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廃棄区画の出入り口に来るとパトカーが停まっていた。見た目は私のいた時代とあまり変わっていないように見える。白と黒のカラーリングに赤いライト。他の乗用車を見ていても車の見た目はあまり変わらない。そのことに何だかホッとしているとパトカーから眼鏡の神経質そうな人が出てきた。これが例のガミガミメガネことギノさんか…。一係のメンバーについては以前秀星から一通り聞いたので把握している。宜野座さんは一係の監視官で、つまり超エリート。そして神経質ですぐ怒る。緊張しつつも促されるままに私は秀星と後部座席に、狡噛さんは助手席に座った。今から公安局に行くらしい。スーっと静かにパトカーが発進した。その後ろを真っ黒のトラックのような車が付いてくる。窓も何もなくて車というより鉄の箱のようだ。
「全く信じられん…局長にはどう報告すれば良いんだ」
「廃棄区画で保護した少女に職を与えるため、シビュラ判定をしたいと言えば良いだろ」
「随分簡単に言うじゃないか、狡噛」
「簡単だろ。シビュラとしても犯罪係数0の市民を廃棄区画には置きたくないはずだ」
「0だと…?」
前で二人が何やら討論をしている。前に聞いた話だと狡噛さんは宜野座さんの部下らしいけど、それ本当なのだろうか?そもそも敬語じゃないし、むしろ狡噛さんのほうが仕事できそうに見えるんですけどどうなんでしょう。
「とにかく、局長には報告して来いよ。俺はあそこには行きたくても行けないからな」
「狡噛…っ」
これは宜野座さんが振り回されてる。恐らく、今この車にいる四人の中で最も冗談が通じないタイプなんだろうけど、それが逆に面白いのかもしれない。宜野座さんは不機嫌そうに腕を組んだ。………え、腕組んだ?!
「ああああの、運転は?!」
「運転が何だ」
腕を組んだまま睨まれてしまった。運転が何だじゃないよ!刑事ともあろう人が両手離して運転席にいるってどうなの?危ない!でもあたふたしてるのは私だけで、狡噛さんも秀星も普通だった。事故になるんじゃないかと心配してる私を見かねたのか、秀星が笑いながら教えてくれた。
「目的地入力すればあとはオートで動くんだよ」
「えっ!すごい!」
「こっちは百年後だからねぇ」
「そっか、百年もすればそれくらいできる世の中になるのか…」
考えてみれば大正時代の人が平成の世に来たようなもんだもんね。車の見た目は変わってないけど中身が全然違うわけだわ。そう考えるとこの時代は案外変化が少ないのかもしれない。服のデザインや建物は大した変化は無い。外の景色を眺めると高層ビルばかりで夜景がすごく綺麗だけど。高層ビルの最上階なんて夜空と同化している。
「羅々、ほら。あれがノナタワーだよ」
秀星が外に向かって指をさした。その指先の示す方向を見ると一際高いビルが遠くに聳えていた。
*
とりあえず宜野座さんが報告に行っている間、私は執行官用の宿舎の空室にいた。トイレやキッチン、お風呂も部屋の中にあって一人用にしてはかなり広い。でも家具はシンプルなベッドとテーブル、冷蔵庫、タンスなど最低限の家具が部屋にぽつぽつと置かれているだけの殺風景な内装だ。普段は人が住んでないからなのか、それとも秀星の部屋もこんな感じなのかな?宜野座さんにはここで待っていろと言われたから、コートを脱いでとりあえずベッドに横になって時間が経つのを待った。今、何時なんだろう。槙島さんは私がいないことに気づいただろうか。
「入るぞ」
「え、わわわっ」
慌ててベッドから体を起こした。宜野座さんは私の方へ歩いてくる。無表情だから結果がどうなったのか分からないので緊張で心臓がうるさい。
「シビュラ判定は明日行う。今日はここに泊まれ」
「わかりました」
とりあえず今日のところは身の安全と寝る場所の確保ができた。良かった…もし外に放り出されたら本当に廃棄区画で生活するしかなくなる。その時。ぐううう〜…と、お腹が鳴ってしまった。それでも宜野座さんは表情を変えない。笑い飛ばしてくれないようだ。つらい。
「夕飯とかってどうすれば」
「後で縢を寄越す。食堂にでも行くと良い。俺はもう帰る」
「はい。ありがとうございました」
よかった、秀星が居てくれれば知らないところでもそんなに不安じゃない。部屋を出ていく宜野座さんに頭を下げて、再び部屋には静寂が訪れた。食堂ってどんなのがあるんだろう。槙島さんは夕飯食べたかな。私が居なくなったこと心配してたりするかな。やっと槙島さんとの生活に慣れてきたと思ったらこれだ。やっぱり、慣れない環境は辛い。
「羅々ー、開けてー」
しばらくして秀星の声がしたので急いで扉を開けた。
「メシ行こうぜ」
「うん!」
私が唯一気を許せる相手の登場に声が弾む。秀星と一緒に食堂に向かって歩いていると、来るときも思ったけどここの宿舎は廊下とか無機質な感じで何か暗いし、夜は一人じゃ歩きなくないと思った。それに同じような景色ばかりで道に迷いそうだ。
「ここだよ」
食堂は大きな窓があって景色の良いところだった。人はほとんどいなくて、話し声よりも食器のあたる音の方がよく聞こえる。私は月見うどんを注文して適当に空いてる席に座った。ロボットが配膳してくれることにはもはや驚かない。これは想定内だ。秀星はロコモコを注文していた。窓から外を眺めると大都市東京、しかも未来というオマケつきの夜景が見える。ちょっとした展望台のようだ。
「いただきます」
「いただきまーす」
未来はハイパーオーツばかりとか言うから宇宙食みたいなのしかなかったらどうしようかと思ったけどその心配はなさそうで、月見うどんは私のよく知る月見うどんだった。良かった良かった。他に心配なことといえば…
「明日不安だなぁ、シビュラ判定」
何とも無いように言ってみたけど、内心不安で仕方がなかった。だって私の今後が決まってしまうのだから。しかもそれは精神をチェックするから私がいくら頑張ったところで意味がない。対策の仕様がないテストなんて怖すぎる。犯罪係数は0らしいから、潜在犯として隔離されるかもという恐怖は過ぎ去ったものの、知らない世界で生きるなんて不安と恐怖以外の何があるというのだろう。
「うーん…そればっかりは誰にも分かんねぇもんな」
「そうだよね。こっちって就活とか無いの?」
「判定で自分に向いてるってなった職に就くから、そのためのテストとかはあるらしいけど」
「そっか…私、できればここで働きたいな。秀星いないと不安だもん」
秀星と一緒の職場ならどうにかなる気がする。知り合いも居なくて、知らない環境の中で生きるなんてそれこそ精神衛生上良くない。でも執行官の仕事は怖そうだから、公安局の中で事務職があればそこで働きたい。もしくは槙島さんのとこに戻って家政婦でもしていたいのが本音だ。でも槙島さんを探しだすのはきっと難しいのだろう。悪い人ではないにせよ、あの科学者の仲間ではあるし何より私にわかるのは廃棄区画に住んでることと名前だけで電話番号すらわからないのだから。
「羅々を元の時代に戻すのが一番良いんだよなぁ」
「うん…」
きっと槙島さんならアイツの居場所を知ってる。でも今となっては連絡することはできない。何で一緒に住んでおきながら住所も何も知らなかったんだろうと後悔した。
「このまま死ぬまで未来にいるのかな、私」
「それは絶対阻止するよ。アイツのことは俺が必ず見つける」
「心強いよ。まぁ、正直言うとせっかく再会できたし秀星とはもう少し一緒にいたいけどさ」
あんなに会いたかった秀星と会えたのに再会してすぐにまたさようならというのはいくら何でも悲しすぎる。でも、それもいつか過去に戻れるという保証があってのこと。やはり不安は付き纏う。
「そりゃ俺もだけど…羅々にとってはこっちは不自由だと思うよ」
「…ねぇ、秀星も過去に来たときは不安だった?」
「うーん…俺はそんなに。あっちの方が自由だったし、一応過去がどんなだったかちょっとは知ってたし」
「そっか」
「でも羅々はこっちにいる限りずっと正常なサイコパスをキープしなきゃならない。…俺よりは自由な生活ができるだろうけどさ。潜在犯になろうがなるまいが、羅々にとってこの時代は窮屈だと思うよ」
その通りかもしれない。便利な世の中にはなってるものの、知らないことだらけだし浦島太郎状態っていうか帰る家が無くなってしまった今、本当は不安で不安で仕方がない。もし職業が見つかったとして、仕事内容は私に合ってるかもしれないけど、そこで働く人達と仲良くできるとは限らない。
「はぁ…どうなっちゃうんだろう、私」
まず初めに明日が最初の難関だ。うどんは普通においしかったけれど、やっぱり修正のごはんのほうがおいしいし。お互いに夕食を食べ終え宿舎へつづく廊下を歩く。部屋に戻ってもきっと今晩は眠れないんだろうな…こんな状況でぐっすり眠れるほうがどうかしてるだろうけど。
「あのさ、羅々」
「何?」
「この後よろしければ、縢秀星特製のパンケーキなんていかがですか?」
いたずらっぽい顔でウインクする秀星に抱き着きたくなった。
「ぜひ!!」
底まで沈んでいた気分は少しは水面付近まで浮上できたのであった。
縢はもちろん、気分沈みまくりの羅々ちゃんを少しでも元気づけるために提案してこのあと縢の部屋で深夜まで語り明かしてます。
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