そして朝は循環する
槙島が殺されてから一か月が経ったころ。ララは一人、廃棄区画に来ていた。ここに関してはもう慣れたもので、仲介役がいなくても道に迷わず目的地に辿り着ける。屋台のオヤジや顔役の爺さんもララを見てもまた来てるのか、という程度にしか思っていない。いくつかの角を曲がったところで、ホロで隠された入り口を見つける。そのなかに入ってブザーを押して暫くすると、何種類かのロックが外れる音がして扉が開いた。
「どーぞ」
「お邪魔します」
相変わらずの怪しい笑みにララも口角を上げると、グソンの後ろについて何度めかのお宅訪問をした。よくわからない電子機器が多めだがキッチンや冷蔵庫、テーブルなどちゃんと生活をしている形跡があるのでやはり誘拐されたときの部屋は普段使っていないところだったとわかる。あれ以来あの部屋には入っていないので今の状況はわからないが。リビングルームに着くとララは慣れたようにソファに座り、グソンはキッチンから紙パックの紅茶をグラスに入れて彼女の向かいに座った。
「元気そうだな」
「うん。ありがとう、グソン…出雲大学でのこと」
「ただの仕事さ」
そうは言うが当時ララは内心ハラハラしていた。一係が到着する前に出雲大学のラボへ侵入し、電力を止めてほしいという依頼をしたとき、グソンは確かに面食らっていたように見えた。当然だ。いくらララがグソンの命を助けたとはいえ、グソンが槙島と手を切らなくてはならない理由はない。ララも彼に依頼をするのは半ば賭けだった。報酬を出すと言えば案外あっさり承諾してくれたので、協力するふりをして槙島側に戻るつもりなのではないかという懸念は捨てきれなかった。だが彼はきちんと依頼をこなしてくれた。もちろん金の為なのかもしれないが。原作とは異なり縢もあの場にいたとはいえ、あの十数分の時間差によって征陸と宜野座は無事だったと言えなくもないだろう。
「遅くなってごめん。これ、残りの報酬」
事前に前金は払っていたので、今日は残りの報酬を渡しに来たというのが一番の目的だった。ララは鞄から封筒を取り出すとテーブルに置いた。この時代には珍しい現金だ。キャッシュレス決済が普及して久しい今、現金なんてタンス預金をする高齢者しか持っていないくらいだが、もしもの時に監視官が得体のしれない相手に送金していると記録が残ってはマズイとのグソンの判断からだった。グソンはテーブルの封筒を手に取ると中身を確認し、その枚数を数えた。
「結構入ってるでしょ?」
「ああ。全部アンタのポケットマネーか?」
「そう。監視官って給料良いけど、私はなかなか使う場所無くて」
「なるほどね」
グソンは口の端を上げると封筒をテーブルに置き、長い脚を組んでソファに凭れかかった。ララはグラスの紅茶を一口飲んで口の中を潤すと今日の本題について話すことにした。
「それで、今日はね…まぁ、本当は言っちゃダメなんだろうけど…グソンには知っててもらいたいことがあるっていうか」
「……死んだんだな」
ララの様子から察したらしい。
「うん」
「…やったのは狡噛か?」
「うん」
「そうか…だったらあの人も本望だったろうよ」
私もそう思う、と心の中で呟いた。ララなら槙島たちの計画が上手くいくようにすることも、シビュラとの取り引き通り槙島を確保することもできたかもしれない。だが、それではダメだったのだ。槙島は死ななくてはいけなかったし、槙島を殺すのは狡噛でなければならなかった。ララは麦畑の奥で槙島を見たが、その顔は背後から銃殺されたとは思えないほど穏やかなものだった。
「…協力してくれてありがとう」
こうなったのも縢とグソンがいたからだろう。ノナタワー襲撃の日に死ぬはずだった二人を助けて本当に良かったと心の底から思う。
「いくら頼んでないとはいえ、アンタは命の恩人だ」
「ありがとうグソン…本当に、ありがとう。言葉じゃ伝えきれないね…」
「ただの暇潰しさ」
彼はそう言うが、その暇潰しがどれだけ世の中を変える力を持っているだろうか。槙島の元を離れ、こうして協力関係を築けたことはララや公安局にとって大きなことだ。
「ねぇ、これからも暇潰ししてもらってもいい?」
「あんまり面倒なことはやめてくれよ?こっちも仕事がある」
「ちゃんと報酬は払うよ」
「だったら引き受けよう」
調子よく即答され、二人でクスクスと笑う。こんな茶目っ気を見せてくるようになったのも嬉しい変化だ。
「ふふ、ありがとね。そうだ、念のため聞くけどシビュラシステムのこと誰にも言ってないよね?」
「ああ、言ってないよ」
「良かった」
「言ったところで証拠も無いしな」
グソンが少し残念そうに肩をすくめる。色々な証拠の入った携帯端末をあの日シビュラシステムの中に置いてきてしまったことを思い出しているのだろう。
「じゃあ、これからも誰にも言わないで」
「お得意様にそう言われちゃあ仕方ない」
クリスマスの時からは想像ができないほど、この無機質な家には穏やかな空気が流れていた。実際のところのグソンの犯罪係数はわからないが、少なくとも彼は免罪体質ではない。過去の壮絶な経験から捻くれたところや冷めたところはあるかもしれないが、罪の意識は感じるし、誰かを心配に思う心も持ち合わせている。それが垣間見えるようになってきて、ララは尚更この人を死なせないで良かった、と思う。グソンのほうも槙島と手を組んでいるころより平穏で、言い換えれば退屈な生活になったが、以前よりいくらかは自分のことを気に掛けるようになったし、目の前の手緩い監視官のことをただの他人よりは近い存在として認識するようになった。
「アンタは大丈夫だったのか?」
「何が?」
「シビュラの秘密を知って、何か処罰は無かったのか?」
そんな言葉が出るようになったのも彼が変わったからだろう。ララとしては顧客の一人として親しくなったとはいえ、彼が他人を気遣うなんて意外に思ってしまったわけだが、悪い気はしない。
「不思議と無かったよ。実は槙島逮捕と引き換えに見逃してくれって取り引きしてたんだけど、槙島は死んだ…だから、内心ヒヤヒヤしてたんだけどね」
「ダンナを取り引き材料にするとは…俺でもやらなかったのに」
「それしか思いつかなかったんだから仕方ないじゃん。でも、処分が無しって言われたわけじゃなくて先送りになっただけだから…安心はできないかな」
突然新任の監視官が配属されて、処分される可能性だってあるのだ。そのことを考えるとどうしても暗い気持ちになってしまう。
「それなら今度こそやるかい?」
ララの暗い表情を見てか、グソンは目を細めてニヤリと口角をあげた。
「何を?」
「シビュラの秘密を世間に公開することさ」
「諦めてなかったんだ…」
少し呆れて溜め息混じりに言った。
「シビュラは今もノナタワーの地下にあるんだろ?ロックの番号は変わってるだろうが、タワーに入ることさえできれば俺のソフトで番号を探せる」
「…まぁ、いつか声をかけるかも」
「つまらないなぁ」
そう言いつつも笑みを浮かべる彼の表情は穏やかだった。そんな様子にララはホッとする。縢に関しては命を助けて良かったと心から思えるが、グソンに関して本当に良かったのか、彼にとっては生殺しにさせるだけだったのでは、と時々思っていた。だから彼の穏やかな表情を見ることができて嬉しかった。そんな姿を来年も再来年もその先もずっと見続けられたらいいと思った。お互いに明日死んでもおかしくない身だというのに、そう思ってしまう。
「じゃあ、もう行くね。またね、グソン。元気で」
「アンタもな」
玄関まで見送りに来たグソンにララは小さく手を振ると、廃棄区画の路地を進んでいった。
グソンの根城を後にしたその足でララは執行官の宿舎に来ていた。インターホンを鳴らしてみるが反応がない。仕方ないかと腕の端末で部屋の中に入ると、下着にシャツ一枚羽織っただけの縢が驚いた顔をして背を向けた。
「着替え途中なんだけど!!」
「あ、ごめんなさい」
「そっち向いてて!」
彼女か、と心の中でツッコミを入れながらも縢に背を向けた状態でソファに座る。この部屋に来るのも何度目だろうか。トリケラトプスのぬいぐるみのように縢の部屋からララへ贈られたものもあれば、反対にララが縢に贈ったフィギュアや模型なんかもある。それが何だが感慨深い。
「ララ、ギノさんて俺らが来ること知らないんだよね」
「知らないですよー」
「家の場所はわかんの?」
「監視官の権限で調べてあります」
先輩とはいえ階級は同じだ。人事課のファイルを閲覧することは容易い。
「お待たせ」
いつものスーツに着替えた縢を視界に入れ、ララもソファから立ち上がる。
「さて、宜野座さんの家に突撃訪問しますか!」
「おう!ギノさん暇してるだろうなぁー」
「じゃあ何か買ってから行きましょう」
雑談して、笑いあって、ララは縢と並んで部屋を出ていった。
結局帰れなかった監視官24時―――完。
どこまでも縢とグソン推しで終了!
完結です。ありがとうございました!
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