シーセにキスしようとして断られた。
 俺的にはあの時は行けると思ったんだけど、俺が思っていた以上にシーセは恥ずかしがり屋なようだ。抱きとめた俺に笑いかけてくれたシーセはとても可愛らしく、顔を覆い尽くす包帯なんて気にならなかった。やはり俺の審美眼に狂いは無かったと誇らしくなった。それと同時に、ムラっとした。例の男性恐怖症みたいな物も俺には感じなくなった様だし、雰囲気も悪くなかった筈。

「もう少し、スキンシップを多くとってみるか……」

 恥ずかしいと言うならば、恥ずかしくなくなるまで近付けばいい。何より、無表情ながら仄かに赤く染まる頬が可愛かった。シーセが俺に見せる表情が増える度、もっと触れ合いたいと求めたくなる。触れそうな距離の筈なのに、ずっと追いかけている感覚がする。それが寂しくて、もっともっと追いかける。なのに届かず手に入らない。愛しかった寂しさは積み重なって歪み始める。

 あの子が欲しい。

 女の子に向ける感情じゃないのは自覚している。それでも欲しい。物のように、人形のように。あの子がこの手に欲しい。

「モトヤス様?」

 マインの声に我に返る。昨日シーセにぶっかけられた魔力は、一眠りしたら逆に魔力の流し方が心做しか上手くなった気がした。大事をとって徒歩ではなく馬車での移動になったが、調子はすこぶる良かった。

「気分が優れないようでしたら、今日は次の村で休みましょうか?」
「いや、大丈夫。その先まで進みたいから、皆も頑張ってくれるか?」

 マインが心配してくれるが、今回の目的地でイベントに必要なアイテムがあった筈。飢饉で苦しむ村をダンジョンにある植物の種で救う話。レベル的にも簡単なイベントだし、さっさと片付けておきたい。

「私達はまだまだ大丈夫でーす」
「私もモトヤス様と一緒なら大丈夫ですわ」

 女の子達が口々に俺について来てくれると言ってくれる。大丈夫、ここでならライトで楽しく女の子と遊べる。俺を縛り付けるような子はいない。なのに、どうして今度は俺が束縛しようとしているんだろう。
 シーセに目を向けると、シーセも俺を見ていたらしくバチりと目が合う。馬車の隅っこで小さく丸めていた体を更に縮めて、そっと目を逸らす。未然に防がれはしたが、キスを嫌ではなかったとシーセは言った。嫌われていない、ならいい。

 俺はマインに少し酔ったとか適当な事を言って外を見るフリして、横目でシーセを見つめる。今は・・それで満足だった。






 長めの馬車の旅を終えて、邪悪な錬金術師の根城に辿り着いた。魔物が彷徨くと言うので戦う準備を整える。シーセは前回与えたナイフを腰に携えていて、俺はシーセに槍を突き刺す感覚を思い出して意味も無く手のひらを拭った。

「シーセ、そのナイフでいいのか?」
「はい。前回の戦いでは時を止める魔法は殆ど使用していませんので、まだ使用可能です」

 俺としてはあまり使って欲しくないが、武器に関してはヤケに頑固な所があるし好きにさせてあげよう。大人しく引き下がる俺にマインが声をかける。

「ところでモトヤス様。どうしてこんな寂れた所に?」
「ああ、ここにこれから出会う問題を解決できるアイテムがあるんだ。」

 マインに今から向かう場所を説明しながら、脳裏にゲームでのイベントを振り返る。根城の中の謎を解くと横穴から入れるようになる部屋に、そのアイテムがあった筈。あまり長居をして女の子達を危険な目に合わせる訳にもいかないので、最短ルートを探す。探索は夜にまた1人で来ればいい。

 俺達は錬金術師の根城に足を踏み入れる。





 結果は一言で言えば楽勝だった。
 シーセは単独行動を辞めて俺の傍で刃を振るう事にしたらしく、俺の隣を歩いていた。時折マインが間に入って怖いと甘えてくるのもあって、俺は気分が良かった。戦闘面でも、シーセが付かず離れず俺のサポートに徹してくれたから誰1人怪我をせずに根城から出れた。それは元の世界で唯一と言っていい男の友人とゲームをした時の安定感とよく似ていた。

 根城を出た俺達は横穴に入る。真っ直ぐ奥に行けば鉱石類のアイテムが採掘できるが、今日の目的はそっちじゃない。洞窟の様な横穴に、不自然に整えられた道がある。さっき根城で解放したその道の先にそれはある。大きな宝箱が台の上で眠っている。宝箱の横に文字か何かが書かれていたが、俺には読めなかった。他の女の子も同様、読めずに首を傾げる。後方を警戒していたシーセがちょこちょこと近寄ってそれを覗き込むと、俺に縋る様に声を荒らげた。

「ここに眠っている物は危険なものです! これの使用を、考え直してはもらえませんか?」

 何が書いてあったのかはわからないが、ここでアイテムを拾わないと飢饉で苦しむ人々を救えない。説得の言葉を選んでいると、マインが1人前に出て宝箱を開けた。シーセはビクリと体を震わせるが、開けたところで何も起きず、マインは呆れた様に溜め息を吐いた。

「モトヤス様がこれを必要だと言ったのです。ならば危険であろうと手に入れるのが私達の役目ではなくて?」

 言いながらマインは箱の中から1粒の種を取り出し、俺に手渡した。

「それに、モトヤス様がそんな危険な物を使おうなんて言う筈ありませんもの。ねぇ? モトヤス様」

 種を受け取ってマインに礼を言う。マインの心からの信頼が嬉しかった。そうだ。ゲームの知識では問題なんてなかった。だからきっと俺が正しいんだ。シーセには悪いけど、大勢の人が救われる所を見せれば危険なんて杞憂だったんだとわかってくれる。

「大丈夫だシーセ、俺を信じて」

 まだ不安そうに手を彷徨わせるシーセを安心させるべく、その手を取って目を見つめる。逃げる様に目を伏せたシーセの次の言葉が、俺の胸を抉る。

「わたしは勇者様を信じます。命令、承諾」

 ちがう、ちがうんだ。
 そんな無理矢理信じられても嬉しくない。命令じゃない。俺を見て。勇者じゃなくて、俺を、元康を見て。ライトな関係とかじゃ嫌だ。欲しい、欲しい。シーセが欲しい。君の体が欲しい、心が欲しい、信頼が欲しい、愛情が欲しい、特別が欲しい、唯一が欲しい、1番が欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。

 ああ、欲しいって、欲って書くんだっけ、欲望って、生きる為に必要だもんな。じゃあ、俺にはきっとシーセが必要なんだ。だからこんなに欲しいんだ。

「俺は、間違ってない」

 誰にも聞かせるつもりはなかったけど、シーセには聞こえたらしく、一瞬目を見開くと、泣きそうな瞳で俺の前から逃げ出した。1人で行くと危険だとか、シーセの意見を無視した訳じゃないだとか、普段の俺が考えるような事は一切思い浮かばなかった。

 俺はただ、俺から離れたシーセが憎かった。


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2019/08/03投稿
08/03更新