「では、わたしは槍の勇者様のもとへ戻ります。ご協力、感謝致します」

 雑談交じりに話し合う3人の勇者を背に、わたしは改めて盾の勇者に頭を下げた。

「俺は生き残る為にやっているだけだ。感謝される筋合いはない」
「それでも、貴方がいなくては救えなかった命も多い。本当に、ありがとうございました」

 盾の勇者に話しかけようとしている村人を見かけ、早めにその場を離れる。キメラの素材を回収している槍の勇者のもとに駆け寄り、声をかける。

「勇者様方、お疲れ様でした。お怪我などはありませんか」

 最前線で波の根源足るキメラに挑んでいた3人の勇者。余裕そうだが、それなりに危険な場面もあっただろう。メルロマルク王による宴で、少しでも気力を回復できるといいが。

「シーセ、こっちは余裕だった。そっちはーー……」

 言葉の途中で止まる槍の勇者。

「槍の勇者様? どうかしましたか」
「いやいやいや! どうもこうも、顔! 顔にヒビが!!」

 割れた頬に手を伸ばす槍の勇者。近づいてくる男の手に、昨夜の事が脳裏に蘇って体が固まる。触れる寸前、マインが後方から走って来た。

「モトヤス様! やりましたわね。私達、波に勝ちましたわ!」

 マインの声で正気に戻り、槍の勇者から距離を取る。空を切った手のひらを見つめる槍の勇者。さすがに、不自然に避け過ぎただろうか。大丈夫だろう、違和感はきっとマイン達が有耶無耶にしてくれる。わたしに刺さる槍の勇者の視線を無視して、他の一行に紛れて城へ向かった。






 日が沈んでから開かれた城での宴。王がこの度の波による被害が少ない事を宣言し、人々は喜びに包まれる。わたしは1人、壁の花となって嬉しそうに賑わう人達を眺めていた。

「浮かない顔ですね」

 盾の勇者を片手で掴みながら、ラフタリアがわたしに声をかけた。

「浮かない、顔? 失礼ですが、わたしにはーー……」
「人形だから表情が無いとでも? 私はそうは思いませんが」

 ラフタリアは盾の勇者から手を離してわたしの隣に立つ。渡された飲み物に顔を映して見ても、やはりいつもの無表情しか映らない。首を傾げるわたしを見てクスクスと笑うラフタリア。

「貴方は、貴方が思っている程人形じゃないですよ」
「……ラフタリア様は、お優しいですね」
「そんな事ありませんよ、全部打算で動いてます。シーセシンシャさん、貴方とお友達になりたくて」

 水面を見つめていた視線を上げて、ラフタリアの顔を見る。マインによる嫌がらせで疲弊した人間関係に、ラフタリアの優しさが痛い程沁みて、誤魔化すように飲み物を煽った。

「お友達……良いのでしょうか、わたしなんかで」
「はい、貴方がいいんです。シーセシンシャさん、私とお友達になってくれますか?」
「…………はい。あの、よろしくお願いします」

 どちらともなく差し出した手を重ねて握手する。きっと、ラフタリアはわたしから情報を得る為に近づいたのだろう。それでもいい。わたしはわたしで、勝手にその優しさに浸るだけ。

「わたしの事はシーセとお呼びください」
「シーセ、さん。じゃあ、私も様付けはやめてください、なんだか擽ったくて」
「ラフタリア……さん?」
「はい、シーセさん」

 暖かい手が離れてしまっても、わたしは暖かいまま。しばらくはまた、マインの精神的な攻撃も耐えられそう。そうだ、勇者に仕える者から、勇者同士の仲も取り持てないだろうか。

「おい!  尚文!」
「……なんだよ」

 槍の勇者が盾の勇者を呼び止め、その手にはめていた手袋を盾の勇者に投げ付けて叫んだ。

「決闘だ!」
「いきなり何言ってんだ、お前?」

 いきなりの勇者による決闘の宣言に、辺りが一気にざわつく。わたしにも理解できない。何故勇者同士で決闘しなくては行けないんだ?
 槍の勇者の後ろで笑うマインを見つけ、彼女の仕業だと勘づく。槍の勇者も、女性の言う事を何一つ疑わないのはどうなんだ。いや、行動力も発言力も高い勇者を諌めるのもわたしの役目。それにわたしもその愚かな部分を利用した。人の事は言えない。
 決闘を辞めさせようと進むが、槍の勇者は盾の勇者しか目に入ってない様子で続けた。

「聞いたぞ! お前と一緒に居るラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 その一言で理解した。マインは槍の勇者の女好きを利用し、ラフタリアの解放を勧めて盾の勇者を悪役に仕立て上げたのだ。あの女の子は盾の勇者に無理矢理隷属させられている奴隷ですわ。今すぐ助けてあげてください。とでも言って。

「だからなんだ?」
「『だからなんだ?』……だと? お前、本気で言ってんのか!」
「ああ」

 奴隷は国で禁止されていない。槍の勇者が言っているのは人間の尊厳の話だろうか。そんな物、奴隷でなくても簡単に奪われると言うのに。

「アイツは俺の奴隷だ。それがどうした?」
「人は……人を隷属させるもんじゃない! まして俺達異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」
「何を今更……俺達の世界でも奴隷は居るだろうが」

 嫌な気配を感じ、ラフタリアの近くに戻る。皿にご馳走を乗せて喜ぶラフタリアの周りには、徐々に城の兵が集まって来ている。

「許されない? お前の中ではそうなんだろうよ。お前の中ではな! 生憎ここは異世界だ。奴隷だって存在する。俺が使って何が悪い」
「き……さま!」

 間違った事は言っていない。だが、そんな言い方では槍の勇者を煽るだけ。決闘は免れないと悟り、ラフタリアだけでも守る方法を考える。

「勝負だ! 俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放させろ!」
「なんで勝負なんてしなきゃいけないんだ。俺が勝ったらどうするんだ?」
「そんときはラフタリアちゃんを好きにするがいい! 今までのように」
「話にならないな」

 槍を構える槍の勇者を無視して、立ち去ろうとする盾の勇者。それを呼び止めたのは、この国の王。王は嫌がる盾の勇者に無理矢理決闘を命じる。それでもなお拒否する盾の勇者に、王はため息を吐いて指を鳴らした。
 指を鳴らすと同時に動いた兵士に、わたしはラフタリアを背に隠す。だが、魔法をこれ以上使えば体を保てない。それでも。

「この方に何をする気ですか? 場合によってはねじ伏せます」

 わたしの背中越しに、ラフタリアは同様に兵士に囲まれた盾の勇者の名前を叫ぶ。

「ナオフミ様!」
「……何の真似だ?」

 王を睨み付ける盾の勇者。王は一方的に続ける。

「この国でワシの言う事は絶対! 従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまでだ」
「……チッ!」

 にじり寄る兵士。魔法が使えない今、数によってわたしとラフタリアは抑え込まれる。

「勝負なんてする必要ありません! 私はーーふむぅ!」

 ラフタリアの口に布が巻かれ、声を封じられる。助けたくても、体を押さえ付ける男の手に、わたしの体は震えて使い物にならない。

「シーセもラフタリアちゃんを助けたいだろ? 待ってろ、俺が助けてみせる」

 兵士に捕まるわたしに、槍の勇者は宣言する。ラフタリアはそんな事望んでいない。救うべき相手を間違えている。伝えたいが、声が出ない。マインが震えるわたしを見て笑う。王は声すら抑えられたラフタリアを確認して、盾の勇者に言う。

「本人が主の肩を持たないと苦しむよう呪いを掛けている可能性がある。奴隷の言う事は黙らさせてもらおう」
「……決闘には参加させられるんだよな」
「決闘の賞品を何故参加させねばならない?」
「な! お前ーー」

「では城の庭で決闘を開催する!」

 攻撃する術を持たない盾の勇者と、槍の勇者の決闘が、始まってしまった。


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2019/05/06投稿
05/06更新