わたしには、2種類の記録装置が内蔵されている。
記録と記憶。
記録に関しては、精霊様の記録に勇者の行動情報が自動的に送られる。そして記憶。わたしが考え、動き、感じた事の記憶。こちらに関しては情報を送る事を強制されてはおらず、に記憶を引き継がせるかどうかは任意である。
 今までわたしはろくに考えもせずに記憶を送ってきた。体を暴かれた恐怖も、王女に対する怒りも、全部。なのに、今回初めてわたしは記憶の送信を拒否した。

 槍の勇者と踊った。それだけの記憶をわたしは小さな記憶回路に閉じ込めた。己の行動が理解できない。独り占めしたい? 取られたくない? なんだその人間のような願望は!

「処理不能、処理不能」

 わざわざ槍の勇者が魔力を分けてくれたというのに、無駄に時を止める魔法を使ってまで槍の勇者を自分から離した。彼と一緒にいると、自分が人形でなくなってしまう。そんな気がして怖くなった。
だから、逃げ出した。
加速に加速を重ねて駆けた先で、波によって破壊しつくされた村を見て、その先の海に辿り着く。身に付けていた衣服を全て脱いで海に飛び込む。魔力回路を外向きにして、海の流れのままに沈んだ。
苦しくない、息をしていないのだから。
海水に溶けた魔力がわたしに流れ込んで、穏やかな海を揺蕩う。海はこんなに暖かく優しいのに、わたしはどうして与えられた優しさを返せないのだろう。

 嗚呼、どうか槍の勇者の夢が彼に優しい夢でありますように。






 日が昇ろうとする時間、わたしは何事もなかったかのようにメルロマルクの城に戻り、槍の勇者のいる部屋の前に待機した。皆が動き出す朝になり、支度を終えて出てきた槍の勇者を驚かせてしまったが、問題は無いだろう。

 謁見の間には、勇者4人とその仲間が集められた。王は勇者達に告げ知らせる。

「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」

 側近と思わしき人間が金袋を勇者達に渡される。見るからに、盾の勇者にのみ金が少ない。

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚。次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚。そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」

 盾の勇者の反応を見る限り、その依頼とやらを話すら聞いていなかったようだ。

「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな。援助金だけだ」

 相変わらず、盾の勇者を冷遇する国の体制に、盾の勇者を他の国に移動させる案も考え始める。いや、勇者がいがみ合っている状態で離すのは危険だ。何度も言うが、使者としての目的を果たすには勇者同士の協力が必要不可欠。ちっぽけな一個人の力で、果たしてどこまで現状を変えられるだろうか。

「あの、王様」

 ラフタリアが小さく手を上げて問う。

「なんだ? 亜人」
「……その、依頼とはなんですか?」

 直接金銭の事を聞かずに、少し遠回しに自分達の置かれた立場を確認する。

「我が国で起こった問題を勇者殿に解決してもらっているのだ」

「……何故、ナオフミ様は依頼を受けていないのですか? 初耳なのですが」
「フッ! 盾に何ができる」

 王の言葉とともに謁見の間が失笑に包まれ、笑い物にされた2人は怒りを堪えている。揺るがない優位に立つ王はなおも盾の勇者を貶し落とす。

「援助金を渡すだけありがたいと思え!」

「ま、全然活躍しなかったもんな」
「そうですね。波では見掛けませんでしたが何をしていたのですか?」
「足手まといになるなんて勇者の風上に置けない奴だ」

 口々に今回の波の元となったキメラを倒しに来なかった盾の勇者を約立たずと決めつける3人の勇者。大勢の敵対者に対して堂々と盾の勇者は嫌味ったらしく言ってのける。

「民間人を見殺しにしてボスだけと戦っていれば、そりゃあ大活躍だろうさ。勇者様」
「ハッ! そんなのは騎士団に任せておけば良いんだよ」
「その騎士団がノロマだから問題なんだろ。あのままだったら何人の死人が出たことやら……ボスにしか目が行っていない奴にはそれが分からなかったんだな。尻拭いに走らされる人形使者も大変だ」

 剣の勇者と弓の勇者が騎士団の隊長の方を向き、盾の勇者の最後の言葉に、槍の勇者はわたしを見た。騎士隊長が忌々しそうに頷き、わたしは勇者の視線から逃げるように目を逸らした。尻拭いをしたつもりは無いが、騎士団くらいは連れてきて欲しかったのは本当だ。

「だが、勇者に波の根源を対処してもらわねば被害が増大するのも事実、うぬぼれるな!」
「はいはい。じゃあ俺達はいろいろと忙しいんでね。金さえ貰ったらここには用がないんで行かせて貰いますヨー」

 王の物言いに我を忘れる事無く立ち去ろうとする盾の勇者を、王は呼び止めた。

「まて、盾」

「あ? なんだよ。俺は貴様と違って暇じゃないんだ」
「お前は期待はずれもいい所だ。それが手切れ金だと思え」

 手切れ金。
つまり、この国は盾の勇者との繋がりを自ら切ろうとしているのだ。そうなれば、四聖の勇者が集まる機会は今よりも減る。さらにわたしの目的から遠のいてしまう。

 王に進言しようと顔を上げるが、背中に誰かの手がそえられる。

「口を開けば殺しますわ」

 いつでも魔法を放つ事の出来るように練られた魔力。王女の言葉は嘘ではなさそうだ。だが、今のわたしには昨夜槍の勇者に貰った魔力がある。誰にも気付かれずに王女を止めるくらい余裕だ。静かに魔力を練り始めると、わたしの行動を止めるようにラフタリアは盾の勇者に満面の笑みで告げた。

「それは良かったですね、ナオフミ様」

「……え?」
「もう、こんな無駄な場所へ来る必要がなくなりました。無意味な時間の浪費に情熱を注ぐよりも、もっと必要な事に貴重な時間を割きましょう」
「あ……ああ」

 盾の勇者の手を握るラフタリアは、一瞬わたしに目配せする。なるほど大ごとにするなという事か。友人がそう言うなら、今は黙っておこう。

「では王様、私達はおいとまさせていただきますね」

 軽やかに謁見の間を出ていく2人。槍の勇者がその背に負け惜しみを言うが、本当に気の許せる仲間を手に入れる事ができた盾の勇者には無駄のようだ。振り返らずに進む2人を見送り、王による報奨金の配給は終わった。
 槍の勇者だけが王に呼び止められ、報償として領地を与えられる事になったが、槍の勇者はラフタリアに言われた奴隷の件を気にしているのか、奴隷を要求した。
 王女は慌てた様子で、槍の勇者との仲を深める作戦を練り直す。一体、領地を与えて何をしようとしていたのか。

 他の勇者より金を多めに貰った槍の勇者は、城を出てすぐにわたし達パーティの者に言った。

「俺はラフタリアちゃんみたいな不幸な子を助けたい。さぁ、奴隷を解放しに行こう!」

 その言葉に調子よく賛辞を投げる女達。だが王女以外の者は薄汚い奴隷に関わるのも嫌がり、槍の勇者からお小遣いを貰ってそそくさと城下町に消えて行った。
 3人になった槍の勇者と王女、そしてわたし。腕を絡ませながら歩く2人の数歩後ろをついて行く。奴隷商の元へ向かう途中にも王女はずっと聞こえの良い甘言を槍の勇者に吐いていた。

 奴隷に関しては、槍の勇者の思惑通りには行かなかったとだけ、言っておこう。


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2019/05/26投稿
05/26更新