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色々なテストやサイマティックスキャンとやらの判定の結果、私に向いているらしい職業は厚生省の公安局員。しかも監視官だった。これにはさすがに反対する人が大勢いたらしい。そりゃあそうだ。監視官になれるのはエリートの中のエリートだけだって言うのに、たまたま廃棄区画で保護された女の子が監視官の適正有り、だなんてどう考えてもおかしい。ちなみに宜野座さんは反対派の一人だ。彼は私が過去から来たことを知っているからこそ、そんな奴を監視官にするのは嫌だったのだろう。けれど局長から下された指示は「飛鳥井羅々を一係の監視官にせよ」というものだった。これは局長が私に期待してくれたとかではなく、単に「シビュラに従え」ということらしい。例え異議を唱える人がいてもシビュラ優先なのだからこの時代はまったく不思議でおかしい。
「ま、丁度良かったじゃないっスか。監視官一人しかいなかったし」
「だが…この時代のことさえよく分かっていない者を監視官にするなんて危険すぎる」
「もう決まったことだ、ギノ。シビュラは飛鳥井が監視官になることは危険じゃないと判断したんだろう」
一係に割り当てられたオフィスでは改めて私の入社式というか、顔見せのようなものが行われた。とは言っても話したことが無かったのは二人だけだ。征陸さんと六合塚さん。征陸さんはゆるっとした優しいおじさんだったけど、六合塚さんは何だか冷たいというか口数が少ない。唯一の女の人だったから仲良くなりたかったんだけどな…。何もないデスクは私に割り当てられたものだろう。
「飛鳥井。今日はまだ業務に当たらなくていい。とりあえず縢から色々聞いておくように」
「俺、今日は休みじゃないっスよ?」
「休みにしておいた」
「さすがギノさん!んじゃー、俺が羅々の教育係ってわけか!」
はしゃぐ秀星を一係のみんなはいつものこととでも言うようにスルーし、各デスクへと着いた。こうして私は監視官という役所勤めの人間になってしまった。戸籍も新しく作られたので、病院にも行けるし銀行口座の開設も可能とのことだ。監視官や執行官の話は秀星から少しは聞いていたとはいえ、実際にやるとなるとまた別だ。こっちの生活にも適応しなくちゃならない。そんなわけでこの生活に慣れるまで一人暮らしは何かと危険だからと3ヶ月という期間限定で執行官用の宿舎に住めることになった。確かにこれなら何か困ったことがあってもすぐに秀星の部屋に行けるし、食堂もあるから便利だ。慣れない街に繰り出して何かやらかしてしまうよりずっと良い。
とりあえず、私と秀星は再び執行官宿舎へと戻ってきていた。当たり前とも言うべきか執行官用の宿舎は無機質で殺風景だった。安らげそうもない内装をどうにかしてほしくてとりあえず秀星を呼んでみた。
「殺風景だなぁ」
「そうなの!あと日用品とか色々買いたいんだけど、こっちにも通販はあるんだよね?」
「あるよ。まあ、それは後で教えるとして。とりあえず今はホロで模様替えすっか」
「出た!ホロ!」
秀星は部屋の隅に行くと空調か何かの操作パネルのようなものをいじり、再びこっちに来てテーブルの位置をずらしたり色々している。私はただぼーっとその様子を眺めているだけだ。
「こんな感じでどう?」
秀星がスイッチを入れた瞬間、殺風景だった部屋が一瞬で女の子らしい可愛い部屋になった。テーブルやベッドのサイズは全く変わっていないけど、見た目が全く違う。部屋らしい部屋だ。
「すごい!ホロってほんと便利だよね。2012年にもほしいなぁ」
「そういや、コスデバイスの話したときもそんなことを言ってなかった?」
「うん、言った。だって良いじゃん、便利で!街の噴水もホロでしょ?」
「公園のとかね。あれ…いつ行ったの?」
「え、えっと…」
やばい。無戸籍のくせに街を普通に歩いてたわけもないし、かといって車の中から眺めてたなんていったらそれこそ誰といたの?ってなる。…幸い、秀星の顔を見た感じだと不審に思ってるというよりは不思議に思ってるみたいだった。
「廃棄区画でそういう噂聞いたから」
これならあり得るはずだ。秀星に嘘をつくのは気が引けるけれど今は仕方がない。
「ああ、そうだったんだ。ホロがあれば何でも隠せるし、本当すごい発明だよ」
うまく誤魔化せた…。しかし、全くその通りだ。あんだけ寂しくて無機質な部屋が今は白とピンク色の可愛い部屋になってるんだもん。相変わらず家具は少ないけど、それは買い足せば良いだろう。次に秀星はソファに座ると宿舎に備え付けのタブレットのようなものを起動させた。私は隣に座ってそれを見る。何かをインストールして色々いじっている。
「ここに羅々のコードを入力して」
言われた通り、先ほど与えられた私の識別番号みたいなものを入力する。その後も指示通りに入力を進めていくと画面が変わった。
「これで、買い物できるよ」
「わお」
どうやら秀星がいじってくれていたのは通販サイトのようだった。それから私たちは二人で画面を見ながら必要なものをカートへ入れていった。
一通り買い物が済んだところでギシッというスプリングの音がしてベッドを見てみると秀星が仰向けになっていた。秀星のこんな姿見るの久しぶりだな…懐かしい。私もベッドの空いたスペースに座った。
「ありがとね、秀星」
「いいよ、お礼なんて。俺の方こそ色々ありがとう。それと…急に居なくなってゴメン」
「ううん。秀星もあの時は大変だっただろうし」
「それがまさか俺の上司になるとはね。誰も予想できなかったんじゃない?」
こんなこと予想できた人のほうがいないだろう。シビュラシステムって何を基準に私が監視官に向いてるって判断したのかな。頭脳、性格、直感力…どれも人より優れてるとは思えない。確実に狡噛さんたちのほうが優れている。そんな人達の上司が私なんて…できる気がしない。
「ねぇ、監視官ってどれくらい大変?私、秀星の上司ならできそうだけど狡噛さん達の上司になれる気がしない」
「ははっ、俺の上司ならできそう?うーん…ギノさん風に言うなら、羅々は俺達の調教師をやれば良い」
「え、調教?…SM?」
鞭を持ったりするのだろうか…。宜野座さんで想像してしまって、ちょっと似合いそうでぞっとした。あの人なら鞭持っててもそんなに違和感無いかもしれない。なんてことを考えてみれば、秀星も物凄く嫌そうな顔をしていた。
「違う!そうじゃなくて、事件の捜査ってほとんど執行官がやるんだよ」
「ああ、お互い潜在犯だからだっけ?」
「そ。だから、監視官は執行官が何かしでかさないように見張っとくの。要するに執行官てのは公安局に雇われてる身だけど、信用されてねぇんだよ」
「なるほど。じゃあ、秀星は私にどんな監視官になってほしい?」
「は…?」
秀星は驚いた顔して首だけベッドから起こした。まるで私の言ったことがおかしいとでも言うように。失礼な奴だ。
「だって私は秀星のこと信用してるし、秀星しか頼れないから監視って何か違う気がするし。だからどうすれば良いのかなって」
そう言うと秀星は再び頭をベッドに沈めた。
「そうだなぁ…羅々は羅々でいれば良いよ。監視官らしく、なんて無理に思わないでさ」
「そう?」
「うん。今のまんまの羅々でいてほしいかな、俺は。それが羅々のためでもあると思うしね」
監視役なんて、きっと本来向いてないんだろう。私は誰かの監視ができるほど、自分にも他人にも厳しくできない。それが秀星相手なら尚更だ。
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