08…
有里ちゃんの葬儀では気分が悪くなりそうなくらい泣いて、数日間は目も開けていられないほどだった。景光も同じくらい泣いていたけれど、私の場合、この件において誰よりも自分が悪い存在だってことを自分自身でよく理解していたから。
その理由のひとつは、有里ちゃんの体調に異変を感じていたくせに遠足に夢中になって誰にも言えなかったこと。そしてもうひとつは、彼女が死んでしまう未来を夢に見たくせに、それを深く思い出そうとしなかったことだ。
きっとおばあちゃんも昔、こういう経験をしたからこそ私にあんなことを言ったのだと思う。万能な力であればよかったのに万能じゃなかったから、きっと苦い想いをたくさんして、予知夢で得た言いふらしたくなるほどの喜びすらも悲しみの波にかき消されてひとりでずっと抱え込んでいたのだ。
もういっそこんな想いになるくらいなら、こんな魔法はどこかに消えて欲しかった。私には必要ない。
眠るのが怖くなって体調を崩してから、一週間くらい学校を休んだ。それでも、行かなきゃって気持ちになったのはまた新しい予知夢を見たから。
有里ちゃんのたったひとりの肉親であるお父さんが、学校に怒鳴り込みに来る夢を見たからだ。
Phase.08 消えない魔法
「落ち着いてください、外守さん!」
「娘を探させてくれ! この学校の、どこかにいるかもしれないんだ!」
寝不足の頭でフラフラしながら二時間目の終わりくらいに登校すると、職員室の前には人だかりができて、激しい怒声が耳をつんざいた。やっぱり夢で見た通り、有里ちゃんのお父さんが怒鳴り込みに来ているらしく、校内はたちまち大騒動になっている。
有里ちゃんのお父さんは葬儀にもきちんと参列していたはずなのに、突然の娘の死をやっぱり受け止めることができず、少し言動がおかしくなっている様子が余計に悲壮だった。突然、この世のどこにもいなくなってしまった娘。その子が誰かの手によって誘拐にでも遭ってしまったと思っているらしい。一刻も早く警察を呼ぼうとしている先生もいたが、諸伏先生が粘り強く懸命に説得を繰り返して、混乱を最小限にしようと事態の収拾を図っていた。私はその光景を見ていると、頭がパンクしそうになって、大勢の野次馬である生徒の中でひとりその場にうずくまってしまう。
私が悪いのだ。私が深く思い出さずに何となく見過ごしてしまったから。有里ちゃんも失くして、そのお父さんまでもおかしくさせてしまった。約束したヒーローなんてものからはほど遠い、これじゃただの悪者で。誰か早く私のことを罰して欲しいとすら願ってしまう。
そうこうしているうちにだんだん息が荒くなってきて、呼吸がしにくくなってきた。死ぬかもしれない。いや、いっそその方がいいのかも、なんて。そう思いつめて苦しくなる前に、そっと後ろから近づいて誰かが優しく声をかけてくれる。
「大丈夫? 落ち着いて、なまえちゃん」
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」
「過呼吸かな。僕も前になったことあって、兄さんが治してくれたことあるよ。だから、大丈夫。僕がついてるから」
こっちにおいで、とまだ目元の赤い景光が私の手を引いて、人気のいない場所に移動させてくれた。その間も、息が苦しくて涙がいっぱい出た。目尻がヒリヒリと痛くて、もう泣きたくないのに勝手に溢れてくる涙を自分の意思では止められない。景光は私の背中を優しく摩って、ゆっくりと時間をかけて息を吐くように促してくれた。そんなことしてもらう価値なんてないのに。
でも、今の私は景光の優しさがないと、立っていられなさそうなくらい辛いから。
「なまえちゃん。頼むから自分を責めないで。有里ちゃんの病気がそこまで進んでいたことなんて、誰も知らなかったんだから」
私を慰めるための景光の言葉が、逆に心にはナイフのように突き刺さる。
そうじゃないんだ、ヒロ。ごめん。本当に、本当に、ごめんね。
結局、私は教室に行くことができなくて景光に言われて早退を余儀なくされた。有里ちゃんのお父さんはおそらく事態を重く見た先生方に警察に通報されてしまったのだろう。昇降口でパトカーのサイレンと、困惑と怒りがごちゃ混ぜになった行き場のない声が重なり合って聞こえた。
家に真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。いつもの公園のベンチで腰掛けて、しばらく何もせずにぼうっとする。泣きすぎて疲れていた。それに睡眠不足気味だし、喉もカラカラに乾いている。でも、どれも解消しようという気にはなれずに、私は時間がただ過ぎ去るのを見送りながら、ただ有里ちゃんとの楽しかった思い出をできるだけたくさん回想していた。
「なまえちゃん」
頭上に影が差して頭を上げれば、そこには久しぶりに見た学生服姿の高明くんがいた。私は無言のまま、正気のない顔で逆光になった彼の表情を見つめる。
「景光から事情は聞きました。隣に座ってもいいですか?」
「うん……」
「ありがとうございます。今、ちょうどテスト期間中で。来月の林間学校に備えて買い出しに行こうかと思ったところに、君が見えたので」
「……」
「元気は、あまりなさそうですね」
そう言うと高明くんの方も押し黙って、何も言うことはなかった。ただ少し間隔を開けた隣に腰掛けて、気が済むまでじっと傍にいてくれるつもりらしい。高明くんも景光も、何でこんな私に優しくしてくれるんだろう。こんなどうしようもない、悪い子の私に。
そして、なんて私は浅ましいのだろう。こんなに罪悪感でいっぱいなのに、彼らが隣にいてすごく安心している自分がいる。
「ねえ、高明くん」
「何でしょう」
「私、遠足の日からずっと後悔してるんだ」
私は高明くん相手だから、自分の胸のうちを素直に曝け出すことができた。もちろん、予知夢のことは言えないけれど、自分が有里ちゃんを救える唯一の人物だったのに、そのチャンスをみすみす見逃してしまったこと。楽しい方に流されてしまったこと。騒動が起こってからも何もできなかったこと。それらのことを、私は一滴ずつ自分から零れ落ちるみたいに気付けば彼に話してしまっていた。
「自分がもう少し頑張っていれば、助けられたかもしれない。もっと気遣ってあげられたら、もっと顔色を見ていたら、もっと相談に乗ってあげられていたら……そう考えるとキリがなくて」
「必要以上に自分を痛めつけて責めることはありません」
「ヒロもそう言ってくれた。でも……」
「我々は、未来に生きていくしかありません。後悔はその道を断たせて過去に縛りつける、君の足枷になるでしょう。彼女はそれを望んでいないのでは」
そんな難しいこと、よくわからないよ。死んでしまった有里ちゃんに直接聞くことはもうできないのだから。
「結局のところ、人は常に努力するしかないのだと思います。もっと、と君がそう思うのであれば、次はそれにいち早く気付ける人になれるよう努力するしかない」
高明くんは、あえて厳しくそう言って、私の全てを簡単に同情することはしないでいてくれた。それよりも未来に視線を向かせようと懸命に激励し、これからどうすればいいか合理的に説くところが彼らしい。私はそれを聞いて自分の至らなさに心が痛んだけれど、同時に、自分がこれからすべきことが努力以外の何者でもないことを知る。
高明くんは今日はピンク色の飴玉ではなく、綺麗に折られた藍色のハンカチを差し出してくれた。私はまた泣いていたらしく、そのことにすら気付かないほど憔悴していたことに気付く。そして、その気付きすら前を向くためには重要なのだと大人びた表情で彼は教えてくれた。
自分を恨んでいる場合じゃない、って。
「ハンカチはなまえちゃんが元気になってからまた返しに来てください」
僕はずっと君を待っていますから。そう言ってくれた高明くんが、私の頭をそっと撫でる。努力し続けるしかない。私はそのハンカチをじっと握りしめて、深く、深く、誓う。