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「なに、言ってるの……?」
そう言い返すのが精一杯だった。大きすぎるほど裏切られた期待。予想だにしていなかった話題に頭が真っ白になり、上手く言い訳をする言葉すら思いつかない。声は震えて辿々しく、掠れて、動揺していると言っているも同然だった。そして、その動揺が肯定であるということもまた同じ。何か抜け穴がないかと逃げ道を探してみるけれど、すぐにその鋭い視線に捉えられ、かすかな身動きもできなくなってしまう。これはもう、逃げられない。
「これまでのことを振り返って考えてみても、そうとしか説明できないことが多々あるんです」
「……」
「この十年間、ずっと抱いていた違和感について。今日は僕に説明してくれませんか」
まるで取り調べを受けているようだった。私は必死になって言葉を探すものの、もう真実を曝け出す以外に逃れられないのではないかと思う。景光や有里ちゃん、由衣、それからもちろん親にも言ったことのない予知夢という体質。それを一度でも誰かに口にしてしまえば、この魔法をかけてくれたおばあちゃんさえも裏切って、もう何もかもすべてが終わってしまうような気がしていた。
「……一番初めに妙だと感じたのは君が小学生の頃。友人の女の子が亡くなった際の、君の後悔でした」
何も言わない私にさらに追い討ちをかけるべく、高明くんは順を追って、その仮説に至った経緯を説明してくれるつもりらしかった。まず、有里ちゃんが亡くなった際、あまりにも私が自分のせいだと責めすぎていたこと。けれどそのときはまだ確証がなくて、多少、自責の念が強すぎるという違和感で済ませていたという。
それが明らかな疑問へと変わったのは、有里ちゃんの件で高明くんが私にハンカチを貸してくれたとき。洗って返却する際に、まるで最初から彼が本屋にいることを知っていたかのように現れ、そして偶然出会ったはずなのに当日の日付入りのメモ用紙が入っていたこと。そして、お礼と称したチョコレート菓子をラッピング袋に入れて、長期間ランドセルに入れていたという説明も不審に思う一因になったという。割れたり、欠けたり、溶けたりもしていなかったので、当日はやはり本屋にいることを事前に予知していてハンカチとお菓子を持ってきたと考えた方が辻褄が合う。高明くんは、まるでホームズのように理論立ててそう言った。
そして、疑問が確信に変わったのは、やはり高明くんのご両親の事件のとき。
「まるであの家で事件が起きていることを知っていたかのように君が来て、しきりに景光の安否ばかりを気にしていたことで後に理解しました。君は最初から景光しか生き残っていないことを知っていたのではありませんか?」
「それは……っ!」
「他にもまだあります。紛失したパスケースの在処を君が知っていたことも、今の、店員の方が誤って水を倒して濡れないように机の上にハンカチを置いていたその行為まで。それらの事象に、君に予知能力があることを大真面目に信じれば、すべての辻褄が合う」
「……」
「どうですか? どこか間違っていますか」
私はもうなす術がなかった。ただ肩を落とすように脱力して、その場に唸れる。一部を訂正するとすれば、私は諸伏先生のあの事件のときは景光だけが生き残っているとはまだ思っていなかった。本気で間に合うとそのときは思っていたのだ、それは嘘じゃない。けれど、それを訂正する気力が今の私にはもう残っていなかった。
彼に指摘されたほとんどすべてが正解だった。そしてそれが、この十年間ずっと彼に嘘をついていたような気持ちにさせて、ひどい罪悪感に押しつぶされそうになっている。彼がホームズなら、今の私はどう考えても犯人役だ。せめて彼のワトソンになりたかったけれど、もうそれも叶わない。ずっとズルして隠していた罪を自白するときが来たのだ。
「……夢に、見るの」
「夢?」
「毎日じゃなくて、たまに。その日に起こる、短い出来事。予知夢って言うみたい。亡くなったおばあちゃんから受け継いだの」
「……」
「ほとんど取るに足りないようなことばかり見て、でも大変な事件のときは何もできない。そんな、どうしようもない力」
高明くんは口を挟まなかった。私は話を続ける。
「諸伏先生が亡くなった事件のときは、珍しく明晰夢みたいな。私が事件現場にいて、追体験するような夢を見たの。犯人の男の人がまず先生を刺して、ヒロを抱えたお母さんが寝室に彼を隠すために走ってきた。高明くんなら知ってるよね、ヒロは寝室のクローゼットにいたでしょう? ……それから変な声で、かくれんぼをしているような声が聞こえきて……それで……。でも、所詮は夢だから信憑性がなくて警察にも景光にも、誰にも話せなくて」
「じゃあ、君はその夢の中で犯人の顔も見たんですか?」
「ごめんなさい……。それは見てないの。犯人が来る前に、早くヒロを助けなきゃと思って飛び起きて」
後は高明くんの知っている通り。そう言うと、彼は少し乗り出していた体を再び背もたれに預けた。その表情は、落胆、だった。私は役立たずで申し訳なくて、今すぐここから消えたくなる。
いつの間にか視界はぼやぼやと、涙で滲んできていた。
「もっと早く起きれば、何もかも間に合ったかもしれない。ご両親のことも。有里ちゃんのことも。だから本屋で強盗事件が起きるって夢に見たときは、初めて自分で何かを変えられるかもしれないと思って」
「え……?」
「現場に行く前に催涙スプレーを買って、犯人を撃退しようと思って。上手くできなくて結局のところ大和さんに助けてもらったけれど、私なりに成果もあったの」
その話を聞いていた高明くんは驚いた表情をして絶句していた。きっと、強盗事件のことまでは予知夢のことに気が付いていなかったはずだ。私は勝手に溢れてくる涙を強引に拭って、捲し立てるように彼に言う。役立たずじゃない、役立たずだと思われたくない。その一心だったかもしれない。
「夢の中で本当は人質になるはずだった女の子がいて、その子を助けることができたの……! そのとき初めて私は運命に勝った気がした。こんなちっぽけな私でも、できることがあるんだって思えたの! 諸伏先生を殺した犯人を捕まえたい気持ちに変わりはないけれど。高明くん、聞いて欲しい。私、自分の力を発揮するためにはやっぱり警察官になりたい、これだけは譲れない……!」
「……」
「上手にできないかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、困っている人がいたら、できる限り助けてあげたいの。未然に防げるのなら防ぎたい。高明くんのことを守る約束もしたし、本当は守られる立場じゃなくて、ヒーローみたいに守る力が欲しいの」
そこまで言い切った後、私は自分の息が荒くなっていることに気が付いた。どうやらかなり興奮していたようで、私は癖のように胸を撫でながら呼吸を整える。
けれど、反して高明くんの表情は冷たく、私を許そうとはしてくれなかった。
「それで。代わりに君がその事件の人質になった、と?」
「……」
まただんまりを決め込む私に、高明くんは席を立った。私はとっさに呼び止めたけれど、彼はもう優しい視線を投げかけてはくれない。
「すみません。君の話を聞く前ですが、今日はこれで失礼したい」
「高明くん、待って!」
「去る前にもう一度だけ。君の夢を完膚なきまでに叩き潰すために、心を鬼にしてはっきりと言います」
そして彼は最後だと言わんばかりに振り返る。そして、尖った言葉のナイフで私を刺すのだ。
「君はやはり警察官には向いていない。そんな力があるのなら、僕はなおさら絶対に許すことはできない。永遠に僕とは縁遠い場所で、それこそ二度と会うことすらないような世界で、どうか幸せな夢ばかりを見て過ごしていて欲しい。心の底からそう願います」
「たか、あきくん……」
「君に初めてあげた三国志の本の中に『泣いて 馬謖を斬る』という言葉があります。少し意味は異なりますが、今の僕は、それに近いような気持ちです」
では。と、それだけ言って、彼は足早に遠ざかっていく。私はもう追いかける力も残っていなくて、その場に再び座り込んでしくしくと静かに泣いていた。
泣いて馬謖を斬る、とは諸葛亮孔明が日頃から目にかけていた臣下の「馬謖」が命令に従わずに大敗したのち、泣きながら彼を斬罪に処したという故事のことだ。今の私たちは、まさしくそれに似た関係だった。
もう二度と高明くんには会えない。そして、告げぬまま枯れてしまった想いと、どのように別れればいいのかわからず、私はいつまでもその場で泣いた。高明くんは当然、もう戻ってこなかった。