わたしの名前はシーセシンシャ。世界の崩壊を止める為に作られた人形。槍の勇者である「モトヤス」様の協力を得る事に成功。

「じゃあ、これ着てみて」

 槍の勇者に手渡されたのはレースがあしらわれたワンピース。戦闘には不向きであるが、命令に背くことは出来ない。服屋の店員に連れられて、奥にある試着室へと入る。この店に入る前に渡された袋には下着が入っていたので、まずはそれを身に付ける。ワンピースも着て、槍の勇者の前に出る。

「すごい……似合ってるよ」

 息を飲んでわたしをみつめる槍の勇者。
過去にわたしを所有していた勇者にも、無駄に着せては脱がせる人間がいた。美しいと愛でられるこの体は、わたしを所有した勇者の趣味嗜好から導き出された至高の肢体。槍の勇者を喜ばす事も容易なはず。

「つ、次はこれを着てくれ」

 次は白い花が散りばめられた淡い青色のワンピース。槍の勇者はワンピースが好みの様。記録しておく事にする。

 次のワンピースを受け取り、袖を通してまた試着室から出てくる。5回は繰り返しただろうか。段々と楽しくなってきた。何を着ても褒められるのは、悪い気はしない。
素直に嬉しい。わたしだけではなく、わたしをお作りになられた精霊様が褒められている気がするから。

「ここで笑ってくれたら、普通の女の子なのにな」

 スカートの裾を翻して回るわたしを見て、槍の勇者は呟く。
普通の女の子。
それはいけない、わたしは龍刻の使者。人形であるべき存在。望んではいけない、人間の様に笑う夢など。望むのは世界の平和。わたしの幸せではない。
首を横に振って、いらない思考を飛ばす。

「勇者様、他の方の服も見てあげてください。その、わたしは本当にどれでも構いませんので」
「マイン達は大丈夫、他にも服持ってるし。それに俺がやりたいからやってんの」

 そう言われてしまうと、わたしには止める権利が与えられていない。流されるまま着せ替え人形よろしく、袖を通しては脱いだ。

 ここいらでは見ない、おそらく他国の民族衣装だと思われるベージュのワンピース。裾等にあしらわれた細やかな刺繍が可愛らしい。無意識に刺繍を撫で、槍の勇者に見せ付けるようにくるりと一回転した。

「それ、気に入ったの?」

「……はい」

 今までの格好つけた様な笑いではなく、穏やかな笑みの槍の勇者に、わたしは思わず頷いた。

 貴方が選んでくれた物なら、どれでも良かったのは本当だった。けれど、根気強くわたしの好みを探してくれた事が、なにより嬉しかった。

「うん、シーセによく似合ってる」

 そう言って槍の勇者は店員を呼んで会計を済ませる。この恩、絶対に返さなくては。

 この後、戦闘用の装備も別に買い与えられ、返すべき恩ばかりが増えて行くのだった。






 世界を崩壊に導く次元の亀裂、通称厄災の波。勇者の使命はその波を鎮める事。今代の勇者達にとって初めての波が明日、やってくる。
英気を養う為にも宿を取って早めの解散となった槍の勇者一行。パーティはわたしを含めた6人。勇者が1人部屋、仲間の女性達が2部屋に別れ、計3部屋を借りた。
 昼間、龍刻の使者を悪魔扱いした女ーー名はマインと言っていたかーーと同室になったわたしは、買って貰ったばかりの装備の手入れをしていた。
 隣の部屋で、槍の勇者が静かに出て行く音が聞こえる。マインにも聞こえていたかはわからないが、槍の勇者が隣の部屋からいなくなると、口を開いた。

「シーセシンシャさん、私喉が渇いてしまって……このお金で飲み物を買ってきてくださいませんか?」

 そう言ってマインはわたしに銅貨を数枚握らせた。わたしを使いっ走りにする気か。無言で彼女を見つめて拒否を示す。

「あら、私のお願いは勇者様のお願いよ? それに、仲間同士は仲良くしなくちゃ、モトヤス様は困ってしまうでしょうねぇ」

 それは、わたしがマイン達と仲良くなれば、槍の勇者が喜ぶという事。少しの手間で勇者が喜ぶなら、小間使いになってもいいかもしれない。
突き返そうとした手を戻し、わたしは宿の1階部分にある酒場へ向かった。明日は波、酒類は控えた方がいいと考え、果実の甘いジュースを買って部屋へ戻った。



「こんなお子様が飲むような物、私が飲むわけないでしょう?」

 ひっくり返されたコップと、わたしの表面を流れ落ちる雫に、ジュースをかけられたのだと気付く。
折角槍の勇者に買って貰った服に、ジュースが滲んでいく。液体の色が薄い物で良かった。それでも早く洗わなければ、染みが残ってしまう。宿の裏に井戸があった筈、マインに背を向けて走り出そうとした瞬間、また頭から冷たい物を被せられた。

「水ならここに用意してありますのよ? ふふっ、いい格好になったじゃありませんか」

 わざわざこの為だけに水桶を用意したのだとしたら、余程の暇人なのだな。見た目だけとはいえ、自分よりも幼い小娘相手によくやる。呆れて怒りも湧いてこない。

「貴方としたいと仰る方々がいますの。この素敵な格好で行ってらっしゃいな」

 扉の向こう側、部屋の外に数人の人間と思われる足音が聞こえる。マインの目的は大方、わたしを虐めて自らパーティから抜けるよう仕向けたいのだろう。
おそらく、わたしは今から女の尊厳を踏みにじられる。いや、元々そんな物無いに等しい。

 だから、大丈夫。我慢できる。

 マインによって扉が開けられる。下品な笑みの男達が入ってきて、わたしの腕を、腰を、髪を、掴んでは舐る様に視線を這わせる。
 臆してはいけない。震えてもいけない。マインの思い通りに泣いて逃げたりしない。それが今わたしに許された範囲でできる抵抗だから。






 随分と長く弄ばれたものだ。夜も深く、後数時間もすれば日が昇るだろう。
宿の裏まで体を引きずって帰ってきたわたしは、そこにあった井戸の水で体を清める事にした。宿から槍の勇者の気配はしない。まだ帰っていないのだとしたら、早く処理をしないと見つかる可能性がある。見つかれば、要らぬ心配をかける。
 それに…………。
槍の勇者に貰った服が、あんな物で汚されたと知られたくない。

 どうせ誰もいないだろうと、下着姿でワンピースを洗う。破られなかっただけ良かったと思うしかない。丁寧に汚れを落とすが、匂いはどうだろうか。ジュースも結局シミになってしまった。胸が沈む、下唇を噛んでやり過ごす。殴られた頬が痛む。汚れと一緒に流す。腕の擦り傷に水がしみる。鼻がツンと痛む。目の奥が熱く滲む。服を揉む手に力がこもる。砕けそうな程奥歯を噛み締める。
視界がぼやける。

 涙が落ちる。

「シーセ!!」

 肩を強く引っ張られ、無理矢理振り向かされる。触れる男の手に、先程の行為を思い出して体が竦み上がる。

「い、嫌!!」

 自分が思っていた以上に、マインの攻撃は精神を蝕んでいた事にようやく気付く。
過去、勇者にどんな事をされても平気だったのは、少なからず勇者に好意を持っていたから。双方に愛の欠片も無い行為が、こんなにも恐ろしいとは思っていなかった。

「落ち着くんだシーセ。俺だ、元康だ」

 服を抱き締めて震えるわたしに触れる事なく、優しく語りかける声。顔を上げると、槍の勇者が心配そうな目に、わたしを安心させる為に笑おうとしたのか、変に引きつった口の顔でそこにいた。
知られたくなかったのに、槍の勇者を見た瞬間に安心した。体の強張りが解けて、必死にせき止めていた涙が溢れる。

「勇者様、ごめんなさい……わ、わたし……。勇者様に貰った服……汚してしまって…………」

 今のわたしなら嘘を吐ける、まだ嘘を吐かないよう命令されていないから。本当の事は言えないけど、謝らせて欲しい。勇者に貰った服1つ守れない弱いわたしを。

 どうか、許さないで。


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2019/04/26投稿
04/26更新