02
身分証はホロが作動してないとかで見られなかったけど、流石に名前がどんな字を書くのか一瞬では思い付かないだろうし、嘘っぽいこともあるけれど本当っぽいこともある。それにイタズラにしては手が込んでるし、本気で強盗する気ならもっと信憑性のある設定にするはずだ。納得できないことは沢山あるけど、ボディチェックをしても危険な物は持ってなかったので一先ず信じてみることにした。そして例のタイムマシンは縢秀星の話によれば楕円形の全身鏡のような見た目をしていたらしいのだが、うちにはそんなものはない。時空を越える前にパラライザーを使ったからもしかしたらそれが作用して時空に歪みが生じたのかもしれない、とも言っていた。もしそうなら彼の追う男がこの時代にいるかすらわからないのでは、と不安にもなったけど、とりあえず話だけは聞いてみることにした。彼曰く、百年後の世界はシビュラシステムという謎なシステムによって職業から結婚相手まで何でも決めてくれるらしい。将来の進路や結婚相手のことさえ悩まなくて良いそうだ。むしろそんなことで悩んで病むほうが良くないとされていて、そのシステムは国民の精神状態まで把握し、犯罪者予備軍は潜在犯として取り締まられるらしい。…これほどまでの凝った設定をを彼が考えられるようには見えないから、彼が未来人というのはやっぱり本当なのだろうか。
「じゃあ、未来には犯罪が無いってこと?」
折り畳み式のミニテーブルを挟んでちゃっかりこの空間に馴染んでいる縢秀星。本当、見た目はただの若者なんだよなあ。ちなみに今はちゃんと靴を脱いでいる。ついでに床も水拭きさせといた。
「そりゃ、あるよ。良い子ちゃんに洗脳するわけじゃないからね。検査に引っ掛かっただけで人生終わった〜っておかしくなる奴いるし」
健康診断みたいに今度から気をつけましょうね、ってレベルじゃないのか。検査に引っ掛かっておかしくなるって相当だ。でも彼は何てことないように話すのだから、それは未来では普通のことなのだろう。検査で引っ掛かっただけで人生終わるって…私からすると信じられない世の中だ。
「潜在犯になるとどうなっちゃうの?」
精神を病んで社会で生活がしづらくなるのは今だって同じなのに、何をそんなに思い詰めることかあるんだろう。私はその程度しか考えていなかった。
「軽度なら施設、重度なら殺されるか、一生隔離施設」
「え、殺される…?悪いことしてなくても?」
「うん」
「…な、なるほど。そういう人はじゃあ、逮捕とかされて死刑になるの?」
すると今までペラペラと話していたのに何となく気まずそうに目を逸らされた。ここまでの間にシビュラシステムとか潜在犯とかとんでもないことを何気なく話してきた彼が目を逸らしたことに私も身構えた。もしかしたら…言葉にはできないような仕打ちが待ってる、とか?
「死刑ってか、まぁ…俺がさっき持ってたヤツでズドン」
「……冗談だよね?」
「それが本当なんだなぁ…」
つまり、今テーブルに置かれている変な形のオモチャみたいな銃は本物の銃で、こんな軽そうな現代の若者みたいな見た目してる縢秀星は実は人を殺してるってこと?そんな人を私、家に上げちゃったよ。どうしよう…危なくない…?そんな戸惑いと驚きがどうやら顔に出ていたのか、彼は焦ったように両手を振って弁明を始めた。
「だってほら、俺、刑事だから!言ったじゃん、公安局って!それにあの銃、シビュラシステムに管理されてるからこっちじゃ使えねぇし」
「そういえば…。ってことはシビュラシステムに決められて公安局に入ったの?」
さっきの話からするに、そういうことだ。職業はシビュラシステムが決めてくれる。就職活動に悩まなくて良い時代…なんて良い響きなのだろう。
「まぁ、一応ね」
「それってエリート?」
「エリートもいるけど俺は別。単に適正があっただけ。俺、潜在犯だから」
「……」
言葉を失うってこういうことだと思った。潜在犯を殺してるって言ってたのに殺す側も潜在犯?あれ、潜在犯って犯罪者予備軍なんじゃないっけ。やっぱ危険じゃん、縢秀星…血の気が引いてくのがわかった。むしろ後退りしてる。縢秀星はやっちまった、というように頭を抱えて溜め息を吐いていた。それはどういう意味の溜め息なのか、こっちはヒヤヒヤしてるのに。犯罪者予備軍…いや、彼は仕事とはいえ既に人を殺している。
「話に付いてこれないのも分かるけどさ…何て言えば良いのかな。俺はシビュラに潜在犯って判断されたけど、公安局も向いてるって判断されたわけ。もちろん、殺されるほどの危険人物でもないから!」
「…でも、潜在犯なんでしょ?」
「……チッ…」
怯えながら言うと、今度はあからさまにうんざりしたように舌打ちされた。…どうしよう、潜在犯を怒らせちゃった…。思わず肩が強ばった。いつでも逃げられるようにと目の前の彼の様子を窺うが、縢秀星は開き直ったように大声で捲し立てた。
「そーだけど?俺は潜在犯だよ!5歳の頃から何もしてねえのに潜在犯だからって施設に閉じ込められて、俺はもう死ぬまでこのままだろうよ!」
「5歳、から…?」
私はさっきとは別の意味で言葉を失った。だって、想像を遥かに越えてたから。5歳なんてまだ小学校にも入学してない年なのに、そんな時から彼は潜在犯だからと施設に収容されてたの?
「今言ったばっかじゃん、話聞いてた?」
「そんな子供じゃまだ何も危険性なんて無いんじゃないの?どうして、」
「そんなの俺が知りてぇよ。物心ついたときから俺は“潜在犯”だったんだから。潜在犯じゃなかった頃の記憶なんて全然無いし」
そう言って顔を逸らした彼の横顔が何だかとても寂しげに見えた。どんなに優しくても仕事ができても真面目だとしても…私がさっき言った“でも、潜在犯なんでしょ”って、この一言で彼らはみんなから遠ざけられてしまうんだ。きっとそれは5歳のころからそうだったのだろう。彼からすれば私の言葉は聞き飽きた言葉なのかもしれない。どんなに良いことをしてもその一言で全てを否定されてしまう……
「ごめん…」
「良いよ、謝んなくて。ムカつくけど慣れてるし」
「でも…」
「謝るくらいなら俺をここに居させてよ」
「それとこれはまた別!」
「ええっ?まだダメなわけ?」
「ここに居たいなら光熱費と食費ぐらいくれなきゃ」
こっちはバイトしてどうにか一人暮らししてるんだから。生活費無しで居座ろうなんてふざけてる。ここだけは譲れないっていうか、譲ったら私の生活が危うい。彼は頭を抱えて踞っていた。しかし少しすると意を決したようにこっちを向いた。
「後払いでも良いですか」
「…しょうがない」
「ありがとうございまーす!」
と、いうわけで初対面の変な男を家に上げるどころか一緒に住むことになったしまった。でも私の家は家賃4万5000円の1K。寝具は友達や家族が来たとき用のものが一式あるけれど、一人一部屋なんて贅沢はできない。だからといってさすがに見知らぬ男と同じ部屋に寝るのは無理。そこまで防犯意識は低くない。
「というわけで、縢秀星はここで寝て」
私が指で示したのは1KのうちのK部分。私の部屋とは扉で仕切れるし、ギリギリだがシングル布団が敷ける。
「はーい。寒そうだけど仕方ねぇか…。あ、でもその縢秀星っていうのはやめてくんない?」
「縢さん?」
「いやぁ、秀星で良いよ。俺も羅々って呼ぶから」
「…!」
不意討ちの呼び捨てにドキっとした。男の子に名前呼び捨てにされるのってすごく久々な感じがする。でも警察ってことは社会人なのかな?いつの間にかタメ口になっちゃったけど、さすがに年上を気軽に呼び捨てて良いものか気になった。
「今、何歳?」
「12月に21になった」
「私も21歳!」
なんだ、同じ年か!急に親近感が出た。年下だったら生意気だな、って思うだろうし年上だったら気を使っちゃうからタメって分かってホッとしたかも。とりあえず秀星のために布団を廊下に出してあげた。
「私が起きてるときはこっちの部屋居ていいから」
「了解」
「で、どれくらいの間ここにいるの?」
ここ重要。流石に何ヵ月も居座られると色んな意味で困る。しかし秀星を見ると気まずそうに目を逸らされ、嫌な予感がした。
「……タイムマシン見つけるまで」
「つまり…?」
「未定」
「………」
タイムマシン早く見つかって!
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