれないけれど、それが私の、十年来の片想いの結論なのだ。
「それで、さっそくですが。話とは」
「いや、あの。うん。えっと……」
「……」
「まずは、高明くんの話から聞いてもいいかな……?」
そう言って、私は彼の方を伺い見る。ちょっとずるいのかもしれない。でも、今日は初めからそうやって切り出そうと心を決めていた。
私だって、もし可能性が少しでもあるのなら意中の相手から告白されてみたいという憧れがある。女子高生なんてみんなそうだろう。それに、逆に先に告白をして、もし失敗なんかしたら私はたちまち彼の話を聞くどころではなくなってしまう気がする。そうなれば、由衣とこの後会って慰めてくれるという約束はしてあるけれど、一応、それは保険だと念押しされていた。
「そうですか」
高明くんはそう言ったきり、しばらく黙っていた。そして、言いにくそうに口を開く。
「ずっと」
「……」
「ずっと思っていたんです。君に出会った頃から」
目が合った、その視線にドキリとした。
そのタイミングで店員さんが、遅れてやってきた高明くんの分の水を持ってきてくれたのだった。私は急に予知夢で見た既視感を覚え、ハンカチの位置を無意識に少し自分寄りに移動させる。そして案の定、店員さんが誤って私側にコップを倒し、引いていたハンカチが冷たい氷水をすべて吸収することでことなきを得た。私は必死で謝る研修中の札のついた店員さんに対して「濡れなくて運がよかったです」と励ましてあげる。それを見ていた高明くんは何も言わず、ただ、何か考え事をしているような素振りを見せて黙っていた。
「えっと、それで、何て言ってた途中だったっけ。あはは。ええーっと?」
「君に出会った頃から、ずっと思っていたことがあります。大真面目に言うので笑わないでください」
「は、はい……」
そして、彼は一息で言い切るように私にこう尋ねるのだ。
「君には、何か特別な予知能力があるんじゃないですか?」
私はそれを聞いて、言葉を失くした。