平行世界の執行官
スマートパトカーの助手席で六合塚は運転席のほうを向いた。自分の恋人である唐之杜志恩も美しい見た目をしているが、この男もそれに匹敵するレベルで美しく、そして謎に満ちている。現実味がないほど整った顔に監視官という職業適正。何もかも持っているこの男にシビュラはどんな女性を宛がうのだろうか…ふと、そんなことを思った。監視官は色相悪化の危険性があるものの、彼もいずれはシビュラの相性診断等で相手を見つけて結婚するのだろう。将来の“槙島夫人”はやはり彼のような人なのだろうか。
「どうかした?」
顔をじっと見ていたのに気づいたらしい。槙島は視線を前に向けたままそう言った。六合塚もすぐに視線をフロントガラスへと向けた。その向こうには雲に覆われた灰色の空が延々と続いている。真っ白な彼もこの空のように灰色に濁り、黒くなる可能性があるのだろうか?なぜだかそうは思えなかった。
「いえ、何も」
槙島の私生活についてなど執行官の私が知ることじゃない。六合塚は頭の中をクリアにした。余計なこと、必要ないことは考えない方が良いのだ。それが色相をこれ以上濁らせないことにも繋がる。そうしてお互いが何も喋らないまま公安局に戻り、地下駐車場に車を停めて槙島はそのまま局長の元へ。六合塚は分析室へ向かった。
「おかえりなさーい」
分析室では唐之杜がマニキュアを塗りながら六合塚を迎えた。六合塚は慣れたようにソファに座ると携帯端末を操作し、データを転送した。
「ねぇ、聖護くんと弥生ってどんなこと話すの?」
唐之杜は送られてきたデータを整理しながら尋ねた。
「あまり話さないけど…まぁ、仕事の話ぐらい」
「ふふっ、二人が会話を弾ませてるのは想像できないわね」
「じゃあ聞かないでよ」
六合塚は少しむすっとしつつも、依然としてパソコンに向かっている恋人の後ろ姿を眺めた。槙島は無口というわけではない。そういえば彼は誰とよく話していただろうか…そう思ってみると考えるまでもなかった。ららと征陸だ。槙島という男は他人との間に見えない壁を作っているように見えるが、その壁は本人が築き上げたものではない。周囲の人間が勝手に築いたものだ。ららはその壁を作るのを途中でやめた。征陸は最初からそんなものは作らなかった。六合塚から見てららと槙島はお互いに会話を楽しんでいるように見えるし、よく本の貸し借りをしている。征陸にはどうやら警視庁時代の話を聞いているらしく、征陸の部屋で酒を飲むこともあるようだ。それを聞いて宜野座が眉をひそめていたのを思い出した。彼からすれば槙島の行動は理解不能だろう。潜在犯である執行官と親しくすれば色相を濁らせる危険性がある。しかもアルコールの摂取まで。宜野座は色相浄化に努めているし、セラピーにも行っているのというのにこの社会では槙島のほうが“健全”だ。シビュラ公認芸術家になった頃は六合塚も自分はシビュラに愛されていると思ったものだが、そうではなかったことは今の状況が示している。だが、あの男に関しては……言うまでもない。
「でも、聖護くんて執行官と話すの好きみたいじゃない?他の係の執行官に話しかけてるのも見たことあるし。かといって見下したような感じでもないし」
「まぁ…」
「監視官なのに珍しいわよね」
「宜野座監視官は監視官らしい監視官だけど、槙島監視官は何て言うか…わからない」
「あはは、まぁね」
唐之杜は声をあげて笑った。宜野座はわかりやすい。何を言えば怒るのか検討がつくし、イライラしてるときは顔に出る。執行官を見下しているのも監視官としては当たり前のことだ。しかし槙島は違う。何を考えているのか、まったくわからない。彼の周りを取り囲む壁の内側に入れば、わかるようになるのだろうか…。
六合塚は少しして分析室を出ていった。一人になった唐之杜は転送されたデータを整理しつつ、槙島を思い浮かべた。百人中百人が美しいと答えるであろう整った容姿に明晰な頭脳で捜査能力も高い。物腰は柔らかいが不思議と彼に優しい人という印象は抱かない。感情の起伏はほとんどなく、槙島が怒っているのを誰も見たことがない。微笑んでいるのはよく見かけるが、あれは最早クセのようなものだろう。刑事課には変わり者が多いが彼もまたその一人だ。むしろ筆頭と言っていい。データをファイルに振り分けたところで、扉の開く音がした。
「あら、どうしたの?」
「見せてほしいデータがある」
「オーケー」
訪問者は槙島だった。彼がここに来るのはそう珍しいことでもないので唐之杜は槙島に言われた事件のデータを開き、モニターに表示させた。ここ三ヶ月のサイコハザードを起こした地域のマップだ。槙島は腕を組んでモニターを見ている。優雅、眉目秀麗…そんな言葉が思い浮かぶ。
「ねぇ、聖護くん」
「なに?」
「今度、飲まない?」
「いいよ」
即答だった。執行官と酒を飲むことにも何の迷いもない。お互いにモニターに視線を送ったまま会話を進める。
「じゃあいつにしましょうね」
「来週の水曜と日曜以外なら空いてるよ」
「オーケー。私の部屋でいい?予定を確認してまた連絡するわ」
「六合塚はそういうの気にしないのかい?」
「平気よ。何しろ聖護くんだからね」
喜んでいいことかはわからないが槙島が自分を女として見てないことは分かってるし、彼が理性を抑えられない人間ではないこともわかっている。それに志恩からしても何故だか槙島にはそういった魅力は感じない。夜はどうなるのか、に関しては興味があるが。
そのあと槙島はいくつかのデータを見て分析室を出て行った。
「不思議よね」
一人になった分析室で志恩はタバコに火をつけた。
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