「これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」

 城の庭で行われる事となった勇者同士の決闘。わたしは腕を縛られ、マインの前に連れてこられた。
 槍の勇者が見ていない影で、マインはひび割れたわたしの頬に平手打ちをした。無抵抗の体は簡単に壁に打ち付けられる。割れ落ちて砂に還るわたしの体なんて気にも止めずに、マインは乱暴に顔を掴む。

「波では盾と仲良くしていたみたいですわね。余計事はするなと言った筈ですが」
「わたしは、助けられる命を助けに行っただけです」
「モトヤス様には、あの時貴方は怖くて逃げ出した、と伝えましょうか。使えない者は早々に解雇してもらわないといけませんねぇ」

 マインはニヤニヤといやらしい笑みでわたしに言う。槍の勇者のパーティで居たければ逆らうな。暗にそう言っている。
 ラフタリアの紹介で、盾の勇者のパーティに入れて貰えないだろうか。……無理だな。盾の勇者はわたしを信じない。それに、女性だったからだろうが、わたしに優しくしてくれた槍の勇者を見捨てるのは、わたしの使者としての矜恃に反する。

「……お願いします、わたしをパーティにいさせてください」

 すまない、ラフタリア。やはりわたしは人形だ。人形に誇りは無い。人形に感情は無い。そう思わないと、わたしには辛い事が多過ぎる。
 マインの口角が更に上がる。掴んだままだった顔を払うように解放され、マインはまた笑う。

「さぁ、私のお人形さん。モトヤス様が盾の悪魔の卑劣な罠に嵌り、ピンチに陥ってますの。手伝ってくださいますよね?」

 わたしは静かに頷いた。

 決闘が見える場所に移動すると、槍の勇者が盾の勇者にのしかかられて、そこら辺に住む魔物のバルーンをけしかけられていた。バルーンはとてもレベルの低い魔物。痛みはあるだろうが、ダメージは露ほども入らない。盾の勇者なりの意趣返しといった所だろう。
 苦しむ槍の勇者を見て、楽しそうに笑う盾の勇者の邪魔をするのは、わたしの友人の事を思うと苦しいが、やるしかない。縛られたままの両腕を上げて狙いを定め、わたしは気付く。
 ……マインはわたしがどこまで時を止められるか知らないのでは?

『力の根源足る龍刻の使者が命ずる。理を捻じ曲げ、彼の者の歩みをを止めよ』
「ファストストップ」

 槍の勇者を襲うバルーンのうち1体を対象に、時を止める。マインは想像よりも効果の弱い魔法に、わたしを睨む。

「申し訳ありません。わたしにはこの程度しか……」
「チッ、使えないわね!」

 舌打ちをしてマインは自身で魔法を詠唱する。打ち出された拳大の空気の塊が、動きをとめたバルーンに戸惑う盾の勇者の背中にぶつかり、よろめかせる。こちらを見る盾の勇者に、マインは子供の様に舌を出して馬鹿にした。

「てめえええええ!」

 盾の勇者の叫びは槍の勇者の反撃に掻き消され、逆転勝利した槍の勇者は得物を掲げて勝利を宣言した。

「はぁ……はぁ……俺の、勝ちだ!」
「何が勝ちだ、卑怯者!」

 反則をした事に気付きもしない槍の勇者に、盾の勇者は食ってかかる。
自分の勝利を疑わない槍の勇者、不正を黙ったままの観客達、今この瞬間、彼に味方できる者はいなかった。勇者2人が言い合い、槍の勇者が観客に不正の有無を問いかけた。
 が、返ってくるのは沈黙。そしてその沈黙を壊したのは王だった。

「罪人の勇者の言葉など信じる必要は無い。槍の勇者よ! そなたの勝利だ!」

 王の言葉、つまり反論は死を覚悟しなくてはいけない。それを知っていながら、王は声高らかに言い渡したのだ。

 盾の敗北を。

 マインが槍の勇者に駆け寄り、城の魔法使いに槍の勇者だけを回復させた。盾の勇者は視界にも入れない。

「ふむ、さすがは我が娘、マルティの選んだ勇者だ」
「な、んだとっ……!?」

 王がマインの肩に手を置きながら、槍の勇者を褒め称える。

「いやぁ……俺もあの時は驚いたよ。マインが王女様だなんて、偽名を使って潜り込んでたんだな」
「はい……世界平和の為に立候補したんですよ♪」

 なるほど、マイン……いや、王女を筆頭に、国ぐるみで盾を犯罪者扱いしていたのは、この為だったのか。犯罪者から王女を救った勇者である元康は、お忍びの王女と結果的に仲良くなり、他の女性よりも関係が深まる。そして、悪の勇者から奴隷を解放した英雄譚が作られ、王女はその妻に。待っているのは安泰って訳か。
 勇者に仕える使命がなければ、こんなあくどい女、八つ裂きにしたい程嫌いだが、我慢。最も国から信頼されている槍の勇者を説得し、この盾の勇者を貶める行動を辞めさせないと。無駄な勇者同士の諍いなんてやっている余裕はもうこの世界には無い。

 思考に耽けるわたしは、暗く濁った気配を盾の勇者から感じて顔を上げる。どこまでも堕ちる呪いの気配。気持ち悪い。わたしに備わった、勇者の武器と連動する機関が、黒く染められていく。盾の勇者の怒りが、盾を通じてわたしに流れ込んでくる。怖い。怒りで全てが敵に見えて、1人きり地獄に放り出された様な気分だ。激しい感情に耐え切れなくなったその時。

 一際高く、乾いた破裂音が響いた。

「この……卑怯者!」

「……え?」
「卑怯な手を使う事も許せませんが、私が何時、助けてくださいなんて頼みましたか!?」
「で、でもラフタリアちゃんはアイツに酷使されていたんだろ?」
「ナオフミ様は何時だって私に出来ない事はさせませんでした! 私自身が怯えて、嫌がった時だけ戦うように呪いを使っただけです!」

 ラフタリアが槍の勇者を叩き、己の意思で盾の勇者と共にいると心から叫んだ。

「それがダメなんだろ!」
「ナオフミ様は魔物を倒すことができないんです。なら誰かが倒すしかないじゃないですか!」
「君がする必要が無い! アイツにボロボロになるまで使われるぞ!」
「ナオフミ様は今まで一度だって私を魔物の攻撃で怪我を負わせた事はありません! 疲れたら休ませてくれます!」
「い、いや……アイツはそんな思いやりのあるような奴じゃ……」
「……アナタは小汚い、病を患ったボロボロの奴隷に手を差し伸べたりしますか?」
「え?」
「ナオフミ様は私の為に様々な事をしてくださいました。食べたいと思った物を食べさしてくださいました。咳で苦しむ私に身を切る思いで貴重な薬を分け与えてくださいました。アナタにそれができますか?」
「で、できる!」
「なら、アナタの隣に私ではない奴隷がいるはずです!」
「!?」

 ラフタリアは続けて吼えた。どんなに自分が大事にされてきたのか、自分が彼にどれだけ恩を感じているのか。硬いのに脆い、強いのに弱い、そんな彼を支えたいと決めた心を。
 ラフタリアは盾の勇者を真っ直ぐに見つめ、距離を縮める。怒りに震え怯える盾の勇者に優しく声をかけて、手に触れ、そっと抱き締める。

「私は何があろうとも、ナオフミ様を信じております」
「黙れ! また、お前達は俺に罪を着せるつもりなんだ!」
「……私は、ナオフミ様が噂のように誰かに関係を強要したとは思っていません。アナタはそんな事をするような人ではありません」

 穏やかな声、暖かい両腕、優しい心に、盾に群がる呪いの気配が散る。

「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」

 そう言い切って微笑むラフタリアはとても美しく、また、盾の勇者といる事が嬉しそうで。信頼を確認し合うように話すうちに、盾の勇者から涙が溢れて止まらなくなる。涙がこぼれる度に、呪いも薄まり、2人は抱きしめ合って泣いた。

「さっきの決闘……元康、お前の反則負けだ」
「はぁ!?」

 剣と弓の勇者2人が、槍の勇者に不正があった事を知らせ、反論を言いくるめる。槍の勇者は諦めたように肩の力を抜き、他の勇者と共に庭を去って行った。それに続いて、観客も城に戻る。王と王女はつまらなそうに文句を言って立ち去る。わたしも、王女の後を追おうとして、ラフタリアを振り返る。
 幸せそうに盾の勇者を撫でるラフタリアに、心の中で謝罪して、今度こそその場を離れる。

 憤怒の炎が、わたしの中に小さな種火を残した事にも気付かずにーー。


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2019/05/13投稿
05/13更新