始まってしまった波との戦い。わたしに刻まれた使命が、生物の本能のように叫びを上げる。

 あの亀裂を消せ。と。

 だが、槍の勇者からわたしに下された命令は後方支援、最前線で波の根源と直接戦う事はできない。口惜しいが、わたしはわたしにできる事をやるだけ。波が起こった場所は幸いにも、近くに村は一つだけ。騎士団と連携すれば死者を出さない事も難しくはない。

 もちろん、それは騎士団がいればの話だが。
勇者が誰一人、下位の隊を編成して連れてきていなかった。

「勇者様! 騎士団は連れて来ていないのですか!?」

 走り出す槍の勇者に声をかけるが、腕を上げただけでそのまま亀裂に向かって行ってしまった。いや、まだ1回目。勇者にそんな能力があると知らなかったのかもしれない、後で教えなければ。
 今はとにかく人間の避難をさせないと、一般人に波の魔物は荷が重い。確か村の名前はリユート村だったか。前線から見て後ろ。わたしの行動範囲内に入っている。誰もやらないのなら、わたしがやるしかない。村の方向に向かおうとするわたしの前にマインが立ちはだかる。

「波を前に、どちらへ?」
「近辺にあるリユート村の人達を避難させに行こうかと」
「モトヤス様はここで魔物を狩っていろと仰ったのよ」

 人の邪魔がしたいだけなら他所に行って欲しいが、マインの標的はわたし。勇者の寵愛が自分だけに向かないのがそんなに気に入らないのか。そんな物の前に救うべき命があるだろうに!

「槍の勇者様の後方であれば自由にして良いと言われています。それに、騎士団を待っていては村民の命が危険に晒されるのです、マイン様もご協力ください!」

 わたしの言葉に耳を傾けるとは思えないが、何も言わないよりは頼む方がいい。もしかしたら、があるかもしれない。マインも冒険者の端くれ、村近辺の魔物を狩ってくれるだけでも助かるのに。そんなわたしの思いは届かず、マインは冷たい声色で切り捨てる。

「そんな危険な事、私がする訳ないでしょう。勇者様は余計な事はするなと言っているの、輪を乱す真似は控えてくださる?」

 駄目だ。この女に構っていたら人が死ぬ。わたしは説得を諦め、単身、村へ足を向ける。誰かが打ち上げた照明魔法が、酷く頼りなく感じた。




 わたしに固定の武器は無い。世界の理に直接介入して時を止める魔法を使う為、止まった時の中で無理矢理使われる武器は消耗が激しく、すぐに壊れてしまう。だから、わたしに武器を選ぶ権利は無い。1回の戦闘で必ず武器を壊すのだから、丹精込めて作られた武器に申し訳なく思う。

 魔物の群れの中に突っ込み、詠唱していた魔法を完成させて一帯の時を止める。この程度のレベルの魔物なら、数分は止めておける。力任せに剣を振り回し、虫の形をした波の魔物を切り刻む。人に襲いかかるものを優先して倒しつつ、村の防衛線を探す。まずはそこを安定させてから、女子供を避難させなくては。

「おい! こっちには味方がいるんだぞ!」

 声がする方を向くと、遠くで騎士団が1人の男ごと魔物を火の雨で燃やし尽くすのが見えた。人を守るのが騎士団ではないのか。

『力の根源足る龍刻の使者が命ずる。理を捻じ曲げ、駿馬の如く時を駆けよ』
「ムーンフェイズ」

 わたしの時を加速させて、男に降りかかる火の粉を払いに行こうとするが、男は炎をもろともせず、騎士団に近づいていく。赤く染まる戦場で、わたしは男の正体に気付いて呟く。

「盾の……勇者様」

 盾の勇者はマントを翻して炎を払い、騎士団の隊長格だと思われる男を睨み付ける。

「ふん、盾の勇者か……頑丈な奴だな」

 騎士の男が盾の勇者に吐き捨てる。過去の記録を引き出して、メルロマルクが盾の勇者を宗教上の敵としていたと思い出す。
 一陣の風が吹き、1人の女性が勇者と騎士隊長の間に入る。怒りの一閃が騎士隊長を襲うが、騎士隊長も負けずに鍔迫り合いになる。ラフタリアと名乗っていた亜人。初めて会った時よりも人間の数年分成長した彼女は、強い意志を持って剣を握っていた。

「ナオフミ様に何をなさるのですか! 返答次第では許しませんよ!」

2人は刃を鳴らしながら問答する。

「盾の勇者の仲間か?」
「ええ、私はナオフミ様の剣! 無礼は許しません!」
「……亜人風情が騎士団に逆らうとでも言うつもりか?」
「守るべき民を蔑ろにして、味方であるはずのナオフミ様もろとも魔法で焼き払うような輩は、騎士であろうと許しません!」
「五体満足なのだから良いじゃないか」

「良くありません!」

 平和の為、人の為。なにより勇者の為に刃を振るう。本来、勇者の仲間とはこういった心意気を持つべき。わたしの理想が詰まったその姿に、わたしの行動が決まる。
時を加速したままの勢いで、騎士隊長の腹を狙って斬り飛ばす。

「防がれましたか」

 騎士隊長を真っ二つにしようと思って繰り出した攻撃は、寸前で盾の勇者が出した盾に防がれた。相手を覆うような形状の盾は、守る為ではなく閉じ込める意味があるのかも。

「チッ、シールドプリズンも吹っ飛ばせるのかよコイツ」

 盾の勇者が舌打ちをして、今も魔物の攻撃を受けている盾を構え直す。ラフタリアは騎士団よりもわたしを驚異と判断し、切っ先をわたしに定める。敵対の意思が無いという意味で一旦武器を収め、棒立ちになる。

「…………ラフタリア」
「よいのですか?」

小声で2人が話し合う。

「今は敵対する気は無いって事でいいんだな」
「わたしは勇者様と敵対する気は最初からありません」

 話し合うわたし達の背後から、再度あの火の雨が降る。盾の勇者がスキルで魔法を防ぐ。わたしも一緒に守ってくれたのは、信じてくれたのか、たまたま近くにいたからなのか。

「くそ! 犯罪者の勇者風情が」

 盾の牢獄から出た騎士隊長が、魔法を防いだ盾の勇者に怒鳴り散らす。先の魔法はあの男の命令だろう。

「お守りいただきありがとうございます、勇者様。あの者達の、勇者様に対しての狼藉、許せる物ではありません」

 騎士団の殲滅を視野に入れるわたしと、心配するラフタリアを収め、盾の勇者が騎士団を睨み付ける。

「味方に魔法をぶっ放されても、痛くも痒くもない。ただ……俺が手も足も出ないと舐めた態度を取っているのなら…………殺すぞ。どんな手段を使っても、最悪お前等を化け物のエサにして俺は逃げてもいいんだぞ」

 魔法をぶつけられても怯む事なく、盾の勇者は騎士団に言い切る。その内容は褒められた物ではないが、敵を履き違えた者達にはこの位言わないと聞かないのだろう。

「やはり龍刻の使者は悪魔の下僕。犯罪者に付き従うか」
「わたしの事はともかく、盾の勇者様を未だに目の敵にして。数百年前にも、ご忠告申し上げたと思ったのですが……?」

 背中に背負っていた剣を抜き、腐った騎士団を消してしまおうと動くが、盾の勇者に止められる。

「やめておけ、今は波が先だ」

 盾の勇者の言葉に頷き、抜いた剣で近くの魔物を切り払う。

「メルロマルク……思っていた以上の腐敗。変わらないようなら、いっそ…………」

 口の中で呟く言葉は、誰にも聞かれる事なく消えていった。

  盾の勇者の指示のもと、ラフタリアと共に村民の避難を促し、安全を確保した。その後は前線に戻って勇者の攻撃に加わる。騎士団は時々盾の勇者に攻撃をしようとして防がれつつ、比較的大人しく援護をしていた。
数時間に渡って波と戦い続け、そのうちに空の亀裂が収まっていった。

  無理をして使っていた長剣が砕けてしまう。今回は少々魔法を使い過ぎた。わたしは魔力によって作られた人形。魔法に使う魔力は自分を象る為のものを使うしかない。自分を維持するだけの魔力にも手を出した結果、わたしの頬にはヒビが入っていた。

「シーセシンシャさん、顔にヒビが!?  大丈夫ですか?」

 ラフタリアの柔らかい手のひらが労わるようにわたしの頬を撫でる。一時的とは言え、背中を預け合った者同士、そこには小さな信頼があった。

「わたしは人形なので大丈夫です。それに、丁度自分を罰したかった所なので」

 優しい手のひらを離し、無理な戦い方をした言い訳をする。槍の勇者が罰しないのなら、自分でやるしかない。

「罰……ですか?」

 わたしのような人形にも心を砕いて、心配に瞳を揺らすラフタリアは、優しい子だ。できればこの先も生き残って欲しいと願う。

 空は、穏やかな青色に戻っていた。


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2019/04/28投稿
05/01更新