03
歯ブラシやその他諸々は新しいものを調達しなければならない。早速お金使わなきゃいけないのか…これ、何のボランティア?色々思うところはあったが、もう日は暮れているので急いで出掛けなければ。
「着替えるから廊下行って」
「へーい」
秀星は細身のスーツに青いコートを来ているけど私はパジャマだった。そりゃそうだ、ここ私の家だもん。今日はもう出かけないつもりだったし。廊下と部屋を仕切るドアを閉めると、タンスの一番上に畳んであったワンピースを着てタイツを履き、コートを着た。幸い寝癖はほとんど付いてなかったから、すっぴんを隠すためにマスクを付けて身仕度終了。扉を開けた。秀星は何やら冷蔵庫を見ていたらしく、私に気づくと閉めた。
「早いじゃん。この時代の女ってもっと時間かかるのかと思った」
「この時代って…いつの時代もそうでしょ?」
今回はたまたま短時間で済ませたものの、私だって普段はメイクしたり髪を巻いたりする。女の子の身仕度は長いのが普通だと思ってたのにどうも秀星の言い方に違和感を感じた。
「俺の時代だと、ホロで服も自在だからぶっちゃけ一々脱いだり着たりしなくて良いんだよ」
「どういうこと?」
「説明難しいけど何て言うか、ザックリ言うと実際に着てるのがパジャマだとしても、傍目には洋服着てるようにみせる装置があんの」
「何それ凄い!初めて未来良いなって思った!」
さっきまでは潜在犯やドミネーターの物騒な話ばっかりだったから、ようやく私の求める未来像が浮かんできた!目を輝かせる私を秀星は苦笑いして見ているけど私じゃなくたって目は輝かせるはずだ。でも秀星は「はいはい」と玄関のドアを開けた。私もそれを追いかける。外に出ると秀星はまず辺り見回した。主に電柱や建物の入り口なんかを見ているらしい。そういえばベランダに出たときもこんなことしてたっけ。彼はただの電柱を見てスゲー、なんて言ってる。
「本当に過去なんだ…どこにもスキャナが無い」
彼の言うスキャナというのが簡易的な潜在犯かどうかを判別する装置だというのはさっき聞いた。街の至るところにそんなものが設置されてるほうが病みそうなものだけどなぁ…不思議だ。まさか21歳にして21歳にジェネレーションギャップを抱くなんて昨日までの私は思ってもいなかっただろう。
「秀星からすると、ひいおばあちゃんの時代とか?」
「うん、そんくらい」
私で言うと大正時代に来たようなものか。そりゃあ世の中変わるに決まってる。もし今、大正時代にタイムスリップしたら…不便過ぎて嫌になりそう。雑談を交わしながら私たちは近くのショッピングモールに向かった。すれ違っていく人々は私の隣にいる男の子が百年後から来たって言ったら信じるのかな?見た目は私たちと何にも変わらない。中身だって大きな違いは無いはずだ。それって、すごく不思議な感じがする。
最低限の衣料品をパパっと買ってあとは食料品売り場へ向かった。この時間なら割引シールが貼られているだろう。いつもは私の分だけで良いけど、今日からしばらくは二人前作らなきゃならない。カートにカゴを乗せると当たり前のように秀星がカートを押した。
「夕飯、俺が作るよ」
「いいの?」
「だって、そういう約束だったじゃん?冷蔵庫の中はチェック済みだから任せといて」
「じゃあ、お願いします。あ、でもなるべく安い食材でね」
あまりにも得意気に言うもんだから、ここは任せてみることにした。むしろ秀星が家事するっていう約束なんて私自身が忘れてたのに、それをわざわざ言ってくるのだからこう見えて素直で良い子なのかもしれない。いつもは手抜きの料理とインスタント食品ばっかりだからたまには誰かが作ったご飯も食べたくなる。
「何か食べたいのある?」
「ん〜…麺類が食べたいかなぁ」
「了解。ナポリタンは?」
「うん!」
一人だとお湯で温めるミートソースしか食べてない。具材切るの面倒だし。そういえば私、全然料理できないじゃん。コンビニのハンバーグの方が自分で作るより美味しいし、冷凍食品も最近のはすごい。漬け物とかキンピラは時々実家から送られてくる。さすがにご飯は炊くけど、おかず全品手作りってことはまず無い。一人暮らしなのに…。
帰宅すると私が着替えてる間に秀星が食料品を冷蔵庫に入れておいてくれた。私も私で秀星の分のパジャマをタンスから出した。女物のスウェットとTシャツだけど、結構ゆったりしてるから細い男の子なら大丈夫なはず。
「秀星。パジャマ、コレ着れそう?」
廊下と部屋を仕切る扉を開けると、丁度冷蔵庫に全て入れたところだった。秀星はパジャマを受けとると広げた。
「うん、大丈夫そう」
「良かった。あ、ハンガー持ってくるね」
クローゼットから使ってないハンガーを三個取って再び廊下へ。秀星は青いコートを脱いでスーツになっていた。黒い細身のスーツに黒いシャツ、赤いネクタイ…未来の公務員の服装は今とはかなり違うらしい。これだと警察というよりホストだ。
「ねえ、公安局ってそういう格好で良いの?」
「一応スーツ着てるし。あ、でも監視官はみんなちゃんとしたスーツかも」
秀星はコートをハンガーにかけながら言った。
「監視官?」
「公安局にはエリートと俺みたいな潜在犯がいるって言ったじゃん?エリートの方は監視官で、俺らは執行官」
「監視されてるの?」
「何せ潜在犯だからねぇ。監視官は俺らの部屋に勝手に入れるし、どこにいるかもこの腕に着けてるコレでわかる」
秀星が指差したのはシルバーのバングルのようなもの。時計かと思っていたのだが、違ったらしい。
「何か、首輪みたい…」
「実際そうだよ。ギノさんは監視官と執行官のこと、調教師と猟犬って言ってるから」
「そんなのやだなぁ…」
何て職場…そんな上司絶対嫌だ。ギノさんはきっと頭の堅いエリートなんだろうな。私の感覚では絶句してしまうのに、秀星は何てことないように笑っている。なぜ?職場環境悪いんじゃないの?そう思っていると秀星は笑った。
「施設より何倍もマシだよ」
出た、隔離施設。これもまた未来では当たり前で現代では想像もつかないものの一つだ。とすると、その施設がどんなものなのか少し気になる。更正させるための施設なのに酷い環境とは一体どういうことなのか。
「ねえ、その施設ってどんな感じなの?」
「まあ、最悪だわな。狭い部屋に閉じ込められて、不味い飯食わされて、ちょっと抵抗すると職員が駆けつけてきて薬注射されたり、眠くなるガス出されたり。あんな場所にいたら更正するもんもできなくなる」
「そう、なんだ…」
更正させる気はあるのだろうか。そんなんじゃ潜在犯収容所と名乗った方が合っている。そんなところに秀星は5歳からいたんだ…
「あそこに戻るより遥かに良い環境だよ。うちは」
そう語る秀星の顔は確かにそうなのだろうな、と思うくらい穏やかなものだった。ギノさんってのも極悪人というわけではないのかもしれない。
「ねえ、ギノさんの他にはどんな人がいるの?」
「え?そーだなぁ…」
秀星は楽しそうに同僚たちのことを話してくれた。きっと何だかんだみんなのことが大好きなんだろうな。その表情を見ればそれはわかった。
夕飯のナポリタンは洋食屋さんにありそうな定番のもの。隣にはコンソメスープ。それがテーブルに並べられるといつも使ってるはずのお皿が不思議とオシャレなお皿に見えてきた。
「すごい…美味しそう」
「俺が作ったんだから美味しいに決まってんじゃん」
「いただきます!」
男の子の手料理なんて人生で初めて食べる。しかもまさかの未来人…ドキドキしつつフォークで麺をくるくる巻いて口に入れる。トマトの酸味と塩気、調度いい固さの麺にピーマンの歯応えとほのかな苦味…。
「美味しい!すごいね、秀星!」
秀星が作ったナポリタンは素人が作ったなんて到底思えないような美味しいものだった。ソースも具材も麺の柔らかさもどれも丁度良い。それを伝えると得意気な顔をされた。
「まぁね〜」
「私なんて一人暮らしなのに全然料理できないよ」
「俺の時代なんてほとんどの奴が料理自体しないよ」
「えっ?じゃあ何を食べるの?」
ここでまた未来の爆弾発言。今日一日だけで何度目だろうか。料理しないってどういうこと?冷凍食品が進歩してるってことかな。そういえば施設のごはんが不味かった、とか言ってたっけ。
「機械が個人に合わせてカロリー計算とかして作ってくれるから、ほとんどの奴は作らねえの。だから俺はすごく珍しい奴だと思う」
なんて便利な世の中なんだ。カロリー計算だなんて日頃考えずに料理してた。でも、まぁ確かに献立考えたりカロリーで悩んで潜在犯になっちゃうかもしれないって考えたらそういう機械があるのは納得かもしれない。
「それすごく便利だね。でも作るのは機械でも買い物は自分たちでしょ?」
「カートリッジ式なんだよ。てか、この時代みたいに天然食材なんてあんま食べないし。ハイパーオーツっていう改良されまくった麦しか食べてない奴も多いんじゃねえかな」
「ご飯がカートリッジ式…?ハイパーオーツ?」
「そ。でもやっぱ天然食材と人が作ったメシには勝てないね!」
もうワケわからん…知れば知るほど秀星のいた時代は人間らしさが無いと思った。ロボットか何かが生活しているみたいじゃないか。そんな中で秀星はかなりマトモな人間のように感じるのに未来では違うだなんて…普通って何なのだろう。秀星のことを知って、未来のことを知るほどその思いは強くなってく。
「便利だけど何か寂しいね…。ご飯って誰かが自分の為に作ってくれたって事が嬉しくない?」
「お、分かってんじゃん」
「久しぶりに手料理食べてそう思ったの!秀星の料理すっごく美味しい!」
きっと目の前の彼はこの時代のほうが合ってるような気がする。
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