平行世界の君
反体制派というのは各地の廃棄区画に潜んでいる。廃棄区画の管理がずさんなのは今に始まったことではないし、今から全国の廃棄区画を一斉排除しようとすれば莫大な金がかかり収容所も確実に定員オーバーになる。そのため、厚生省もわざわざ廃棄区画にまで潜在犯を狩りにいくことは滅多になく、反体制派の隠れ家はいくらでもあった。しかし、今回に関しては今まで追い続けていた潜在犯の所在が漸く絞り込めたということで局長から許可が出た。
「先月収容された潜在犯によると、本郷の廃棄区画でコウガミらしき人物を見たとのことです」
一係のメンバーが集合した分析室で六合塚がソファに座ってパソコンを操作しながら話す。所在が絞り込めた潜在犯というのはコウガミのことだった。先日の槙島との会話のこともありららはあまり気乗りしなかったが、それ以外のメンバーはようやく見つかったということで意欲的だ。ここに来て何度目かの疎外感を感じつつモニターに視線を移すとそこには本郷のマップが表示され、コウガミが目撃された廃棄区画が赤く点滅した。
「結構広いのねぇ」
唐之杜がタバコに火を付けながら言う。只でさえ廃棄区画で人を探すのは大変だというのに、この廃棄区画はなかなか広い。しかも昔ながらの建物が密集しているため隠れ家としては丁度良いのだろう。
「つーかさぁ、そのコウガミって奴をもし見つけたところで顔写真すら無いのにどうやって…」
「それならもうあるわよ」
佐々山が不満を言うが唐之杜がキーボードを操作し、モニターに写真を表示させる。そこにはららがよく知る狡噛慎也の姿があった。どこかの路地で武器の整備をしている隠し撮りされたかのような狡噛の画像。久しぶりに見るその顔も他のメンバーからすれば初めて見る顔だ。各々が何かしらの反応をしている。それを見てららはまたこの世界が自分の知るものとはまったく違うのだと実感した。みんなは狩るべき獲物として狡噛の写真を見ていた。
「へえ、コイツがコウガミね。で、いつ入手したわけ?足取りすら掴めなかったのに」
「まぁ…ちょっとね」
唐之杜は佐々山の問いに言葉を濁しつつ、ちらっと槙島を見た。槙島はあえて目を合わさないようにしているのか、モニターだけを見ている。佐々山はその意味深な様子に若干の不信感を抱いたが今まで槙島の捜査によって解決した事件は多い。悔しいが彼の言うとおりにしていれば捜査は上手くいく。何をしたのかは知らないが今回もまた槙島が動いたことでコウガミの面が割れたのだとわかった。佐々山は何か言いたそうにしつつも、それ以上は聞かないことにした。槙島は宜野座のように執行官を区別するようなことなく一個人として接してくるが、かと言って腹を割って話せるタイプではなく、佐々山は彼を監視官として信頼はしても人として信用はしていなかった。近づいてはならない雰囲気を佐々山は感じていた。そしてららもこのコウガミの画像が槙島があまり褒められたものではない方法によって入手したでろうことを感じていた。
「まぁ、この顔を見たら要注意ってことよね」
唐之杜の言葉にららだけは頷けなかった。
大量のドミネーターのバッテリーを積み、護送車が執行官たちを乗せて廃棄区画の入り口に到着する。扉が開くと公安局のレイドジャケットを着た宜野座と槙島がすでに待機している。あの槙島が監視官の証でもあるジャケットを着ているのはららからすればなかなか奇妙な光景だったが、執行官たちも車から降りいつものようにドミネーターをそれぞれ持ち、今回はさらに予備のバッテリーも持たされた。無駄な執行はしなくていいとの指示だが廃棄区画では何があるかわからない。護送車の前で全員が集まり、槙島が今回のプランを手短に確認した。
「2チームに別れる。コウガミがよく顔を出すという場所はマップに示した通りだ。僕とららと佐々山は東側から。宜野座たちは西側から行こう」
その指示にみんな頷き、東と西に別れて廃棄区画へと足を踏み入れた。
レンガ造りの建物や木造の歴史ある建物が多いこの区画は廃棄区画にしては小綺麗だ。居場所の無くなった者たちなりに管理はされているようで浮浪者も少ない。ららはドミネーターを構えつつもその景色を思わず眺めてしまう。確かに狡噛はこういう街並みを好みそうだ。だが佐々山はより警戒を強めているようだった。
「こういうとこは危ねぇーよな…」
「そうなの?」
他の廃棄区画よりも清潔そうな雰囲気なのに、とららは首をかしげる。すると前を歩く槙島が答えた。
「つまり、ちゃんと管理をする組織がこの廃棄区画にあるということだ。ただの浮浪者と潜在犯の溜まり場ではなく、それぞれ何らかの役割を担っている自治体のようなものを形成しているとしたら…コウガミ一人ならまだしも、組織的に抵抗されるのは分が悪い」
「なるほど…」
対象の人数が増えればそれだけ大変になるし、団結して抵抗されれば一係だけで対処するのはキツくなる。ららは気を引き締めて辺りを見回した。人通りはあまり無く時々狭い路地に人がいる程度だ。しかし彼らもららたちに気づくと走り去ってしまう。しばらく歩いたところで佐々山が口を開いた。
「何かさぁ、こっから別れたほうが良くない?目立つし。さっきからここにいる奴ら、俺らに気づくと近くの奴と目配せしてどっか行くんだよなぁ」
「同感だ」
この廃棄区画を仕切るのが反体制派の組織だとすれば、公安局が捜査に来ていることを知られるのはあまり良くない。仲間を集めて抵抗され、コウガミを逃がす時間稼ぎになってしまう。その他諸々の潜在犯を取り締まるのも仕事だが今回は何よりもコウガミを見つけ執行することが最優先とされていた。佐々山はドミネーターを隠しながら一人ららたちとは別の方向へ向かっていった。
「じゃあ私はあっちから目的地に向かいます」
「わかった。気をつけるんだよ」
槙島が何気なく言ったその言葉にららは一瞬目を見開く。執行官にそんな言葉をかけるのは常守と狡噛ぐらいだと思っていたが、槙島もそうだったらしい。強く頷き一人路地へと走っていくららを残された槙島は後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
一人になったららはマップを見ながら狡噛がよく来るという講堂を目指す。基本的にはシビュラが導入される以前と建物や道などは変わっていないため、マップに無い建物というのはあまり無い。こちらの世界の一係のメンバーは槙島を除いて何も変わっていなかったがそれなら狡噛はどうなのだろうか。ららのよく知るあの狡噛のまま、この廃棄区画で生きているのだろうか…?もし狡噛を見つけたとしてドミネーターを向けられる自信は無かったが、それを確かめるためららはひたすら廃棄区画を進んだ。できれば、みんながいないときに狡噛を見つけたい。ららはジャケットの内ポケットからコス・デバイスを取り出すと、黒のスーツから黒のワンピースへと服を変えた。このほうがこの区画の住人に警戒されにくいはずだ。ドミネーターを隠し持ちながらさらに路地を進んでいくがなかなか敷地が広いようで少しバテてきた。あまり汚くなさそうなビルの壁にもたれ掛かり息を整える。このまま皆が路地を進み、もしそこに狡噛がいたら誰かがドミネーターの引き金を引くのだろう。パラライザーかエリミネーターかはわからないが、狡噛が死ぬところは絶対に見たくない。でも、どうすれば良いのか…この捜査が空振りに終わればいいが、ここには猟犬の嗅覚だけは良い佐々山や、その佐々山が捜査能力を評価する槙島がいる。途方に暮れるとはこういうことだと思った。ららは壁にもたれ掛ったままズルズルとしゃがみこむ。大切な人を執行することがこんなにも精神的にキツイものだなんて、一か月前の自分は想像できただろうか、と…。
「君、そんなところでどうした」
「…!」
その声にハッと顔を上げた。
「見ない顔だが、どうした?」
ららの顔を覗き込むようにして見るのは仲間を二人引き連れたこの世界の狡噛慎也だった。羽織っているグレーのミリタリーコートは彼がいつも来ていたものに似ていて、一瞬元の世界に戻ってきたのではないかと錯覚してしまう。
「狡噛さん…」
思わず声が出てしまった。その小さな声も耳の良い狡噛にはしっかり聞こえていたらしい。狡噛はららに歩み寄ると、目線を合わせるようにその場にしゃがんだ。もう何か月も見ていなかった狡噛の瞳が目の前にあった。
「俺のことを知ってるようだな。で、君みたいな子が一人で廃棄区画に来るってことはワケありか?」
「…そんな感じです」
まさか公安局の捜査です、とは言えない。それに実際に狡噛を目の前にしてみるとドミネーターなんて向けられそうになかった。彼の目はららのよく知る優しい目をしていたのだから。どう動くべきかと悩むららを狡噛は心配そうに見つめ、静かに語りかける。
「一応うちは他の廃棄区画よりは安全と言われてはいるが…悪いことは言わない、帰る場所があるなら早めに帰った方が良い。君みたいな若い女性が廃棄区画で一人でいるのは危険だ。道が分からないなら出口まで案内する」
この世界の狡噛もやはり狡噛のままだった。ららは安心しつつ、どうやって彼を講堂から遠ざけ捜査の目を掻い潜らせるか考えた。いくら反体制派といえど彼は紛れもなく狡噛慎也だ。できればパラライザーで撃たれるのも見たくないし、エリミネーターなど以ての外だ。
「どうした?」
狡噛は何も言わないららを心配そうに見ている。後ろの部下は周りを警戒しているようだが、このまま黙っていては狡噛が危険だ。生憎、彼をここから遠ざける上手い言い訳が思いつかなかったがいつ他の一係メンバーが来るか分からない。ららは小さな声で話しはじめた。
「狡噛さん…私のこと変な奴って思うかもしれないですけど、聞いてください」
「ああ。どうした」
「今日は講堂に行かないでください。近づくのもダメです。できれば、仲間の人たちも」
「何を言ってるんだ?」
「とにかく…」
ポツリ、と雫が落ちた。それは次々と増えて地面を濡らしていく。まずい、雨が降るとホロにノイズが生じてしまう。早くこの場から立ち去らなければ。
「待て、どういう意味だ」
「あっ」
立ち上がって走り出そうとするららの腕を狡噛が掴む。そのことで体が反転させられ、隠していたドミネーターが露になる。狡噛は腕を離して距離を取り、彼の仲間の二人は武器を構えた。
「ヤバイ、公安ッスよ狡噛さん!」
「てめぇ何しに来やがったんだ!」
二人から武器を向けられ、ららは固まった。ドミネーターを使うこともできるが片方の犯罪係数を測っているうちにもう一人に攻撃される可能性がある。考えあぐねていると見知った声がした。
「紅月?」
ららを挟んで狡噛たちとは反対側の路地にレイドジャケットを着た宜野座が現れた。公安局の証でもあるそのジャケットを見て一気に空気が張りつめる。どうしてこのタイミングで来てしまうんだ、と心の中で悪態をつくが、宜野座はららの視線の先にいるのがコウガミであると気づき、ドミネーターを構えた。
「だめ!来ないでください!撃たないで!」
「何を言ってるんだ紅月!邪魔だ、どけ!」
今にもドミネーターを撃ってしまいそうな宜野座は少しずつららに近づいてくる。ららは狡噛に目線を送り、今すぐ逃げてくれと祈った。しかし…
ヒュンッ
宜野座のパラライザーが狡噛の仲間の一人に命中し、パタリと地面に倒れる。これによってもう一人の仲間が激昂してしまった。
「クソッ、よくも撃ちやがったな!」
「待て、撃つな!」
狡噛の制止の声も虚しく、改造ネイルガンがららに向けられた。
「誰にも邪魔はさせねぇ!」
ネイルガンから発射された釘が空気を切り裂く鋭い音を立ててららの目の前に迫った。
「紅月!!」
最後に宜野座の声が、遠くで聞こえた――――…
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